08年11月に初開催され、8万5000人を集めた「したまちコメディ映画祭in台東」(したコメ)が21日から5日間、開かれる。前回に引き続き総合プロデューサーを務めるいとうせいこうさんに意気込みを聞いた。【りんたいこ/フリーライター】
「したコメ」のコンセプトは、「映画」「したまち」「笑い」。映画人、喜劇人、観客が一体となって盛り上がれる住民参加型の映画祭で、文化芸術の 街・上野と、お笑い発祥の街・浅草が会場だ。いとうさんは「土地のインフラも、伝統という名の無形のインフラも、その上に乗っかってくる各映画のクリエイ ティビティー(創造性)みたいなものも、このゾーン(地域)に一緒に集めて祭りにしていく」と意気込む。
開催期間が前回より1日長くなったことについて、「映画にまつわるイベントであれば、何でもやることで広がりを持たせた。その意味では、映画祭の“祭り”の部分が表面に出てきた。通常の映画祭よりもよっぽど映画祭っぽい」と胸を張る。
祭りの部分を際立たせる企画の一つに、22日に行われる「史上初!!船乗り込み&レッドカーペット」がある。これは、ゲストがおはやしとともに隅 田川から船で登場するというもの。いとうさんは「日本的なものを国際映画祭で打ち出しているところが面白い。ハリウッドをはじめとする(世界の)映画関係 者が、ユーチューブなんかでこれを見たときに、これに乗りたいと思わせるようなことをやっていかないと、せっかくの伝統がもったいない」という。
いま、なぜコメディー映画なのか。確かに、世間はお笑いブームだ。しかし、こと映画に関しては、泣ける映画のほうに客が多く流れ、喜劇人気は風前 のともしびに近い状態だ。自他共に認める「お笑い好き」といういとうさんも、「いまは邦画のコメディーの調子が非常に悪い」と認めている。
日本にも、喜劇映画が主流だった時代はあった。60年代の「ハナ肇とクレージーキャッツ」による「無責任」シリーズや「日本一の男」シリーズ、70年代の「男はつらいよ」シリーズ……。それらの作品が映画館でかかると、人々はこぞって足を運んだ。
「かつての日本人は、ナンセンスコメディーを見ていた。映画館も、みんなと一緒に見ることで、ここはおかしくないんだとか、ここは笑うべきなんだ とか、笑いのセンスを磨く場になっていた。それが、ここ10年から15年の間に、映画館で笑う体験が少なくなってしまった。みんなでギャグを見つけたとき の、何ともいえない喜び。それが映画の基本であることを、多くの人々が忘れてしまった」
いとうさんは、邦画のコメディーが流行しなくなってしまった原因の一つに、お笑い芸人が登場するテレビ番組やDVDの視聴を挙げ、それによって 「1人で笑う習慣が身についてしまったから」と分析する。「共有、共通感覚みたいなものを育成するはずのメディアが、今は違う方向に行ってしまっている。 このままでは、メディアとしての(映画本来の)活力も失われていってしまう」。だからこそ、「コメディー映画を見慣れていない観客のためにも、開催する意 義はある」と力説する。
「ユーモアや笑いには、矛盾を自分に認めさせて、相手にもしょうがないねと笑いかける“肯定力”がある。いい笑いを体験すると、それはエネルギー になる。『したコメ』でいろんな国の肯定力を見るべきだし、観客がみんなで一緒に見ることでそれを伝え合う。観客同士の力、一緒に笑い合う力が、今こそ求 められているのです」と話す。
期間中に上映される作品は64本。特別招待作品として、堺雅人さん主演の「クヒオ大佐」(吉田大八監督)をはじめ、米中韓の未公開作品が上映され るほか、「コント55号特集」や、コメディー特別講義「祝!モンティ・パイソン結成40周年!! 空飛ぶBBC帝国」といったコメディーファン垂涎(すい ぜん)の企画が並ぶ。大林宣彦監督を審査員長に迎えた短編コンペティションも開催。いとうさんがいう“笑いの肯定力”を、この機会に体感してみてはいかが だろうか。
<いとうせいこうさんのプロフィル>
1961年、東京都出身。早稲田大学卒業後、講談社に入社。マンガ・コラム「業界くん物語」を手掛けて一斉を風靡(ふうび)する。86年に退社後 は、小説執筆やテレビ出演などで幅広く活躍。88年、小説「ノーライフキング」で文壇デビューし、以来、小説、ルポルタージュ、エッセーなど数々の著書を 発表している。99年、「ボタニカル・ライフ-植物生活-」で「第15回講談社エッセイ賞」を受賞。執筆活動を続けながら、俳優の竹中直人さんやコントグ ループ「シティボーイズ」らとライブをこなし、イラストレーターのみうらじゅんさんと国内外の仏像の見聞録「見仏記」を発表するなどマルチな才能を発揮し ている。