*「ヒットマン」及び「ボーン」3部作に渡ってネタバレ記述あります。未見の方は御注意下さい。


「トレッドストーン」というのは「ボーン・アイデンティティー」で記憶を失う前のジェイソン・ボーンが所属していた組織。バージョンアップしたのが「ブラックブライアー」。


ジェイソン・ボーンをマット・デイモンが演じているのにはそれなりの理由がある。

暗殺者は目立ってはいけないからだ。

だから「ボーン」シリーズはこの上なくリアルに作られていると言えるのだ。


例えば歴代007のようなハンサムがスパイ活動をしていたら目立ってしようがない。しかも美形というのは男女を問わず人の記憶に残るもの。行動の軌跡を自ら教えるような顔の人は、諜報活動にはむかないのである。暗殺稼業などもっての他。


ハンサムと言えないことはないけれど、しかしいざとなれば群衆に完全に埋没できるマット・デイモンは、原作で描写されるどんな風にも見えるから具体的な顔の説明がしづらいというジェイソン・ボーンにぴったりだった。そして彼が主演した「ボーン・アイデンティティーが大ヒットしたため、その後のスパイ映画は全て路線を変更することになったと言われている。よりリアルなスパイ活動の描写へと。



それに真っ向反旗を翻したと言えるのがこの「ヒットマン」。

原作のゲームに忠実に(たぶん)、リアリズムは一切気にせず耽美に走った。


髪の毛をすっかり剃った頭にバーコードのタトゥーなんて、どこに行っても目立ってしようがなくて、いの一番の特徴に書かれて手配書が回りそうなものだが、そんなことは無視である。


ホテルのスイートを泊まり歩いてのゴージャスな逃亡生活だが、彼のその資金がどこから出ているのかも一切触れられない。これがリアルな話であれば、銀行口座が凍結されたりクレジットカードから立ち回り先の足がついたりするものなのだが、彼は着の身着のまま逃げたはずなのに(銃は携行)金に困った気配もないのだ。


このヒットマンの高級ホテルでの暮らしぶりを見て、私は「ボーン・アルティメイタム」のブラックブライアーの暗殺者が可哀想になった。彼らが待機している時、絶対こんなホテルに泊めて貰ってないもん。洗脳には金を使っても維持費には金をかけて貰えない哀れな連中なのである。やってることはヒットマン達と変わりないのに。


そう、外見の非日常性を取り払えば、ヒットマン47号のやってることはジェイソン・ボーンと同じである。彼は記憶を失ったわけではないけれど、自分では事情がよく飲み込めない内に所属していた組織から狙われ、同僚だった暗殺者を差し向けられる。

逃げる途中で拾った女の子によって人間性を取り戻し、彼女を守るためにも戦いに趣く。

最後には政府の陰謀を暴いて一件落着、不可能と思える状況から奇跡の脱出を果たし、安全に暮らしている女の子の元へ戻って行く。


まんま「ボーン」じゃねえか、と私は思った。


ま、ストーリーの細かい部分は全部違うので、焼き直しとかパクリとかいうのとは違いますけどね。コンセプトは共通してます。「レオン」なんかよりはずっと「ボーン」に近い。47号のムダのない動きは、実は「ボーン」以降に主流になったアクションのスタイルだし。リュック・ベッソンはもう古いのよ。


「ヒットマン」は「ボーン」のようにリアルさを第一に考えていたのでは決して望めない見た目の華やかさ(俳優の容姿とか衣装)を観客に提供してくれる。その上でアクションも魅力たっぷりなので見応えは充分である。ジェイソン・ボーンが地味でイマイチだわ~と思う人は「ヒットマン」で満足すればいいのだ。映画は様々な選択肢を観客に与えてくれている。