> 和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に描いた米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)の上映が3日始まった。この映画について は、「反日的だ」として上映中止を求める民間団体の抗議活動による観客や近隣への迷惑を理由に、三つの映画館が上映を取りやめ、言論・表現の自由を巡って 論議が起きている。
当初は6月26日公開予定だった。3日は、青森県八戸市▽仙台市▽東京都渋谷区▽横浜市▽大阪市▽京都市の全国6映画館で上映予定。
6館で最も上映開始が早い横浜市中区の「横浜ニューテアトル」では午前10時の上映開始前から警察官十数人が待機し、ものものしい雰囲気の中での 封切りとなった。
配給会社「アンプラグド」などによると、午前9時20分の開場時には観客十数人の列ができ、約50人が入場した。
同館については、横浜地裁が6月24日付で民間団体に対し、同館から100メートル以内で拡声機などを使った抗議活動を禁じる仮処分決定を出して おり、上映開始時点では、周辺で抗議活動を行う団体はなかった。
一方、上映を支持する市民団体が「表現弾圧を許さない」「『ザ・コーヴ』上映を支持します」と書かれたプラカードを掲げて支援した。事務局の木村 静さんは「このまま上映妨害がなければいい」と話した。
アンプラグドの加藤武史社長は「映画の内容については、公開前から賛否両論あったが、上映自体については、さまざまな方に支援をいただいた。日本 での公開が実現できたこと、上映を支えていただいた皆様に感謝しております」とのコメントを出した。
横浜ニューテアトルの長谷川喜行支配人も「度重なる抗議の街宣活動があったが、お客様の安全を第一に考え、準備をした結果、本日、初日を迎えるこ とができた」とのコメントを発表した。
ザ・コーヴは3日上映開始の6館ほか、順次、全国18映画館での上映が決まっている。
◇視点や撮影手法 国内では賛否
「ザ・コーヴ」は、和歌山県太地町で行われている漁船と網を使って入り江に追い込むイルカ漁の実態を描いており、反イルカ漁の視点に貫かれてい る。米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞、海外では高い評価も受けている。しかし、日本国内では一方的な描き方だとする意見や撮影手法を問題視す る声もあり、上映前から映画関係者や識者らによるシンポジウムなども開かれ、賛否が割れている。
授業でこの問題を取り上げた大学もある。6月22日に早稲田大学(東京都新宿区)で開かれた授業には、出演している米国人保護活動家、リック・オ バリーさん(70)も飛び入り参加した。学生からは「イルカ漁に反対するのはなぜか」「エスキモーは捕鯨をしているではないか」--などの質問が相次い だ。
オバリーさんは「イルカには生死の認識があるほど知能が高い。今の太地町でのやり方は残酷だ。エスキモーはたんぱく源の一部として考えている。太 地町のイルカ漁とは違う。一考の余地はある」などと答えた。
撮影手法を巡る論議も盛んだ。大勢の同町漁協関係者が登場するが本人の承諾はなく、漁協側は、肖像権侵害を主張。日本での配給会社「アンプラグ ド」に上映中止を求めた結果、日本版はモザイク処理された。
早稲田大の授業を担当したアジアプレス・インターナショナルの野中章弘代表は「ドキュメンタリーは物事の本質を伝えるためにはいかなる手段・方法 でも用いる」と撮影手法などを擁護する。
また、東京・霞が関で6月21日に開かれたシンポでも製作手法が取り上げられた。映画監督の崔洋一さんは「プロパガンダ(宣伝)映画なので、事実 検証の下で作られたとは言い難い」と指摘。また、ジャーナリストの田原総一朗さんは「面白い映画だ。よくできている」と評価した。