これは実話に基づくストーリーである。
だからまあ、彼らの計画がどうなって終わるかは観客は皆事前に分かっているのである(でも知らない人もいるかもしれない。なにしろ随分昔の話になってしまったから)。
その上でどうスリルとサスペンスを盛り上げていくか、エンターテインメントとしての見せ方はどうすればいいのか、どの程度正確に当時の記録を再現するのか、等々映画制作は困難を極めたに違いない。
それを見事にやってのけたスタッフにまず脱帽である。
この映画のサスペンスは、完璧にたてたはずの計画がいかに齟齬をきたすかという、その部分にかかっている。
いや、大抵のサスペンスとはそういうものなのだが、しかし大抵の映画ではその計画が危うくなることで生まれるスリルを主人公の機転が解決することで観客はほっとし、その場限りではあるがカタルシスを味わうことができる仕組みになっている。このようにスリル→カタルシス→スリル→カタルシスが順序よく繰り返されることで、高まったサスペンスは一旦解除され、また新たなサスペンスが高まっては解除され、そうやってエンターテインメントとしての作品が成立するわけである。
しかし実話に基づく「ワルキューレ」ではそのスリルは解決されないまま次のスリルへと持ち越される。つまり危険因子をはらんだまま次の危険因子が生まれ、さらにまた別な危険因子が発生し、それが結果としてカタルシスではなくカタストロフィで終わることを観客は熟知している。
サスペンスは解除されないまま、ラストへ向かって映画のストーリーは着実に進行していく……。
私映画見ていて、緊張感が高まったあまり、思わず吐きそうになりました。
自分がステージに立つ本番前のリハの時に感じる緊張感そのものですよ。
映画でトムが陥ったような状況になったら、自分だったら我慢できずに絶対吐いてると思いました。
この作品の中で計画が危うくなる理由は人的要因なんですよ。
どんなに計画が完璧でも、それを遂行する人間は完璧ではない故、そこに心理的な陥穽が生じるんですね。
それは非常時にならなければ表面に出てこないその人の隠れた本質なので、自分自身にも事前に予測がつかないものなんです。だからその要因を計画に組み込むことができない。その予測できなかった部分から結局計画が崩れていくんですよね。
でも人間ってそういうものなんですよ。
リハの前に吐きそうになる程緊張するなんて、私だってそうなる前は全く予測できなかったですから。
でもそういう経験があるからこそ、登場人物達が緊張の糸の切れそうになる直前で予定外の行動をとってしまうのがよく分かる。
そしてまた、そういう所から計画が狂っていくのもよ~く経験してるんですよねー。
だから「ワルキューレ」のスリルとサスペンスって、心臓に悪いぐらい凄まじいものでした。いや、気の弱い人や心像の悪い人は本当にこれ見ない方がいいかも。切迫感で確実に寿命縮まりますから。
そこまで感情移入できるというのはやはり演じている俳優が名優揃いだからです。
彼らが映画の中で味わっている焦慮や危機感やその他もろもろの感情が観客には手に取るようにわかるので。
それは顔の表情だけではなく、アドレナリンの匂いがしそうな顔中ににじんだ冷や汗とか、走り出したいのをじっとこらえてゆっくり歩こうとしつつどうしても早く進むのをやめられない足取りとか、叫び出したいのをからくもこらえている体のふるえとか、そういう体を全て使った演技から伝わって来るんですよね。
主演のトム・クルーズは役柄上常にも増して無表情に近いですが、でもトムって顔で演技するとハンサムが災いして大仰に見えてしまうので実は表情はあまり変えない方がいいんです。彼の演技力は表情というより顔色の変化のような微妙な部分で様々な感情の変化を表現できるし、体でもその時々に応じた正確な反応を見せてくれますから。
それからビル・ナイ。この作品の中ではトムの次に重要な役どころで、トム以上に難しい演技をこなしてました。この人は一番難しい役だったんじゃないでしょうか。ビル・ナイならではの素晴らしい演技でした。
トム以外はイギリスの名優勢揃いみたいな感じで、「パイレーツ・オブ・カリビアン」見知った顔をビル・ナイ以外にもたくさんみかけました。「ロード・オブ・ザ・リング」のセオデン王もいましたね。その他は地元ドイツ出身の俳優さんが多かったようです。
彼らの演技があまりに真に迫っていたせいで、ラストでは涙がぽろぽろこぼれて止めることができませんでした。
胸が苦しくなるような作品ですが、見終わった後は不思議と爽やかです。
トム・クルーズ演じたシュタウフェンベルクの妻への愛が、最後に観客を救いへと導いてくれるので。