奥手女子を卒業して40代で結婚した

婚活恋愛カウンセラーのなつみです。


34歳までぼぼ彼氏ナシの奥手女子でしたが、その後恋愛下手を卒業。


40代で婚活して大好きなオットくんと結婚して、相互依存のパートナーシップを構築中です。


婚活から相互依存のパートナーシップまでの道のりを、お手伝いします^ ^


母に対する想いも、感謝の手紙のおかげで変わりました①


正月に根本師匠の罪悪感に関する動画を見て、宿題の感謝の手紙をほぼ毎日書いていることについては、前にも書きました。


そして、父へのわだかまりが一つ消えた話を、前に投稿しましたが。


こちらです



実は、母に対する想いも、最近変わりました。


私の場合、母との関係は父より複雑でとても説明しにくいのですが、何とかまとめてみようと思います。


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母に対する私の想いは、


①厳しくされたので感情を抑圧することになった。おかげで、私は自分の好きなことがわからなくなった。


②妹2人が生まれてから手をかけてもらえなくて寂しかった。


というのがメインで、私は、恋愛が上手くいくようになるまでに、この2つにはかなり向き合ってきたのですが。


もう1つ、「習い事の月謝代や学費をケチられ、自分の可能性が奪われた」という想いがあって、特に学費は引っかかっていました。


今回、この想いが変わったのです。


この先、首都圏の進学校の話になるので、ちょっと感じ悪いかもしれません。申し訳ありません。初めに謝っておきます。


あと、結構な長文です。


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私が大学進学のときに学費をケチられて国公立に行くように言われたことは、以前、根本師匠のyoutubeライブで話したことがあります。


「兄弟姉妹の心理学」という本の宣伝ライブの長女スペシャルのときですが、このときのライブが大盛り上がりで。


「私も国公立に行くように言われた!」と言う人が共演者にも複数いて、コメントにも続出して、神回だと言う人もいました。


(あのときは、根本師匠のファンの濃さを思い知りました。普通、そんなネタ盛り上がる?神回って言う人いる?)


ですが、私はそのときに、親が長女に国公立大に行けと言う理由は、各家庭微妙に違いそう…と感じました。


うちの場合、理由は完全に学費削減のみだったので、「『家から通える』国公立」と更に制限がついていました。


国公立でも、下宿したら費用は高いです。

この話はライブではしていません。


うちは東京通勤圏内だったので、普通に考えたらそれでも充分選択肢があったのですが。


私の場合、元々の志望が薬学部でした。

東京通勤圏内の国公立の薬学部って、東大とC大だけなんです。


私は東大に行くほど賢くありませんでした。

じゃあC大に行けばいいのですが、そう簡単な話にはなりません。


私は、県で1番の高校に通っていたんです。


その高校は県立ですが、7人に1人ぐらいが東大京大に進学していました。


そして、それ以外の6人のうち5人は、第2グループという感じの旧帝大・早慶上理レベルに進学していました。(浪人含む)


C大は国立だけど第2グループより下(医学部除く)という雰囲気が、私の高校には漂っていました。


私は、第2グループを狙いたかったのです。


家から通える一橋や東工大や東京外大などの国立は第2グループに入るので、その辺を選ぶことができれば良かったんですが。


薬学部じゃその辺を選べないので、私は旧帝大に行きたかったんです。阪大とか、九大とか、東北大とか、北大とか。


でも、それらの大学は、国公立という条件は満たしているけど家からは通えません。


周りのみんなは、大体旧帝大になら行かせてもらえます。教育費をたくさんかけてもらえるから。


でもうちは無理。そんなお金はないから、母は当然C大に行けと言いました。


だけど、私は諦めきれなくて、新聞奨学生を狙おうと思っていました。


現役は無理だったので浪人しましたが(遊んでましたー)、予備校代は当然出してもらえません。


だけど、宅浪は絶対気が狂うと思った私は、某小規模予備校の特待生になって予備校代ゼロの浪人生活を送りました。


駿台や代ゼミや東進ハイスクールなんてありえません。授業料高いから。


私は、小規模予備校の授業にはほとんど出なかったけど、自習室に通って勉強して成績を上げて。


秋には、阪大薬学部に行けるレベルになりました。東大京大以外の最高峰です。

やったー!!って思ったんですが。


ここで私は、阪大薬学部に行くのを諦めることにしました。というのは、新聞奨学生は大変らしいのがわかったからです。


字数制限に引っかかりました。

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