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普段、できるだけにこやかに、笑顔で人に接しようとしてますが、体に痛みがある時はできません。常にむっとした顔になってしまいます。実際痛いと不機嫌になるので、それが顔に出てるだけなんですが。
物心ついた時から痛みは常に体にあって、とっくに慣れっこになってしまってはいるものの、それでも新しい痛みが出たり、強い痛みだったりすると隠すことはできません。
鎮痛剤は飲むと頭が働かなくなって何もできないし、薬が切れた時に再び襲ってくる激痛(いつもと同じ痛みなんだけど、無痛の時から急にその段階に移行すると耐え難く感じるので)を感じたくないので、飲みません。
日本が麻薬にさほど汚染されていない国で本当によかったと思います。
恐らく一度でもヘロインに手を出したら、私は二度と抜けられない。
手術の後でモルヒネが効いている状態の、あの甘美な状態を再現できるものなら、なんでもやっちゃうでしょうからね(モルヒネはヘロインを精製したもの)。
どうしてそんなに痛いのかって?
たぶん、痛覚が鋭敏なんでしょう。だから麻酔にかかっている時って幸せです。効けばね(効かないのもある)。
最近、無理がたたって、また腰から脚にかけて痛みを感じるようになってしまいました。
ちょっと前までは、痛みを感じないようにするために飲む酒のアルコール度数が3度にまで下がっていたのに、もうそれじゃ効かない。
今日、4度のを買って飲んだら、飲んでいる最中だけは効いているけれど、飲み終わった途端に痛みがぶりかえしてきた。
3度や4度なら飲むそばからアルコールが分解されるらしくさほど酔いはしないので支障は感じないけれど、6度になるとそうはいかない。缶チューハイだとすると、3度も6度も同じ勢いで飲んでしまうので、さすがに酔っぱらってしまう――昼間からそれはさすがにマズイでしょ。
結局、度数12度ぐらいのワインを飲むことになる――これだと少しゆっくりめに飲めるから。でも、こんなのをがばがば飲んでいると、カロリー摂取過多になって、太るのよね。ワインって缶チューハイや缶入りカクテルと違ってつまみが欲しくなるものだから。
これから夏にかけて、ダイエットしなければならない時に、ワインなんて飲んでられるかーーー!!!
度数が14度を越えると、飲んだ瞬間からほぼ酔うことになるので、酒飲んでる間何もできなくなるし。
4度ぐらいだと、酒あおりながらでもテレビで字幕の洋画を見つつPCで3人ぐらい相手にチャットしたりできるんだけどね。それでも、まだ痛いので、楽しさは感じられない。
でも痛みを感じないために強い酒を正体がなくなるまで飲んで眠りにつくと、一日がそれだけで終わってしまう。それじゃ生きてる意味がない。
でも痛いのを我慢して日常生活を送っていても、笑顔も作れなければ楽しくもなれないなら、やっぱり生きてる価値がない。
痛くても、そんなの無視して笑えるようにならなければ……。
まるで仏教の修行だけど、たぶん、それは有効な手段なのだろう。
でも、かつて、激痛を体験したことがあると、体が自動的にそれを避けるように反応してしまうのよ。
拷問は、痛めつけた後で一回優しく治療して癒した後、もう一度最初から痛めつけるのが効果的というけれど、その気分を身をもって体験してるから。人間、我慢には限界があるので。それはもはや生理的な回避となる。
それでも、その「イヤだ」という生理的な回避をおしてでも、為すべき価値のある何かがあるのなら、たぶん我慢できる。
それを探さなくては。
今は見失っているけど、何かまた見つけなくては。
生きるために笑顔が必要なら、笑顔になるための手段を見つけなくては。
いつか、死の天使が私を迎えに来た時、
「もう充分です。あなたはよくがんばりました」
と言って貰えるのなら、そのために。
まあ美形なら死に神でも構わないんだけど。