裏旋の超絶☆塩レビュー

主にアイドル・推理小説・スポーツ・ゲームについて日々感じたことを毒を交えて熱く語るブログ。


テーマ:

※映画化が近いので

映画の予習用に過去記事(2015.9.15)を再掲載。

 

※これは「小説版」の感想です。

 

 

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本屋や読書メーターで話題。
「泣ける」と評判の作品で
そのタイトルのインパクトから
つい手にとってしまう本。

『君の膵臓(すいぞう)をたべたい』  
住野よる(2015年)

君の膵臓をたべたい/双葉社

¥1,512
Amazon.co.jp

作者の住野よる氏は、
小説投稿サイト「小説家になろう」の出身で、
ネットに投稿した小説を
書籍化したものらしい。
つまりこれがデビュー作。

帯にも
読後、きっとこのタイトルに涙する
とあったので
どれほどのものか
すごく期待して読みました。

その結果、
すごく残念なことに……


あらすじ

クラスメイトの
山内桜良(やまうちさくら)の葬儀の日、
は参列しないで家にいた。
彼女から借りて返すことが
できなかった本を読みながら。
ふと携帯電話を見る。
僕が彼女に送った最後のメール。
「君の膵臓を食べたい」


僕と桜良の出会いは
4月の病院でのことだった。
ロビーのソファに
1冊の本が置き忘れてあるのを
僕が発見して手にとった。
カバーを外すと、
共病文庫という手書きの文字。
中身は誰かの日記だった。
著者は膵臓の病気で余命わずからしい。

そこに現われたのは
クラスメイトの山内桜良だった。
「それ私のなんだ」
彼女は自分が病気で
もうすぐ死ぬとあっさり認めた。
そして他の誰にも言わないでほしいと
約束させられる。
本来、他人と関わらず
友達のいない僕は
他人に話す心配はないのだが。

その後、
桜良は僕と同じ図書委員になり、
何かと僕に接触してくるようになった。
ある日、
「君の膵臓を食べたい」と口にする桜良。
昔の人は悪いところがあると
動物のその部分を食べることで
良くなると信じられていた。
だからって僕の膵臓でなくてもいいのに。

日曜日に無理やり付き合わされて
焼き肉を食べに行ったり
自殺用のロープを買ったり……
その買い物中に
彼女は僕に彼女がいるのか
しつこく尋ねてくる。
僕は自分のことは話したくないし、
誰も僕になんて興味ないと思ってる。
もちろん友達もいないし、
彼女もいない。
そんな僕に彼女は言う。
「死ぬまで仲良くしてね!」

学校では昨日の
僕と桜良のデートが噂になっていた。
仲良しなのと認める桜良に対し、
僕は偶然会っただけと嘘をつく。
めんどうなことに
巻きこまれたくなかったからだ。

僕の嘘を怒る彼女。
おわびに放課後付き合うことになり
スイーツの店に連れていかれる。
そこで桜良の親友の
恭子さんにばったり会い、
僕を仲のいい友達と紹介すると
恭子は露骨に嫌な顔を見せる。
突然、桜良に付きまとい始めた僕を
かなり警戒しているようだ。
桜良は恭子にも
自分の病気のことは話していない。
恭子は親友すぎて悲しませたくないから
最後まで言わないつもりだという。

「共病文庫」は遺書がわりで
自分が死ぬまでは誰にも見せない。
僕の名前は出さないでほしいと頼んだが……

桜良がテスト休みなので
遠出しようと言いだし、
押し切られるかたちで
新幹線で福岡まで旅行する。
本場の博多ラーメンを食べ、
大宰府天満宮に参拝し、
モツ鍋を食べ、
高級ホテルにチェックイン。
手違いで同じ部屋に
泊ることになった。

「真実か挑戦」ゲームで、
いつも明るくて
自由奔放な彼女が最後に言った。
私が本当は死ぬのが
 めちゃくちゃ怖いって言ったらどうする?

僕は何も答えられなかった。

翌朝、電話の着信で起こされる。
桜良は親友の恭子と
旅行に来ていることにしていたので、
恭子がどういうことか?と
電話してきたのだ。
あっさり僕と旅行に来ていると答える彼女。
何か誤解されなければいいが。
実際昨日の夜、
僕たちは何もなかったのだから。

学校では僕と桜良が
2人で旅行したことがクラス中に広まり、
そして僕の上靴が捨てられていた……


桜良が僕に
興味を持つのは何故なのだろう?
彼女はいったい何がやりたいのか?

僕に対する敵意。
それは恭子だけではなく、
もう一人の人物を
狂気にかりたたせる。

彼女から借りた本『星の王子さま』
彼女が唯一読んで好きだと言った本。

その本を借りた翌日、
彼女が入院したことを知った-----


解説

膵臓の病気で余命わずかの
少女・桜良の日記「共病文庫」を
見てしまったことから、
彼女の秘密を知る唯一の
クラスメイトとなった「僕」の青春物語。

「君の膵臓をたべたい」という
インパクトのあるタイトルが
まず目を惹く。
物語のポイントでこの言葉が
決め台詞として出てきて胸を打つ。

主人公の名前が
【〇〇】で表現されるのが面白い。
主人公の名前は最後に明らかになるのだが、
桜良やクラスメイトから
名前を呼ばれる時は
【秘密を知ってるクラスメイト】くん、
【地味なクラスメイト】くんと
表現してある。
これはその時の相手が
自分をどう思っているかを
主人公が想像して
当てはめたもので、
恋愛ゲームの好感度のような
わかりやすさを感じさせる。

しかし桜良の最後の呼び方は
【?????】くんであり、
この時の桜良の心情を
主人公も読みきれなかった。
桜良がどんな感情で
主人公を呼んでいたのか考えるのも
一興ではなかろうか。
(?????という5文字の言葉)

物語は「僕」と「桜良」の
恋愛ものというより、
友情物語に近い。
根暗で他人と関わりを持たないように
生きて来た主人公が、
正反対の性格の明るいヒロインに
心動かされて変わっていく。
そして死は誰でも平等に訪れること、
そのため今という時間を
精一杯生きることを
教えてくれるような作品。

新人作者らしい粗削りな部分はあるが、
よい物語であるのは確かで、
今後に期待させるデビュー作である。


欠点としては…

●桜良の「うわははっ」という
笑い声が想像しにくい。
(「うわっはっは」ならわかる)
「治んねえっつうの!」と言う場面では
怖すぎてちょっと引いてしまった。

●会話のギャルゲー臭がきつい。
意味のないことを例える会話が
いまいち面白くもない。
病気の人間の
ブラックジョークは笑えない。

●文章が稚拙。
「いえええええい!」
「ふふふふふふふふ」
こういうのはラノベでやって。
泣きどころで
「うわああああああああ」と言われても、
一般文芸では逆に引いてしまう。

●未成年飲酒は許容できない。
アルコール分が
1パーセント未満であれば
法的には問題ないが、
アルコールをおおっぴらに
飲む描写は好ましくない。
それ以前に末期の膵臓病患者が
飲酒するのはおかしい。

●病気の設定がファンタジーすぎる。

●伏線が全く活かされていない。
(ウルトラマンのソフビや自殺用ロープなど)
唯一活きたのは通り魔の伏線だけ。

●父親を「彼」と呼ぶ主人公に違和感。

●名前を伏せる意味がない。
伏せるなら本名で
あっと驚かす工夫がほしい。

●全く泣けない。
泣かせるにしてもパターンが古い。

俺の感想

正直がっくしですよ。
「泣ける」と話題だったから読んだのに
全く泣けなかった。
期待のハードルが上がりすぎたかな。

タイトルのインパクトはすごくいい。
なんだろう?と手に取らせる魅力がある。
でも結局それだけだった。

これが高く評価されるなんて、
ちょっと信じられない。
泣きゲーと言われるPCのゲームに
これよりずっと泣かせるシナリオは
たくさんありますし、
いたって普通の作品。


アマゾンレビューに
目新しさを感じさせないストーリー
とあったがまさにコレ。
このパターンは
『世界の中心で、愛をさけぶ』や
『四月は君の嘘』で
何番煎じ感が強い。

それ以上に作者の
伏線の活かせきれてない
粗が目立って仕方なかった。
(詳しくはネタバレ解説で)

全体的に見て悪くはないけど、
ストーリーは予定調和の範疇だし
目につく欠点が多すぎて
絶賛されるレベルの本ではありません。
ヒロインを死なせるのだから
お涙頂戴の話になるのは当然です。
出版社のゴリ推しで
過大評価されすぎた作品。


作者がTwitterで
越谷オサム『陽だまりの彼女』を
おすすめしている時点で
俺とは合わないことに
気づくべきでしたね。


あの『kanon』のパクリ小説を
絶賛するようなら
俺の好きな方向の作家ではない。
このツイートを見ていたのに、
あえてこの本を読むことを
「選択した」俺のミスです。
(まあ読まないと批評できないから)


★★★☆☆ 物語の面白さ
★★☆☆☆ 伏線の巧妙さ
☆☆☆☆ どんでん返し

笑える度 〇
ホラー度 -
エッチ度 △
泣ける度 △

総合評価
 6点





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※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
 








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主人公の名前について

最後の方で明らかになるが
主人公の名前は志賀春樹

そんな名前の小説家がいて
苗字と名前で2人思い浮かぶと
登場人物が言うのは、
志賀直哉村上春樹

俺はどちらの作品も未読なので、
はっきりしたことはわからないが、
ハルキストに言わせると
登場人物に似ている部分があるらしい。
ちょっとしたファンサービスだろうか。

しかし、
ミステリーファン目線で言わせてもらうと
せっかく名前を伏せたのだから、
叙述トリック……は無理にしても
本名であっと驚かせる
工夫をしてほしかった。
そのために伏せたのかーという。

本名を聞いて「ああ」と思うが、
で?っていう感想しか残らなかった。


活かしきれていない伏線  

もったいないと思うのは
せっかく張った伏線を回収しないこと。

唯一良かったのが
通り魔の伏線
桜良の死因が病気ではなく
通り魔に殺されたのは予想外で
ここは素直に評価できる。

しかし、
それ以外が駄目。

例えば
おみくじで引いた大吉
大吉を引いたのなら
最後に助かるようにするのが
伏線回収の基本。
「治んねえっつうの!」と
罵声を浴びせたことで
バチが当たったというなら
別の方向から
伏線を回収したともいえるが
この作者は
そこまで考えていると思えない。

例えばウルトラマンのソフビ
あの時何気なく買ったソフビを
桜良が病室に大事に持ってきていて、
最後まで持っていてほしかった。

山内家に行った時に、
お母さんがウルトラマンのソフビを
僕に渡してこう言う。
「あの子、死んだ時に
これを握りしめていたんですって」

こんなちっぽけな物でも
僕がプレゼントしたただ一つの物。
それを最後まで持っていたなんて。
・・・これなら俺もウルッときます。

例えば自殺用ロープ
自殺するつもりはなかったが、
一度本当に「自殺未遂しても」よかった。
明るく笑ってた彼女が
一転して弱さを見せる。
そこまで追い込まれていたのかと
より感情が動かされるだろう。

物語の最大の泣かせポイントである
共病文庫も惜しい。
そこだけ彼女の本音が見える場所なのに、
弱音を吐かせなかった。
あそこで最後に
「死にたくないよ!」
「もっと遊びたかったのに!」
「何で私だけこんな目にあうの!」
「ねえ、誰か助けてよ!」

と本音を書き連ねてくれたら
ベタだけど泣かされただろう。
(ナディアやザンボット3に前例あり)

この「共病文庫」を
主人公が拾う場面にも工夫がない。
桜良がわざと置き忘れた
ということにしておけば、
主人公に逢うきっかけを
自分から作ったことになって
より桜良の好意が伝わるのに、
作者は全く記述していない。

桜良の遺書の中で
「君は私のことを
どうでもいいと思って
いなかったんじゃないかな?」
当たってたら墓前に梅酒でも置いといて
(251ページ)
と言っているのに、
桜良の墓前にお供え物をした時、
何を供えたかを書いてない。
(274ページ)
おいおいおい!
何でここを「梅酒」って書かないんだよ。
せっかく作った伏線を
回収し忘れるなよ。

と思ったら

“お供え物はその時に買ったお土産なんだ。
学問の神様がいた場所にできた梅で作られたものだ。
君はまだ十八歳だけれど、特別に許してあげよう。
味見した感じは美味しかったよ。”(277ページ)

 


これはおそらく
「飛梅」のことでしょう。
何だちゃんとお供えしているじゃないか。
しかしすごくわかりにくい!
はっきり「梅酒」と記述すべき。

※ダ・ヴィンチ2016年1月号の特集で
好きな作家に「乙一」をあげていますが、
乙一の伏線回収の巧さを
全く感じなかった。
何を勉強されているのか?


メールは本当に桜良に届いたのか?  

最後に「君の膵臓を食べたい」と
共病文庫に書いた桜良。

最後に「君の膵臓を食べたい」と
メールを送った主人公。

正反対を見て来た2人が
同じ想いを相手に重ねていたとわかり、
涙する主人公。

いい場面に水を差すようですが、
はたして桜良はこのメールを
見たのだろうか?

通り魔に襲われた際に、
「ほら、さっさと」
不自然に途切れて
送信していることから、
直後に襲われたと思われる。
または「と」を打った直後に刺されて
かろうじて送信ボタンを押した
と読みとれます。
桜良は文末に

顔文字や感嘆符をたくさん付ける人。
ここだけ何も付けていないことからも自明。

その後、
主人公はしばらく考えて
「君の膵臓を食べたい」とメールした。
この時、
胸にナイフを刺されて
倒れているはずの彼女に
このメールを開けたか?
そして内容を理解できたか?
残念ながら
作者はそれを確定する情報を
「メールの開封済み」という
あやふやな証拠だけで済ましている。

主人公の最後のメールを
母親が開いてはいないと思うが、
犯行時刻付近のメールなら
犯人との接点を探るために
十分に調査対象なので

警察が確認しているでしょう。
誤動作で当たって
開封した可能性もある。
桜良がメールを開いたとしても
朦朧とする意識の中で
文字を読めたか?
失血で気を失ったのではないか?

ようするに、
病院に運ばれた桜良に
何のリアクションもとらせていないから、
伝わったか伝わっていないか
はっきりしないのだ。

桜良が最後に
「うわごとのように
君の膵臓を食べたいと言っていた」

病院の人が言ってくれたら
最後のメールが届いたとわかるし、
あるいは
最後のメールに対する
桜良の返事を
「下書き保存」(未送信)の状態で
携帯に残しておくべきである。
その内容によっては
さらに泣かせることもできるだろう。

主人公と桜良に魅力はあるのか?  

春樹と桜良はキャラクターとして
魅力があるのか?

まずこの主人公。
根暗で友達を作らず、
本ばかり読む存在感のない奴。
勉強しなくても頭がいいと自慢し、
「僕は他人とかかわらない方がいい」
と言うわりに
ソファに置いてある
他人の本を勝手に読む始末。
桜良のことを
「山内さん」と呼ばず
「君」と上から目線(何様?

桜良は明るくて自由奔放、
クラスの人気者だが、
何故か主人公に惹かれる。
自分の病気を
親友に言わずこの男にだけ言う。
時折言葉づかいが乱暴になり、
「うわははっ」という下品な笑い方や
「治んねえっつうの!」とキレる。
恋人じゃない男と関係を持ちたいとか
わけのわからない思考をもつ。

2人の会話はオタク臭が強く、
意味のない例え話をする。
作者は会話を面白くしようと
工夫がみられるが
捻りすぎて
よくわからなくなっている。

魅力的ですか?
俺は読んでて感情移入しにくかった。

恭子が殺意をもつほど
桜良に近づいてほしくないくらいだから
そうとうキモイ奴なのだろう。


通り魔に殺される必要はあるのか?  

どうして、
病気の彼女が殺されたのか?

おそらく突然死によって、
日記の最後が
「明日退院だああああ!」
「いええええええい!」と
喜びで終わらせて、
その落差で悲しくさせよう
ということだろう。

それと
死は誰にも平等に訪れること。
たとえ余命わずかの彼女でも、
「死は平等」だというメッセージか。
通り魔に襲われるのは
誰にでも起こる死ではないと思うが?

だいたい通り魔は隣の県にいたのに、
なぜわざわざこっちに来たのか?
それも説明なし。

犯罪心理学でいうと、
通り魔のような「誰でもよかった」犯行は、
捕まることを恐れていないため、
同じ地区で起こりやすい。
というかわざと同じような場所で
犯行に及ぶことが多いのだ。
(実際すぐに捕まっている)

「今お家に帰りましたー!」と
メールに書いている。
この書き方なら
家の中にいなければおかしいが、
なぜか外で襲われている。
家のすぐ前から
メールしているのだろうか?
普通の通り魔は
路上を歩く通行人を狙うのに、
家の前にいて
逃げ込みやすい被害者を狙うのも
少し違和感があります。

そこで俺が
もったいないと思うのが、
なぜ通り魔の正体を
タカヒロにしないのか?

あれだけ狂気的な様子を見せて、
桜良にフラれて動機は十分。
同じ街に住んでるから
わざわざ移動することもない。
「退院したところを待ち伏せて殺した。
楽しそうにメールをしていたのが
気に入らなかった」と供述すれば
これほどぴったりの役もなかろう。

そこまで考えてなかったのか?
非常にもったいない。
せっかくの伏線なのに……

まあ正直、
通り魔に殺されなくても
全く問題ないよねコレ。
ただ可哀そうな
最期になっただけに思えます。

絶賛している方は
この辺どう思って
絶賛しているのだろうか?
この殺され方だけは
不快に思ってる方も多いです。

膵臓の病気とは?  

作中には「膵臓の病気」としか
表記されていないが
死にいたる膵臓の病気だと
膵臓癌か慢性膵炎と思われる。

作品を理解するため
膵臓癌について、
ちょっと調べてみた。

まず膵臓の役割とは何か?

膵臓は胃の後ろにある長さ15センチぐらいの臓器で、消化液を分泌する外分泌機能と、ホルモンを分泌する内分泌機能をもっています。膵液は、膵管を通して十二指腸内へ送られます。この膵液は糖質を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼなどの消化酵素、核酸の分解酵素を含んでいます。膵臓は、食べた食物を消化し、ホルモンによって糖をエネルギーに変えるという、2つの働きを調節する役割をしています。膵臓の機能がうまく働かないと、各細胞に栄養が供給されず、エネルギーが産生できなくなってしまいます。

では膵臓癌(膵がん)とは?

膵がんの最初の症状としては腹痛と黄疸が多く見られます。その他,腰や背中の痛み,食欲不振,体重減少などがありますが,何れも膵がんに特異的なものではありません。膵がん患者の0~15%に,腹痛や黄疸が出る前に食欲低下,皮膚の掻痒感(かゆみ),嗜好品や便通,気分の変化などの症状が見られたとの報告もありますが,やはり膵がんに特異的なものではありません。膵がんの集計では,膵がんと診断された時点でも12.4%の患者では全く症状が認められていません。膵がんは早期に診断することが困難ですし,膵臓周囲だけではなく遠く隔れた部位へも転移をしやすく,さらに化学療法や放射線治療が効きにくいことから,膵がんに罹る患者数と膵がんで死亡する患者数がほぼ同じであり,「治りにくいがん(難治がん)」の代表で平成16年には22,260人が膵がんで死亡しています。

膵臓癌の原因は?

膵臓がんは下記のようなことが原因とリスクになると考えられています。
•遺伝
•喫煙
•コーヒー
•糖分の多い炭酸飲料
•他の膵臓の疾患(慢性膵炎や糖尿病など)を患っている
•過度の飲酒
•肉類や脂肪分の摂りすぎ
•ストレス
どれもいわゆる不摂生からくる生活習慣病です。過度の飲酒はお酒に含まれる糖を分解するため膵臓に過度の負担をかけますし、喫煙は、膵臓がんに限られたことではありませんが、膵臓がんの発症率を約2~3倍高めるといわれています。

・・・この中で桜良に
  当てはまりそうなのは
  「飲酒」だろうか。
  飲酒は慢性膵炎の原因で、
  慢性膵炎が膵臓癌の危険因子でもある。
   甘いものが好きなら  
  「糖尿病」もありうる。
  あと「肉類」の摂りすぎは
  よくないってさ。
  
  「遺伝」もあるらしい。
  そういえば母親は出てきたが
  父親は出て来たっけ?
  父親が癌で死んでいるなら
  遺伝もありうるが、
  「共病文庫」の最後に
  「お父さん、お母さん、お兄ちゃん」と
  遺言を残しているし、
  母親が「夫や息子とも会ってあげて」
  (261ページ)  
  と言ってるから存命のようだ。
  (自分の夫を「主人」じゃなく
  「夫」と呼ぶのは他人行儀では?)  


治療の注意点は?

手術後も再発を防ぐために、化学療法や放射線療法を継続して行います。退院後の生活面での注意点は、膵臓と同時に胃や十二指腸を切除するケースが多いため、食事をした際の消化不良が起こるケースが多いです。吐き気・嘔吐・むせる・下痢などの症状がでるため、1回の食事量を少なくして複数回に分けて食事をとり、ゆっくりと時間をかけて食事をとることが大切です。
・・・おいおい。
  焼き肉たらふく食ったり、
  ラーメン食ってる場合じゃないよ。
  本当に膵臓が悪いのか?
  調べれば調べるほど、
  矛盾が出て来る。

抗がん剤は悪い細胞だけでなく
良い細胞も壊すので
髪の毛が抜けたりするが
そういった様子も桜良にはない。
※つまり膵臓癌ではない。

膵臓を悪くした人によると、
食べてもすぐ吐いてしまうし、
食欲もなくなるとのこと。
※つまり膵臓の病気ですらない。

医学の進歩で
病人も普通の生活を
送ることができるという
ご都合主義な設定を使い、
未来の話なのか?と思わせるが
「真剣10代しゃべり場」が
引き合いに出ていたり、
ラインではなくメールだったり、
作者が学生時代のプロットを
小説にしたことを考えると
2010年頃の
時代設定だと推測できる。
※つまり未来の話でもない。 

このタイトルにしたかったから、
「膵臓の病気」なのだろうが、
あまりにも現実離れしすぎています。
最初から「ファンタジーもの」だと
思って読めば良かったのでしょうか?
だったら架空の病気を
創作してしまえばスッキリするのに…… 

厳しめのアマゾンレビューまとめ

アマゾンのレビューでも
厳しい意見の方はいるようだ。

>ここからAmazonのレビューへ行けます。

あくまで個人的な感想です。ほかの多くのみなさんと同じようにタイトルに惹かれて購入いたしました。でも、端的にいうと期待外れでした。号泣!!と謳われていたのでどのように感動なのか、と思い読み進めていましたが泣けるポイントが見つかりませんでした。個人的にはまず主人公の名前が定まっていないことに最後まで違和感を覚えてしまいました。あと、セリフが少し鼻にかかっているように感じてしまいました。しかしながら最終的には予想外の展開ではありました。自分のポイントに入らなかったというだけなのかもしれません。次作に期待しております。
→これは同感。
 泣けるポイントを教えてほしい。
 名前にトリックがあれば面白かった。

タイトルと表紙のギャップに負けて購入しました。ただ最初の数ページでタイトルの意味はなんとなくと理解出来てしました。それでも最後にひねりがあるのかと期待しましたが、それもなかったです。とても綺麗なお話です。ただ新しさはないです。既視感のかたまりみたいな話です。キャラクターについても主人公がどうして中2病院全開の捻くれ者になったのか、経緯がよく分かりません。少しくらい掘り下げても良かったんじゃないかと思います。ただヒロインのキャラクターは嫌いじゃなかったです。さくらたん可愛いよ、さくらたん。
→主人公の性格は
 やはり原因が書いてないから
 感情移入ができないね。
 小学校の頃にいじめられたとか
 何かエピソードが欲しかった。

他の方も書かれているが、タイトルは良い。というか、この一言に意味をもたせるためだけの物語と言ってもいいくらいだ。デビュー作ということもあり、また作家自身が若いからだろうが、人間関係の構築に深さがなくキャラクターの勢いだけで近づけていった感が否めない。青春・病気・友情の三点セットなので、ある意味予定調和。そこまで泣けるほどの作品ではないかな。色々とつっこみどころがちりばめられているため、感情移入はしにくい。しかしながら文体は作家が若いからか、平易な言葉なので読みやすくはあるが、理屈っぽさが鼻についた。どちらかというとラノベに分類されてもよい作品という印象。ラスト40枚も、読み進めていた読者であれば「でしょうね」という感想。活字離れした読書初心者の入門書的作品。
→一般文芸ではなくラノベで出せば
 よかったと思う。
 この内容で1500円は高すぎる。

学生、病気、死ぬ。お涙頂戴の鉄板要素なだけに、期待通りの自慰文書。全体的に会話が多く、長い。会話がオタク臭がするというか、不自然。会話の部分だけ読んでいっても内容追い付けるし、携帯小説のキラキラ文を読んでいるようで、どうにも入り込めなかった。最初の30ページ読んでつまらなくて会話だけ読んでました。それでもつまらなくて、推されていたラスト40ページだけ読んだけど、泣きはしません。小学校高学年なら楽しめる内容では?
→そうだね会話が捻りすぎてる。
 ただし飛ばし読みした奴に
 言われても説得力が無い。

表題と装丁に惹かれて購入。良かった所は結局表題と装丁だけだった。問題は色々ある。デビュー作ということを差し引いても目新しさを感じさせない文章とストーリー。(繰り返しになるが、表題は良かった)構成も単純なものではなかったが、評価する程ではない。至って普通の構成。ただ何より頂けないのは、主人公の魅力のなさ。というか、主人公が死ぬ程気持ち悪い事。筆者がどういう意図でこの主人公を描いてたのか甚だ不明だが、こんな「僕は特別だから誰にもわかってもらえませんけど」感丸出しで大した事を考えてないキャラクターのどこに魅力を感じればいいのか。コイツが台詞を発する度に不愉快だった。台詞の掛け合いもサムい。前提として、この話は大して目新しい物語ではない。ただ女の子が重い病気で死んじゃいそうですよっていうそれだけの話だ。決して表題と装丁以外は評価されるような本ではない。本を読んだ事のない中高生くらいは楽しめるかもしれないが、小説好きが挙って「傑作だ!」なんてぬかしたりしたら日本の文学も終焉に近いのだろうなと思う私であった。” 
→ずいぶん主人公を嫌ってるな。
 確かに孤立して当然の
 キモイ男子ではある。
 にしても
 このクソレビューは言い過ぎ。

個人的なブログの感想では、
こちらの方の記事が
興味深いので紹介します。
福岡県民の方で、
作中の博多旅行を実際の場所と
照らし合わせて矛盾を指摘されている。

>ManyStep 君の膵臓をたべたい

なるほど。
博多駅の匂いはクロワッサンで
移動手段の不自然さも納得。
「別世界の博多」
のような街なのでしょうか。
地名をあえて伏せてあるのが救いですね。


俺の読書メーターの辛口な感想に
ナイスしてくださった方も多く、
世間の評価の高さに
いまいちしっくりこないという方は
こちらを見ていただけると
もっと共感できるかも。

>「君の膵臓をたべたい」感想と泣けない理由

以下、抜粋。
「会話のセンスがひどい」
「展開その他いろいろ勿体ない」
「どこかに作り物感があって引いてしまう」
「泣いてる描写に3行使うのも興ざめ」
「なんなんだこの理屈っぽい喋り方は…」
「文章も設定も展開も終始ライトノベル」
「帯やポップに煽られて期待値が高過ぎた」
「久しぶりに何の感銘もうけない本を読みました。辛口ですみません<(_ _)>」


主人公の呼び方まとめ

桜良の場合。
主人公は最初
①【地味なクラスメイト】くん。
そこから「共病文庫」で知り合い、
②【秘密を知ってるクラスメイト】くん。
クラスで仲良しと答えて
③【仲のいいクラスメイト】くんから
④【仲良し】くんへ。
誘惑してる時に、
⑤【?????】くん。
ベッドに押し倒されて
⑥【ひどいクラスメイト】くん。
仲直りして最後までは
⑦【?????】くんだった。

上記の解説で
?????は桜良の気持ちが
読めなくて想像できなかったと書いた。
これは一体なんだったのか?

5文字の言葉を当てはめるのか?
う~む。

作者の住野よる氏は
Twitterでこの名前の件を
「読者の想像にまかせます」と
答えています。


桜良が買った怪獣のソフビは?  

福岡から帰る前に
桜良が僕に
「骨でできた怪獣のソフビ」を
プレゼントしてくれた。
お礼にウルトラマンの
ソフビ人形を買ってプレゼントした。

“百円のソフビ人形を指にはめて”
とあるので
指人形タイプのようだ。

骨の怪獣といえば
シーボーズを
思い浮かべる人が多いはず。


なぜこれなのか聞くと
「似合っている」と言われたので
主人公はガリガリの
痩せた体型なのかもしれない。

「君の膵臓を食べたい」の意味。  

「君の膵臓を食べたい」
という言葉は
最初に桜良が冗談交じりに話す。

昔の人はどこか悪い部分があると
他の動物のその部分を
食べるとよくなると思われていた。

ちなみに武井壮は、
「速く走る動物の肉を食べれば
足が速くなる」と考えて、
毎日200gの馬肉を食べていたらしい。
(関係ない豆情報)

だから君の膵臓で
私の病気を治したいと言う桜良。
主人公もそれに冗談で返す。

そこから
この言葉が出て来る度に
重さと深さが増していく。

「爪の垢を煎じて飲む」
という意味に使われ、
最後は「君のようになりたい」
という意味に変わっていった。

ふざけて使ううちに
2人だけに意味の通じる
合言葉になっていく。

「君の膵臓を食べたい」という
猟奇的な言葉を
「愛の言葉」に変えた手腕は
高く評価できます。


印象に残ったセリフ

<残りの命を無駄にしてていいの?
と彼女に聞く場面。>

“「んー、言いたいことは分かんなくもないけどさ。例えば、【秘密を知ってるクラスメイト】くんにも、死ぬまでにやりたいことはあるでしょう?」
「・・・なくなない、かな」
でも今、それをやってないじゃん。私も君も、もしかしたら明日死ぬかもしれないのにさ。そういう意味では私も君も変わんないよ、きっと。一日の価値は全部一緒なんだから。何をしたかの差なんかで私の今日の価値は変わらない。私は今日、楽しかったよ」”(13ページ)


彼女の言う通り。
人はいつか死ぬ。
それがいつかなんて誰にもわからない。
余命わずかの彼女よりも
主人公が先に死ぬことだってある。


<病気のことを何故
親友に話さないのか?と聞く場面。>

“「【仲良し】くんにしか話さないよ。君は、きっとただ一人、私に真実と日常を与えてくれる人なんじゃないかな。お医者さんは、真実だけしか与えてくれない。家族は、私の発言一つ一つに過剰反応して、日常を取り繕うのに必死になってる。友達もきっと、知ったらそうなると思う。君だけは真実を知りながら、私と日常をやってくれてるから、私は君と遊ぶのが楽しいよ」”(66ページ)


彼女の中で
家族のように気を遣ってこないで、
医者のように離れすぎていない存在。
それが僕だった。
なるほど。
彼女が求めていたのが何か、
やっとわかった気がする。
死ぬ直前まで
「普通の日常」を送りたかったのか。


<福岡のホテルで「真実か挑戦」ゲーム。
最後の勝負で彼女が質問する。>

“「私が、本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いって言ったら、どうする?」”(123ページ)


いつも明るくて、
病気のこともジョークにして笑って、
もうすぐ死ぬことを
微塵も感じさせない彼女が
ふと漏らした本音。
ゲームの中で
嘘とも本音とも受け取れる言葉を
さりげなく織り込む手法は上手い。


<彼女の家でゲーム中、
彼女が突然、変なことを言い出す。>

“「彼女はともかく友達は作りなよ」
「気が向いたらね」
「気が向いたら、か。ふーん、あのさ」
「うん」
私を彼女にする気は、何があってもないよね?」”(149ページ)

 


ないよと答えた主人公。
あると答えたら、
今と関係が変わってしまう。
主人公は変化を恐れたようにも思える。
それに、
もうすぐ死ぬ女の子を彼女にしても
悲しい結末がまっているのは
目に見えている。
お互いが傷つかないための選択が
恋人同士にならないこと
だったのかもしれない。


<クラス中で僕を
ストーカーだ何だと噂して、
恭子も敵意を見せてくる。
僕はどうしてみんなに
説明してくれないのか聞くと……>

“「皆がさ、今まで関わらなかった君と意味分かんない形で関わってんのが面白いの。それで、君はどうしてそういう状況に陥ってるのか分かってる?」
「君と一緒にいるからでしょ?」
私のせいにする気?違うよ、君がきちんと皆と話さないからだよ」”(178ページ)

 


その通りだ。
主人公が一言みんなに説明すれば
済む話じゃないか。
でも彼にはそれができない。
今まで周りの人と会話せず、
自分の殻に閉じこもっていた罰だ。
ここはかなり
俺に通じるものがあって、
グサリと刺さった。

 

“「生きるってのはね」
「……」
きっと誰かと心を通わせること。そのものを指して、生きるって呼ぶんだよ
(中略)
誰かを認める、誰かを好きになる、誰かを嫌いになる、誰かと一緒にいて楽しい、誰かと一緒にいたら鬱陶しい、誰かと手を繋ぐ、誰かとハグをする、誰かとすれ違う。それが、生きる。自分たった一人じゃ、自分がいるって分からない。誰かを好きなのに誰かを嫌いな私、誰かと一緒にいて楽しいのに誰かと一緒にいて鬱陶しいと思う私、そういう人と私の関係が、他の人じゃない、私が生きてるってことだと思う。私の心があるのは、皆がいるから、私の体があるのは、皆が触ってくれるから。そうして形成された私は、今、生きてる。まだ、ここに生きてる。だから人が生きてることには意味があるんだよ。自分で選んで、君も私も、今ここで生きてるみたいに」”(192ページ)


いい台詞だと思う。
人は皆、一人じゃないし、
自分を認識してくれる他人がいて
自分も存在している。
存在する価値を与えてくれている。
この場面から
主人公の中で桜良に対する
気持ちが変化していく。
「生きる」ことが残り少ない彼女に
「生きる」ことを教えてもらったのだ。

<桜良のお墓参りの後、
桜良の家に行こうと言う場面。>

“僕と恭子さんは向かいあって、目と目で確認しあったあと、同時に笑った。
「さて、じゃあ桜良の家に行くか!」
そうだね、桜良が待ってる」”(281ページ)


桜良のことをずっと
「君」と呼んでいた主人公。
最後の最後で
「桜良」と名前で呼びます。
死後一年が経ち、
彼の中で大きな変化があった。
そして、
心の成長を感じさせます。


とまあ長々と感想を書いたが、
決してアンチなわけではなく、
今後に期待したい気持ちから
辛口な塩レビューとさせてもらった。

 

 

余談だが

文庫化されて主人公が泣くところ、

「あああああああああああああああああああ!」が

単行本では3行もあったのに

文庫では1行に変わっている。

気にしてたんかい。

なら最初から変だと気付いてほしいし、

逆に「これが俺の手法です」と

3行を貫いてくれた方がマシだった。

他人がどう思おうが

自分が書きたい形を貫けよ。

自分の作品なんだから。

 

 

 

-------------

 

※追記

映画化決定。

2017年7月28日から全国公開されます。

 

桜良役の浜辺美波さんは

『あの花』の実写化で

めんまを好演してから

注目していたので

このキャステイングは良いと思う。

 

主人公の12年後を小栗旬が演じ、

学生時代のその後も描かれるのだとか。

なんかそれセカチューで見たような……。

原作既読組をあっと言わせる捻りがあってほしい。

 

そして主題歌をMr.Childrenが担当!

俺はミスチル世代なのでこれは素直に興奮。

ニューシングル

『himawari』は映画公開日の2日前、

7月26日(水)に発売されます。

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テーマ:

「プールサイドで起こる、真夏の殺人事件。

秘密と謎が交錯する華麗なる官能ミステリー」

 

『8人の女たち』の監督フランソワ・オゾンの

難解サスペンス映画。

 

『スイミング・プール』

[Swimming pool]

(2003年)イギリス・フランス映画

 

<あらすじ>

ある夏の日、イギリスの女流ミステリー作家サラ・モートン(シャーロット・ランプリング)は、新作のアイディアが浮かばないスランプに陥り、出版社社長ジョン(チャールズ・ダンス)の勧めで彼の南仏の別荘に出かけることになる。プール付き別荘の明るい太陽の下で、創作に取り掛かろうとすると突然、社長の娘と名乗るジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が現れる。自由奔放に振る舞うジュリーに苛立ちながらも、その溢れる若さと美しさに作家の性と本能を刺激され、彼女から目が離せないサラ。2人の関係が反発から共鳴に変わろうとした頃、スイミング・プールで殺人事件が起こる……。

 

<スタッフ>

監督・脚本 フランソワ・オゾン

脚本 エマニュエル・ベルンエイム

製作 オリヴィエ・デルボス

    マルク・ミソニエ

音楽 フィリップ・ロンビ

撮影 ヨリック・ルソー

編集 モニカ・コールマン

 

<キャスト>

シャーロット・ランプリング(サラ・モートン)

リュディヴィーヌ・サニエ(ジュリー)

チャールズ・ダンス(ジョン・ボスロード)

マルク・ファヨール(マルセル)

ジャン=マリー・ラムール(フランク・デュラン)

ミレーユ・モセ(マルセルの娘)

ラウレン・ファロー(ジュリア)

 

 

人気ミステリー作家サラは

出版社社長の勧めで

気分転換に南仏の別荘に出向く。

そこに後からやってきたのは

社長の娘のジュリー。

奔放な性格の彼女は、

毎夜ちがう男を家に連れ込み、

サラに見せつけるかのように

刺激的な夜を過ごしていた。

サラはそんな彼女に

嫌悪感を抱きながらも、

目が離せなくなっていくが、

殺人事件が起こり……という

エロティックミステリー。

 

ストーリー自体は正直言って

面白いと思わなかった。

事件もすぐ犯人がわかる。

 

別荘で出会う若い娘役のサニエが

とにかく脱ぎまくっていて

ちゃんと服を着ている方が少ない。

ナイスおっぱい。

それだけに終わらず、

主役のシャーロット・ランプリングも

全裸になっている。

50歳を過ぎてこのヌードは強烈。

 

結末に関して、

観客の想像に委ねる部分があって

ここは解釈が難しい。

ちょっとエロいミステリーが観たい

という人にはちょうどいいだろう。

 

☆☆☆☆ 犯人の意外性

☆☆☆☆ 犯行トリック

★★☆☆☆ 物語の面白さ

★★★☆☆ 伏線の巧妙さ

★★★☆☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 ◎

泣ける度 -

 

評価(10点満点)

 7点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1分でわかるネタバレ

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】

フランク・デュラン ---●ジュリー ---衝動【撲殺:石】

 

<結末>

ジュリーの様子がおかしいことに気づいて

サラが話を聞くと、

ジュリーはプールサイドで

衝動的にフランクを

石で殴り殺してしまったという。

2人は死体を庭に埋めて

普段通りに過ごそうとする。

 

やがてジュリーと別れる日が来た。

ジュリーを主役にした小説を

執筆していたサラはジュリーから

死んだ母親が書いた小説のコピーを受け取る。

この小説を世に出すことで

母も浮かばれるだろうとジュリーは言う。

 

イギリスに戻ると

その小説を自分から売り込んで

他社から出版し、

かつてこの小説を否定した

見る目のないジョンに対する当てつけのように

ジョンにその本を渡した。

 

サラは別荘のプールサイドを回想する。

手を振るジュリアとジュリー。

その真意は……。

 

結末について

 

この映画のラストで

ジュリアという娘が出てきて

一瞬どういうことか混乱する。

あれ?この子が本当の娘なの?

じゃあジュリーは何者?

そう思った人も多いはず。

ジュリーはジョンの娘ではなかった

……というどんでん返しです。

 

この結末は

3通りの解釈ができる。

 

①別荘の出来事は事実。ジュリーと名乗った女はジョンの娘ではなかった。

②別荘の出来事は事実。ジュリーはジョンの愛人の娘。

③別荘の出来事は妄想だった。ジュリーはサラの作りだした架空の娘。

 

果たしてどれが正解なのか?

1つずつ検討していきますが

先に言うと正解はありません

 

あるインタビューで監督が答えています。

「空想と現実がどのようにつながっているのか、すごくじらしていますね。現実が空想に転じる決定的な瞬間はあるのですか?」とたずねられて「鍵を渡したくありません。もちろん自分の意見はありますが、結末は謎のままにして、観客各人が思うようにしておきたいのです。観客が自分自身の映画を作ることが出来る映画なのです。

ジュリーの正体については、「(ジュリーが何者かという)先ほどの質問ですが、結末から来るものです。多くの可能性があると思うのです。最初から架空の人物なのか、出版社社長の実在の娘を基にしているのか、実在の人物で空想に入り込んだのか。」という質問に代表される。 サニエはこれに対して「それは皆さん次第ですね。この映画で私が気に入っているのは、ジュリーはサラの空想を映し出したに過ぎないとしてもいいし、出版社社長の娘で本当に頭がおかしくなっているとしてもいいし、あるいは全てサラの頭の中だと考えてもいい。どう考えるにしても、間違いというわけではないですから。」と答えている。

いろいろな解釈をしてもらうために

どのようにも受け取れる

いやらしい作り方をしている。

(正直こういうの嫌い……)

 

 

①別荘の出来事は事実。ジュリーと名乗った女はジョンの娘ではなかった。

ミステリーとしてならこれが正解。

全くの他人が娘になりすまして近づき

犯行を行うという2人1役トリック。

しかしながら、

ジュリーがわざわざそんなことをする

動機が無いという大きな欠点がある。

 

サラから金や原稿を盗もうとしたわけでもなく、

殺人の罪を着せようとしたわけでもない。

フランクという男を殺したのも計画的に見えない。

娘になって近づく動機自体が無いのである。

 

別荘に現れたジュリーが

ジョンの娘(ジュリア)ではないことは

かなりはっきりしている。

サラに「あなたも来てくれる?」と聞かれた時、

「娘がいるからね」と渋った。

これはイギリスに娘がいるから

フランスに行くのは難しいことを示唆している。

つまりあのジュリーはジョンの言う娘に当てはまらない。

 

娘が別荘に行かないのに

娘役として入り込むというのは破綻している。

マルセルがジュリーのことを

娘と認識しているから

マルセルもグルだと考えないと成立しない。

よって①はありえない。

 

 

それでは②の仮説

②別荘の出来事は事実。ジュリーはジョンの愛人の娘。

ジュリーとジュリアは異母姉妹だった。

これは①より可能性があるし破綻が無い。

 

ジョンがフランスで愛人を作って

子供を産ませていた。

それがジュリーだった。

ジュリーの言い訳では

仕事が嫌になって

たまたまここに来たのだと言う。

 

これが正解なら、

若い娘と成り行きで

不思議な共同生活を送ることになり

その中でサラの価値観が変化していく物語を

監督は描きたかったということになりますね。

 

では別荘の出来事が現実だったという

証拠になりそうな点をいくつか挙げてみます。

 

伏線その①

サラはジュリーと会った夜に

ジョンへの留守電に

「娘が来るなんて聞いてないわよ!」と

メッセージを残した。

その後ジョンから娘の件で

折り返しの電話があった。

ジュリーが電話に出て

サラが代わろうとして切れた時の

あの電話がそうだった。

辻褄は合っている。

ジュリーがいる場面が妄想なら

電話のやりとりも妄想になってしまう。

 

伏線その②

別荘に父から電話があり、

ジュリーが話した後で

サラが受話器を受け取るが切れていた。

サラがジョンに掛け直したら

「外出中です」と受付に言われてしまう。

ここは皆さんも違和感があったはずだ。

 

この別荘に電話がかかってくるのは

ジョンからしかありえない。

だから電話の相手はジョンである。

父親は外出先から電話したので

会社に掛け直しても繋がらなかったと見るか、

サラと話して文句を言われるのが嫌か多忙かで

居留守を使ったかのどちらかだろう。

後半でサラが公衆電話から

ジョンに電話を掛ける場面では

ジョンが明らかに居留守を使っている。

(受付がジョンの外出を

把握していないわけがないから)

 

伏線その③

サラがプールサイドで昼寝をしている。

マルセルが見下ろしているが

サラはコンクリートの上で寝ていたが

次に物音で目覚めた時は

サラはデッキチェアで寝ていた。

どうして繋がっていないのか?

マルセルが見下ろすシーンが夢で

ジュリーの登場するシーンが現実だから

繋がっていない。

(妄想派だと逆になる)

 

伏線その④

ジュリーが殺人を犯した後で言う

「これはあなたの本のためよ」という台詞

これはミステリー作家であるサラに対し

自分をネタに本を執筆しているなら

殺人こそふさわしいネタはないでしょ?という

アプローチだったと考えられる。

 

伏線その⑤

サラが勝手に他社で本を出したのを

ジョンが「どうして黙っていたんだ?」と怒る。

それに対して

「あなただって黙ってたでしょ」と返した。

これは「愛人の娘がいたこと」

つまりジュリーのことを

黙っていたことを非難している。

ジュリー自体が妄想だったら

この台詞の意味が通じなくなる。

 

 

最後に③の解釈。

③別荘の出来事は妄想だった。ジュリーはサラの作りだした架空の娘。

サラが別荘で体験したことに

妄想が入っていた、というもの。

ジュリーは幽霊のような

サラにしか見えない存在で

それを実写化したタイプの映画だった。

この解釈の人が一番多いと思う。

 

サラはミステリー作家として地位を築いたが

今は殺人事件より別のことが書きたかった。

情熱的な恋愛ものとか……。

その想いのまま創作に取り掛かって

自分と正反対の幻覚を作り出し

彼女の自由奔放な恋愛を小説に綴った。

 

ジュリーという娘は存在しない。

サラが生みだしたもう1人の人格。

若い頃の自分をモデルにした

こうなりたかったという理想像がジュリー。

あるいは、

ジュリーの語る「母親」が小説を書いたり

サラに酷似していることから

もし自分とジョンの間に娘がいたら

こんな娘だろうという想像の姿と推測できる。

 

この場合、

どこからどこまでが妄想なのか

線引きが難しい。

基本的には

ジュリーと一緒にいるシーンが

全て妄想ということになるだろう。

自分自身の行動は

どこまでが真実でどこが嘘なのか?

フランクは実在していたのか?

殺人事件はあったのか?

マルセルの娘も妄想?

誰も真実がわからなくなってしまう。

 

この説は

都合の悪い事は「妄想でした」で

解決できてしまうので

個人的に好きではない。

まぁ俺の解釈としては

②の全て現実の出来事で

ジュリーという娘も存在していた

支持しておきます。

(下の項目で追記あり)

 

よくある疑問

 

Q,サラは自分の小説が嫌いなのか?

 

ドーウェル警部シリーズで

一躍大人気のミステリー作家となったが、

このシリーズは出版元の

ジョンの好みで続けたシリーズ。

自分もミステリーは好きだが

本当に自分が書きたいものなのか、

これでいいのか悩んでいるところ。

 

Q,サラはジョンのことが好きなの?

 

そうです。

サラは作家として

ジョンのお気に入りでありたいと同時に

1人の女性として彼を好いている。

これは監督のインタビューでわかります。

 

2人が以前に

付き合っていたかどうかは

ハッキリと描かれていないが、

別荘にも何かと口実をつけて

結局行かなかったし、

プライベートな関係はなさそうだ。

 

Q,十字架には何の意味がある?

 

十字架というのが意味ありげに出てきます。

サラは別荘に来た初日に

この十字架を壁から外しました。

しかしジュリーがサラの部屋に入った後、

この十字架が壁に掛け直されている。

ジュリーは何故、十字架を壁に戻したのか?

おそらく「自分が部屋に入ったこと」に

気づいてもらいたかったか、

「勝手に部屋に入ってごめんなさい」という

懺悔の意味で

このような行動をとったと思われる。

ジュリーは信仰心の強い娘だから。

 

この時、

鏡に映った映像であるのが意味深だ。

この映像は真実ではなくて

十字架を抽象的に例えた

サラの心の表現の一部とする解釈もできる。

つまり現実の十字架は外れたままで、

心の中では十字架を

掛け直したい(やり直したい)ことがあり

心の変化を暗示させている。

……と深読みすることもできる。

 

Q,しかしそれなら

殺人の後で再び十字架が掛かっているのは?

あれは鏡の映像では無かった。

 

またもやジュリーの仕業?

ここは確かに現実の映像ですね。

そもそも十字架に何の意味があるかで

解釈が変わってきそうです。

 

ジュリーはサラと別れる時に

十字架のネックレスをしていた。

彼女にとって十字架は

大きな意味があるものと思われる。

ジュリーが殺人を犯して

神様にすがりたい気持ちで

掛けたのだとしたら

気持ちはわかるつもりですが……。

 

Q,ジュリーのお腹の傷跡は何?

 

ジュリーは「交通事故」と言っています。

後にマルセルの娘が語る

ジュリーの母親の事故死と

何らかの関係があると

俺は推測している。

ジュリーが情緒不安定になるのも

母の死に原因があるのかも。

セックスばかりしているから

妊娠中絶の帝王切開の跡という意見もある。

 

Q,プールサイドで寝ているジュリーを

フランクが見下ろしていて、

自慰を始めるのは意味がわからん。

 

あのシーンはサラの見ている夢でしょう。

ジュリーの瑞々しい身体に嫉妬して

欲望が自慰というかたちで表現されている。

フランクが登場したのは

サラの今の欲望の相手で

彼に少なからず惹かれていることもわかる。

 

Q,ジュリーは

昔のサラの姿ではないか?

サラ・モートンはペンネームで

本名はジュリーだとは考えられないか?

 

サラ自身の過去を投影したにしては

根本的に違う部分がある。

それは利き腕です。

サラは右利きで

ジュリーは左利き。

自分の投影だったら

どちらも利き腕は同じにするはずで

利き腕が違うということは

サラとジュリーは別人であると

考えた方がいいでしょう。

 

Q,サラはマルセルと関係を持ったの?

 

黙ってもらうために誘った、と考えられる。

まあマルセルのアレが

使用できるかどうかはあやしいところなので

セックスまでは至らなかったのではないかと。

 

あの手の方法は

いかにもジュリーがやりそうなこと。

おっぱいで誘う前に

何度もジュリーの方を見ています。

それをわざと真似した

サラの心境がよくわからない。

ジュリーと張り合うためだったのでしょうか……。

 

Q,マルセルの娘は

ジュリーの母親はすでに死んでいることを

サラに教えるが

急に「事故だったの」と怯えて

隠れてしまったのはなぜ?

 

あのキャラクターは姿からして謎すぎる。

小人症で老人のような顔の娘。

マルセルの「娘」なら40歳は過ぎているだろう。

どうやらジュリーの母は

不可解な事件で命を落としているらしい。

それが原因でジュリーがあんな風になったと

言いたいのでしょうか?

謎の台詞すぎてわかりません。

 

Q,あの年取ったマルセルの娘の存在意義は、サラが最初に「ご主人いらっしゃいますか?」と尋ねるように、人は夫婦というものが一般的に年が近い物である、という思い込みを否定するためにあるシーンであると思います。
つまりジュリーはジョンの奥さん、そしてジュリアのお母さんなのです。
ジュリーは若く、ジョンは歳をとっていますが、夫婦である可能性は十分考えられます。そしてジュリーのお腹のキズは、幼い時の妊娠のために行った帝王切開の跡なんだと思いました。

 

面白い考え方です。

マルセルの娘の容姿は

人は見た目では判断できない事の

伏線かもしれませんね。

 

一方、ジュリーがジョンの妻で

ジュリアの母というのは突飛すぎます。

若く整形していたとしても難しいから、

ある特殊な病気(下垂体機能不全)で

見た目が変化しないという設定を

持って来なくてはいけないからです。

この説が正しいなら

その病気の説明が無いのは大問題。

それに旦那をパパと呼び、

セックス中毒の母親ってどうなの?

何も魅力が無い。

 

Q,サラがジュリーの母では?

例の交通事故で記憶を失ったとか。

 

ジュリーがサラを「ママ」と呼んだことや

母の原稿の件も一致するけど、

それだと周りの反応がおかしい。

ジョンやジュリーが

他人として接するメリットってある?

 

ジュリーの母の原稿を

自分が書いたことになるが

全く思い出せないのはなぜ?

それなのにミステリー小説を書いて

ベストセラー作家になれるの?

マルセルの娘は

ジュリーの母に対して「死んだ」と言うなら

誰かに口止めされたってこと?

なんかヤバイ犯罪に

巻き込まれてるパターンですか?

あり得ないでしょ。

 

Q,ラストでジュリアとジュリーの姿が重なるのは

今までずっとサラには

ジュリアの姿がジュリーに見えていたということですか?

 

もし仮に本物の娘ジュリアが別荘に来ていて

その姿をジュリーに重ねたとするなら

これもまた矛盾ができてしまう。

 

出版社で2人はすれ違っていますが

ジュリアはサラに気づいていないし、

サラは「あの子が娘なのね」

みたいな表情で見ているから、

2人は初対面だったと思われるからです。

ジュリアはフランスには来なかったと断言できる。

 

ラストの謎シーンの考察。

プールサイドで手を振るのは

歯を矯正中のぽっちゃりしたジュリアだった。

手を振りかえすサラに切り替わり、

その後でプールサイドの娘の姿が

ジュリーの姿に変わります。

これが意味していることは何だろう。

 

ジョンの娘がジュリーだったらいいのに

つまり「私がジョンと結婚したかった」という

サラの願望だったのか?

しかしラストでサラはジョンに

見切りをつけたような態度をとっている。

その後に回想で

自分の願望を未練がましく

付け足すのは変だから願望ではなさそう。

 

単純にジュリアよりジュリーの方がいい娘よと

言いたかったとすれば、

「理想の方が美しくて現実って残酷ね」という

皮肉だったのかも。

 

 

現実派から見た矛盾点

 

俺は「別荘の出来事は現実だった」派なので

ネットの「妄想派」の意見をいくつか取りあげて

反論してみようと思う。

真相は全く不明なのですが、私自身が推理し、このカテでも散々意見を求めた結果出した結論は、あの一連の出来事はすべて作家の妄想であったというもの。
別荘に来て、パソコン画面に向かうところまでは現実なのですが、ジュリーという女性は彼女の理想と願望の象徴であり、自分自身がこうなりたい、あるいは心の奥底で行いたいと思っていたのに出来なかったことをすべて実行し、若さ、美貌、才能、欲望に素直な性格、奔放なセックス、出産(腹部の傷)、などを兼ね備えた女性である。
しかし、現実のジュリーは作り上げた幻想とは裏腹に、普通の平凡な少女でしかなかった。とはいうものの、そう解釈してもなお、不明な点(例えば殺人は本当に合ったのかどうかなど)は数多くあり、矛盾点は多い。
あるいは、編集長の娘は実際に来て共同生活もしていたいたのだが、作家自身が自分の理想の女性に勝手に置き換えていたという見方も有る。

う~ん、

ジュリア(本物の娘)が

別荘には来ていないと思う。

すれ違うシーンに違和感がありすぎる。

 

確かにサラは

ミステリー作家として名声を得たが

それに満足していない感じです。

そこで二重人格のもう1人のサラが

ジュリーという姿になって現れて

サラに恋愛小説のプロットを与えたと

推理するのは1つの答えでしょう。

 

しかし彼女自身も

昔は遊んでいたとジュリーに話していますし、

人生に不満があったわけではなさそう。

腹部の傷を出産と断定するには

サラ自身の過去の情報が足りない。

(サラが子供を産みたくて産めなかったとか

付き合った男の話が必要)

 

無理にジュリーとサラを

こじつけようとするから無理が生まれる。

若い娘を見て刺激を受けた中年作家が

新作のアイディアを得る物語だと

何か矛盾がありますか?

 

鏡の演出などを鑑みると、一般的なこの映画の解釈である「ジュリーはサラの空想上の人物」が一番解りやすいように思う。

ただ、どこまでが現実だったのか?
フランク殺人事件は本当にあったのか?が大きな謎でもある。

フランクの存在そのものが妄想なのか、それとも気になるカフェ店員として実在はしていたのか。もしかしたら本当にサラが殺してしまったんじゃ・・・とか自由に解釈できるが、フランクの事件のくだりがまさにミステリー小説!みたいな展開だったことや、遺体を隠蔽する時のサラのノリノリ具合を見ると、殺人事件自体は、ぜんぶ妄想の中の出来事だったように思える。

フランクねえ。

フランクを知っている人物が

他に登場しているから

妄想にしてしまうと

妄想の範囲が広すぎじゃない?

あの村で過ごした全てが妄想になったら

問題が解決するかと言うとそうでもなくて、

今度はラストでジョンに対して言った台詞と

腹を立てる意味がわからなくなってしまう。

 

フランクは存在して生きていて

殺人事件だけが妄想だと

フランクは急に姿を消したことになり、

それもまたおかしい。

①フランクは実在した、

②殺人事件もあった、

③田舎の村の捜査が杜撰で

犯罪が露見しなかっただけ、

とした方が矛盾無く繋がる。

 

あのラストシーンでこの映画の別荘での出来事がサラの小説のための空想の物語であるということはわかります。重要なのはジュリーが実在する人物であるかということ。僕の解釈から出た結論から言うとジュリーは実在しない。あくまでサラの空想の中での人物。「フランクを殺した。あなたの本のために。」というようなセリフがあったように、ジュリーはサラの思い通りに動く人物です。現に彼女はサラの「新作の構想ができた」という電話をジョンにかけてから登場しました。彼女はサラの小説の登場人物です。最後に出てきた「スイミングプール」の新作はこのジュリーについて書かれたものであるということがわかります。 
しかし、別荘についてからすべてのことがサラの空想だったとは思えません。どこかに現実があった。それはどこか。フランクとの会話とタイピングをしているシーンです。フランクはサラが好意を寄せていた人物で、この男を誘惑しようと思っていたが成熟した自分の姿を知っていました。もしかしたらここから自分とは対照的なジュリーの構想が出来上がったのかもしれなません。そして、殺人事件も現実に起こりました。殺したのはおそらくサラ。それはマルセルを誘惑したシーンから推測できます。フランクを埋めたのはサラ一人でやったこと。その場所に何か埋まっていることに気づいたマルセル。その気を引くためにサラはマルセルを誘惑するですが、このシーンでさっきまで水遊びをしていたジュリーが眠っています。これは「ジュリーが動かせない=空想の世界ではなく現実の出来事である」ということをさしているのだと考えられます。このシーンでサラは原稿を作成していることからこのシーンは現実であるといえます。 

「あなたの本のため」と言ったジュリーが

妄想の存在で、

新作『スイミング・プール』のヒロインだった。

彼女は自分が妄想であることに

気づいているわけですよね?

妄想って顔に怪我をしますか?

この怪我がサラによる追加の妄想で

自分がサラの妄想だって気付いてるんなら

「あんたいい加減にしてよね!」くらい

言いそうですよ普通。

 

『スイミング・プール』のためというなら

この小説には

「殺人」も入っているわけですよね?

ところがジョンは

この本を読んで興味を示していない。

大好きな「殺人事件」が入っているのに

それはおかしいと思いませんか?

ジュリーの母が書いたような

純粋な恋愛小説だったからだと思います。

この殺人は新作本のためじゃない。

ミステリー作家であるサラのためでしょう。

 

この部分は妄想じゃないのかな?というのは何箇所かありましたっ。もちろん今思うとなんですけどねっ。観ているときは「何かおかしい!?」ぐらいにしか思っていませんでしたけど。

まず電話のシーンです。ジュリーが出版社の社長であるお父さんと話していて、サラと変わると電話は切れています。そしてすぐに掛けなおしたはずなのに、ジュリーのお父さんは外出中で話すことはできませんでしたっ。

そして、同じく電話でサラがジュリーのお父さんに「娘が来るなんて一言も言ってなかったじゃない!!」みたいなことを怒りながら言ってましたっ。おかしいですよねっ。別荘に行く前にジュリーのお父さんはサラに「娘がいるかもしれない」と言っていたはずなのに。

「娘がいるかもしれない」ではなく

「娘がいるから(別荘に行けないかも)ね」が正しい。

つまりジョンは

イギリスにいる娘の相手をしたいから

サラの相手はできないと言っています。

 

サラに代わった途端に切れたのは

話をする気分じゃなかったか

忙しいからという理由で解決します。

上に書いたように

ジョンは他にも居留守を使っています。

 

 あと十字架を取り外したはずなのに、いつの間にか元通りになっていたりというのが何回かありましたよねっ。きっと十字架が掛かっているときは妄想のシーンなんだと思います。

十字架が掛かっている=妄想だと

サラが最初に別荘に来たときから妄想ですか?

十字架はジュリーが部屋に入った後と

フランク殺しの後の2回掛け直してありましたが

俺は十字架を掛けた理由は

ジュリーからの無言のメッセージと解釈しています。

 

十字架や鏡のシーンで

妄想と現実の区別とか考え出すと混乱しますよ?

どこからが妄想でどこからが現実か

あなたは説明できますか?

俺はラストのプールサイドを除いて

あとはほぼ現実だと説明できる。

その方が簡単で何も矛盾しない。

思わせぶりな描写が多かった映画というだけ。

だから個人的に

評価が低いのかもしれません。

 

 

……さて、

あなたはまだ「妄想派」ですか?

それとも「現実派」?

 

 

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評価(10点満点)
★どんでん返しが凄い作品
『タイトル』(公開年)主要キャスト
※タイトルを選ぶと感想のリンク先につながります。
 
10点
『時をかける少女』(2006年)仲里依紗、石田卓也
『オーロラの彼方へ』(2000年)デニス・クエイド、ジム・カヴィーゼル
 
 
9.5点
『シックス・センス』(1999年)ブルース・ウィリス、ハーレイ・ジョエル・オスメント
『アイデンティティー』(2003年)ジョン・キューザック、レイ・リオッタ
『情婦』(1957年)タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ
 
 
9点
『ベイマックス』(2014年)ライアン・ポッター、スコット・アツィット
『ゲーム』(1997年)マイケル・ダグラス、ショーン・ペン
『アフタースクール』(2008年)大泉洋、堺雅人
『アヒルと鴨のコインロッカー』(2007年)濱田岳、瑛太
『殺人の告白』(2012年)チョン・ジェヨン、パク・シフ
 
 
8.5点
『イニシエーション・ラブ』(2015年)松田翔太、前田敦子
『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)瑛太、上野樹里
『サスペリアPART2』(1975年)デヴィッド・ヘミングス、ダリア・ニコロディ
 
 
8点
『テキサスの五人の仲間』(1965年)ヘンリー・フォンダ、ジョアン・ウッドワード
『ピエロがお前を嘲笑う』(2014年)トム・シリング、エリアス・ムバレク
『シャッターアイランド』(2010年)レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ
『キサラギ』(2007年)小栗旬、ユースケ・サンタマリア
『十二人の怒れる男』(1957年)ヘンリー・フォンダ、リー・J・コッブ
『閉ざされた森』(2003年)ジョン・トラボルタ、コニー・ニールセン
『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』(2003年)ケビン・スペイシー、ケイト・ウィンスレット
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016年)福士蒼汰、小松菜奈
 
 
7.5点
『ユージュアル・サスペクツ』(1995年)ケヴィン・スペイシー、ガブリエル・バーン
『ファイト・クラブ』(1999年)エドワード・ノートン、ブラッド・ピット
『サイコ』(1960年)アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー
『下妻物語』(2004年)深田恭子、土屋アンナ
『真実の行方』(1996年)リチャード・ギア、エドワード・ノートン
『母なる証明』(2009年)キム・ヘジャ、ウォンビン
『女神は二度微笑む』(2012年)ヴィディヤー・バーラン、パランブラト・チャテルジー
 
 
7点
『ショーシャンクの空に』(1994年)ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン
『忘れないと誓ったぼくがいた』(2015年)村上虹郎、早見あかり
『プレステージ』(2006年)ヒュー・ジャックマン、クリスチャン・ベール
『インセプション』(2010年)レオナルド・ディカプリオ、ジョセフ・ゴードン=レヴィット
『マッチスティック・メン』(2003年)ニコラス・ケイジ、サム・ロックウェル
『スイミング・プール』(2003年)シャーロット・ランプリング、リュディヴィーヌ・サニエ
 
 
6.5点
『エスター』(2009年)ヴェラ・ファーミガ、イザベル・ファーマン
『オールド・ボーイ』(2003年)チェ・ミンシク、カン・ヘジョン
 
 
6点
『殺人の追憶』(2003年)ソン・ガンホ、キム・サンギョン
 
 
 
 
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