ブログネタ:最近映画館で観た作品
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封切りで一番最近見たのはジャッキー・チェンの「新宿インシデント」(公式サイト
)。5月1日の初日に見てきました。同じ日に「GOEMON」も見ましたが、こっちの方を後に見たので。
さて「新宿インシデント」、かなり前から公開を期待して待っていたのですが、初日が近づくにつれ一抹の不安もあったのです。
公式サイトのコンテンツが充実するにつれ、どうもこの映画の売りは「今までと違う」「アクションを封印した」「社会派」のジャッキーらしいと分かってきて、そんなジャッキーを自分が好きになれるかどうか自信がなかったので。
でもそれは全くの杞憂でした。
ジャッキーは、いつもと同じジャッキーでした。
たとえ超人的なカンフー技を使わなくても、コミカルな動きで観客を笑わせることがなくても、私にとっては全然問題なかった。ジャッキーは常と変わらず、自分の周囲の人を大事にして彼らのためなら一肌も二肌も脱ぐけれど、それを全然恩に着せない優しい「兄貴」だったから。女性に優しく正義感も強いけれど、でも仲間を何より大事にする暖かさ――それさえ感じられれば、ジャッキーはジャッキーなのです。
それにカンフーは使わなかったけれどアクションは充分堪能できたし。
ごく普通の現代のビルで、まさか籠城戦を見られるとは思わなかったわよ。
私はブログネタで紹介されている「グラン・トリノ」も見ているけれど(その感想はこちら)
、この作品におけるクリント・イーストウッドと「新宿インシデント」におけるジャッキーの立場よくは似ているんじゃないかと思いました。二人とも普段慣れ親しんだ役柄から離れ全然違った性格のキャラクターに挑んでいるのだけれど、その新しいキャラクターを見ていると好きにならずにはいられないのは映画の登場人物の中に自然と入り込んでくる彼ら(クリントとジャッキー)本来の器の大きな人間としての魅力が私達をひきつけてやまないからでしょう。
この「グラン・トリノ」と「新宿インシデント」の物語は丁度表裏一体をなしているように思える。
「グラン・トリノ」では主人公(クリント)の住み慣れた街に異邦人(モン族)が増え、その中でも粗暴な若い男達が集まって一種のファミリーを形成し、モン族自身の社会をも脅かす存在となっていることが描かれていたが、「新宿インシデント」では鉄頭(ジャッキー)の方ががそのファミリーを形成していく側にいる。
ジャッキーは日本へ不法入国した中国人のたまり場へ身を寄せながら、次第に頭角を現して彼の仲間を新宿でも一目置かれる存在のファミリーへと育て上げていくのだ。
そもそも不法入国しているわけだから日本の法律になど縛られていないジャッキーは、日本人の目から見れば異邦人の中でもさらに札付きのマフィアの親分みたいなものだろう。しかし仲間から見ればこんなに頼れる兄貴はいない。優しく面倒見がよく、親身になって自分達の身を案じてくれるジャッキーのためなら、命を張ってもいいと思う弟分だっているかもしれない。
「グラン・トリノ」の愚連隊(死語)はリーダーがただの粗暴な若い男だったのでファミリーも単に不良仲間の集まりといった低レベルなものでしかなかったが(それでもやることは悪どい)、「新宿インシデント」では苦労人で大人のジャッキーがリーダーシップをとることでファミリーは有力な仲間を増やし、どんどんのし上がっていくのだ。
この辺の過程がまるで「ゴッドファーザー」を見ているようにスリリングでおもしろかった。
最初は悪いことに手を染めるのを潔しとせず、幾らかでも真っ当といえる(その分賃金の低い)労働ばかりを選んでいたジャッキーが、ある出来事を境に日本で生きていくためなら何でもすると腹をくくるシーンがあるのだが、そこに至るまでがごく自然なので彼の考えに納得してしまうのである。
「日本の法律には従わない。何故なら日本の法律は自分達を守ってくれない。自分達を守るのは自分達でしかない」
こう腹を決めたあとのジャッキーの仕事ぶりは鮮やかで、それは日本の法律に照らすともちろん悪いことなのだが、観客として見ている分には彼を応援したくなってしまう。
それはやはりジャッキーが住んでいる世界が「新宿」の、それも「歌舞伎町界隈」という――魔震がくれば容易に魔界に落ちるような――同じ日本でありながら一般的な日本人にとってはどこか別世界的な響きを持つ街であることが大きい。「新宿」なら何があっても不思議はないし、ダマされる方だって悪いんだから――といった具合に観客の目にもいつの間にか色眼鏡がかけられてしまっている。
物語が進む内その「新宿」はいつの間にか現実の新宿とは切り離され、「そんな事もあったかもしれない」的な仮想の「新宿」になっていくのだが、ごく自然に移行が進むので観客にもそれが現実なのかそうじゃかったのか分からない。映画が上手い証拠である。
ジャッキーがのし上がるのには日本のヤクザが深く関わってくるのだが、このヤクザの描き方が近年稀に見るほどかっこよかった。ヤクザはヤクザとしてちゃんと描かれているのに、キャスティングがいいもんだからつい見ていて惚れ惚れしてしまうのである。
しかも不自然じゃないのよ、これが!
ハリウッドが「ヤクザ」を映画に出すとどうしても不自然で失笑しちゃう場面が絶対出てくるのに、「新宿インシデント」にはそれがなかった。いや、私はヤクザについて詳しいワケじゃないから本当の姿は全然違うのかもしれないけれど、今映画で見てヤクザらしいヤクザってこうなんだなと思うような描き方なんですね。ヤクザなのに自然体。
アジア系のその筋の方々が勢揃いみたいな場面もあるんですが、たぶん、日本に暮らしているからこその秩序というのがそこにはあるんですね。「分を守る」という思想。意外とこれが秩序の形成に役立っているのではないかと思ったりして。
だから当然、秩序の乱れは「分を守らない、わきまえない」ところから生まれるわけです。
これが最終的な悲劇につながっていくのですが、物語の構成が大変美しくできていて、「人間は裸で生まれてきて裸で死んでいく」とでもいうのか、人の背負った業というのか、ハリウッド映画とは全然違う思想が色濃く見えて非常におもしろかったです。
さて、「グラン・トリノ」では愚連隊は街から取り除かれねばならないゴミであり、それを雄々しく買って出たのがクリント・イーストウッドであった。
「新宿インシデント」では主人公がジャッキーなので、彼のファミリーは取り除かれねばならないにしろ、孤高のヒーローであるクリント・イーストウッドが一人で活躍するというようなわけにはいかない。
その代わりにジャッキーと関わる刑事の役で竹中直人が出てくる。ジャッキーと彼のファミリーを相手にするには日本の法執行機関が大々的に動かなければならないというわけだ。そのぐらいジャッキーのファミリーは日本の中ででかくなっているということになる。
2時間程の映画なのだが、中身がとてつもなく濃い作品である。「新宿インシデント」には「ゴッド・ファーザー」3部作のエッセンスが凝縮され、アジア風の味付けになっているのだ。
しかもこれだけアジア人がたくさん出てきて、それぞれどのグループに属するのか一目で分かるキャスティングというのがスゴイ。劇中、それぞれの特徴を一言ずつで言い表してるシーンもあるが、実際見ただけで誰がどのグループか分かる。ヤクザ役の日本人俳優がいい男揃いなのに比べると刑事役の竹中直人だけ明らかに異質だったりするのも、きっと判別を容易にするためなのだ。それには衣装も一役買っていた。
こんな素晴らしい映画を日本を舞台にしてジャッキーが作る……改めて映画人としての彼に敬意を表したくなる作品だった。