> 歌手マイケル・ジャクソンさん(当時50歳)が09年6月に急死した事件は、今月4~11日、米ロサンゼルス郡地裁で開かれた予備審理で、専属医だった
コンラッド・マーレー被告(57)の過失致死罪での起訴が決まった。予備審理では検察側証人の証言により、マイケルさんの死亡前後の模様とマーレー医師の
適切でない対応が次々と明らかになった。同時に弁護側の反対尋問により、マイケルさんが自分で麻酔剤を使ったことによる死亡説も浮上、今後公判の焦点の一
つとなってきた。【ロサンゼルス吉富裕倫】
◇麻酔剤、過剰投与か自ら服用か
■検察側「証拠隠し」
検察側は09年6月25日正午ごろ、マイケルさんに「異変」が起きたと推定する。根拠はマーレー医師が午前11時51分から携帯電話でガールフレンドと 交わした通話内容だ。法廷でガールフレンドは「(医師から)『どうしている?』って電話がかかってきたので、その日のことを数分間話していた。途中から彼 が電話に応答しなくなった」と証言。マーレー医師は電話に先立ち、夜通し不眠を訴えたマイケルさんに頼まれ、強い麻酔剤プロポフォールを投与したことが分 かっている。
雑音とともに途切れた通話記録は11分間。マーレー医師は午後0時21分、自宅の警備員に救急車を呼ぶよう緊急通報させたが、検察側は、医師が正午ごろにはマイケルさんの無呼吸状態に気づいていたと推定。通報までに約20分もあったのは過失の一端とみている。
通報した警備員、アルベルト・アルバレスさんの証言も、過失を裏付ける内容となっている。
アルバレスさんは午後0時17分、マイケルさんのアシスタントを通じて電話で呼ばれ、マーレー医師のもとへ駆けつけた。マイケルさんはベッドの上で足に点滴を受け、導尿カテーテルにもつながっていた。
「マーレー先生、何があったんですか?」。「反応が起きたんだ。悪い反応が」。医師はそう言いながら、片手でマイケルさんの胸を押し、口移しの人工呼吸と蘇生を試みていた。
この時、マーレー医師から指示され、点滴台に取り付けてあったプロポフォールの薬袋など薬品容器や医療器具の一部をバッグにしまった。救急車を呼ぶよう 命じられたのは、その後だ。医師は救急隊員らにプロポフォールを投与したことを一言も説明しなかった。このため、検察側は救命より「証拠隠し」を優先させ たと指摘する。
午後0時26分、マイケルさん宅に駆けつけた25年のベテラン救急隊員、リチャード・セネフさんが見たのは、点滴台のそばに横たわり青ざめ、やせ細った男だった。「マイケルさんだと気づかず、ホスピスの患者かと思った」と振り返るほど衰弱して見えた。
セネフさんが「どれぐらい倒れていたんですか」と聞くと、マーレー医師は「今さっきです」と答えた。だが、マイケルさんの瞳孔は拡大し目が乾いていた。肌に触れると冷たかった。セネフさんは「20分以上前には死んでいたかも」と直感したという。
搬送先の大学病院医師もマイケルさんを診た時は死んでいると思った。だが、マーレー医師の求めで蘇生が続けられ、正式の死亡宣告は午後2時26分になっ た。死亡したのが宣告時間通りなら、投薬と死との因果関係は薄くなる。検察側は実際の死亡時間が宣告よりはるかに早かったことを指摘、マーレー医師の過失 を明確にしようとしている。
■弁護側は無罪主張
これに対し、弁護側は検視局の上級犯罪学者、ジェイミー・リンテムートさんへの反対尋問で、これまで知られていなかったマイケルさんの検視報告書の一部を明らかにさせた。
リンテムートさんは「マイケルさんの胃にプロポフォールを含む暗黒色の液体が残っていた」と証言。直接の死因と断定されたプロポフォールを、マイケルさんが口から飲んでいた可能性が、浮かび上がったのだ。
マーレー医師はマイケルさんが死亡した日、致死量に達しない微量のプロポフォールを点滴で血管に注入していたことしか認めず、無罪を主張している。
一方、検視局のエリッサ・フリーク捜査官は、床に落ちていたプロポフォールの空のボトルが、マイケルさんのベッドからどれぐらい離れていたかを弁護人から質問され、「1~2フィート(約30~60センチ)の間」と答えた。
マイケルさんの片手が届く範囲内に落ちていたことになる。不眠を訴えマーレー医師にプロポフォールの投与を求めたマイケルさんが、自分で飲んだか、注射した可能性をうかがわせる内容だ。
司法専門家は米CNNテレビに「マイケルさんが自分でプロポフォールを使って死亡したとする主張は、弁護側の大ばくち」とした上で、「12人の陪審の一 人でも自己使用説を信じれば、有罪の合意に達せず評決不能となる可能性がある」と分析する。公判では予備審理以上に詳細な証拠が提出されるため、さらなる 新たな証言も注目されている。
◇予備審、検察側証人20人以上
予備審理は容疑者を正式起訴して公判を開くに足る十分な証拠があるかどうかを裁判所が判断する手続きだ。有罪か無罪かを判断する公判に比べて立証のハードルが低い。
通常の事件では数時間で終わるところを、検察側は20人以上の証人を呼び万全を期した。一方、弁護側は証人を一人も呼ばず、検察側の証拠の矛盾を指摘する作戦に出た。
弁護側は、マイケルさんの胃に残っていたプロポフォールの血中濃度換算を検視局が計算違いし、口から飲んだ可能性があることなど、有利な証言を引き出し た。このため弁護側は「冒頭陳述と異なる証言が出てきた。公判で検察側は戦略を変えてくるだろう」と話し、起訴決定にもかかわらず満足げだ。
ただ、検察側証人として出廷した医師は、マイケルさんが自分でプロポフォールを使ったとしても、マーレー医師が不十分な監視で投与していた過失責任は免れないと証言した。公判では過失の程度をめぐっても争いになるのは必至だ。
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■ことば
◇プロポフォール
手術時に用いられる強い麻酔剤。白い乳白色の液体で、マイケル・ジャクソンさんは「ミルク」と呼んでいた。心停止などの副作用を避けるため、心電図測定 装置や蘇生装置などを備えた病院で常時監視しながら用いることが求められ、マイケルさんの自宅で使っていた医師の責任が争点になっている。
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◇マイケルさん急死事件の経過
3月 5日 マイケルさんが12年ぶりのコンサートツアーとなる7月のロンドン公演を発表
4月 6日 マーレー医師がラスベガスの薬局で麻酔剤プロポフォールを大量注文
6月19日 振付師が体調不良のマイケルさんをリハーサル会場から自宅に帰す
25日 <死亡当日>
午前
1:00 マイケルさんがリハーサルから帰宅
1:30 睡眠薬の投薬を開始(マーレー医師の捜査段階の供述)
10:40 計5回の投薬後、プロポフォールを投与(同)
午後
0:00 マーレー医師がマイケルさんの無呼吸状態に気づく(検察側の推定)
0:21 警備員が緊急通報し救急車を呼ぶ
0:26 救急車が自宅に到着
2:26 大学病院で死亡宣告
◇麻酔剤、過剰投与か自ら服用か
■検察側「証拠隠し」
検察側は09年6月25日正午ごろ、マイケルさんに「異変」が起きたと推定する。根拠はマーレー医師が午前11時51分から携帯電話でガールフレンドと 交わした通話内容だ。法廷でガールフレンドは「(医師から)『どうしている?』って電話がかかってきたので、その日のことを数分間話していた。途中から彼 が電話に応答しなくなった」と証言。マーレー医師は電話に先立ち、夜通し不眠を訴えたマイケルさんに頼まれ、強い麻酔剤プロポフォールを投与したことが分 かっている。
雑音とともに途切れた通話記録は11分間。マーレー医師は午後0時21分、自宅の警備員に救急車を呼ぶよう緊急通報させたが、検察側は、医師が正午ごろにはマイケルさんの無呼吸状態に気づいていたと推定。通報までに約20分もあったのは過失の一端とみている。
通報した警備員、アルベルト・アルバレスさんの証言も、過失を裏付ける内容となっている。
アルバレスさんは午後0時17分、マイケルさんのアシスタントを通じて電話で呼ばれ、マーレー医師のもとへ駆けつけた。マイケルさんはベッドの上で足に点滴を受け、導尿カテーテルにもつながっていた。
「マーレー先生、何があったんですか?」。「反応が起きたんだ。悪い反応が」。医師はそう言いながら、片手でマイケルさんの胸を押し、口移しの人工呼吸と蘇生を試みていた。
この時、マーレー医師から指示され、点滴台に取り付けてあったプロポフォールの薬袋など薬品容器や医療器具の一部をバッグにしまった。救急車を呼ぶよう 命じられたのは、その後だ。医師は救急隊員らにプロポフォールを投与したことを一言も説明しなかった。このため、検察側は救命より「証拠隠し」を優先させ たと指摘する。
午後0時26分、マイケルさん宅に駆けつけた25年のベテラン救急隊員、リチャード・セネフさんが見たのは、点滴台のそばに横たわり青ざめ、やせ細った男だった。「マイケルさんだと気づかず、ホスピスの患者かと思った」と振り返るほど衰弱して見えた。
セネフさんが「どれぐらい倒れていたんですか」と聞くと、マーレー医師は「今さっきです」と答えた。だが、マイケルさんの瞳孔は拡大し目が乾いていた。肌に触れると冷たかった。セネフさんは「20分以上前には死んでいたかも」と直感したという。
搬送先の大学病院医師もマイケルさんを診た時は死んでいると思った。だが、マーレー医師の求めで蘇生が続けられ、正式の死亡宣告は午後2時26分になっ た。死亡したのが宣告時間通りなら、投薬と死との因果関係は薄くなる。検察側は実際の死亡時間が宣告よりはるかに早かったことを指摘、マーレー医師の過失 を明確にしようとしている。
■弁護側は無罪主張
これに対し、弁護側は検視局の上級犯罪学者、ジェイミー・リンテムートさんへの反対尋問で、これまで知られていなかったマイケルさんの検視報告書の一部を明らかにさせた。
リンテムートさんは「マイケルさんの胃にプロポフォールを含む暗黒色の液体が残っていた」と証言。直接の死因と断定されたプロポフォールを、マイケルさんが口から飲んでいた可能性が、浮かび上がったのだ。
マーレー医師はマイケルさんが死亡した日、致死量に達しない微量のプロポフォールを点滴で血管に注入していたことしか認めず、無罪を主張している。
一方、検視局のエリッサ・フリーク捜査官は、床に落ちていたプロポフォールの空のボトルが、マイケルさんのベッドからどれぐらい離れていたかを弁護人から質問され、「1~2フィート(約30~60センチ)の間」と答えた。
マイケルさんの片手が届く範囲内に落ちていたことになる。不眠を訴えマーレー医師にプロポフォールの投与を求めたマイケルさんが、自分で飲んだか、注射した可能性をうかがわせる内容だ。
司法専門家は米CNNテレビに「マイケルさんが自分でプロポフォールを使って死亡したとする主張は、弁護側の大ばくち」とした上で、「12人の陪審の一 人でも自己使用説を信じれば、有罪の合意に達せず評決不能となる可能性がある」と分析する。公判では予備審理以上に詳細な証拠が提出されるため、さらなる 新たな証言も注目されている。
◇予備審、検察側証人20人以上
予備審理は容疑者を正式起訴して公判を開くに足る十分な証拠があるかどうかを裁判所が判断する手続きだ。有罪か無罪かを判断する公判に比べて立証のハードルが低い。
通常の事件では数時間で終わるところを、検察側は20人以上の証人を呼び万全を期した。一方、弁護側は証人を一人も呼ばず、検察側の証拠の矛盾を指摘する作戦に出た。
弁護側は、マイケルさんの胃に残っていたプロポフォールの血中濃度換算を検視局が計算違いし、口から飲んだ可能性があることなど、有利な証言を引き出し た。このため弁護側は「冒頭陳述と異なる証言が出てきた。公判で検察側は戦略を変えてくるだろう」と話し、起訴決定にもかかわらず満足げだ。
ただ、検察側証人として出廷した医師は、マイケルさんが自分でプロポフォールを使ったとしても、マーレー医師が不十分な監視で投与していた過失責任は免れないと証言した。公判では過失の程度をめぐっても争いになるのは必至だ。
………………………………………………………………………………………………………
■ことば
◇プロポフォール
手術時に用いられる強い麻酔剤。白い乳白色の液体で、マイケル・ジャクソンさんは「ミルク」と呼んでいた。心停止などの副作用を避けるため、心電図測定 装置や蘇生装置などを備えた病院で常時監視しながら用いることが求められ、マイケルさんの自宅で使っていた医師の責任が争点になっている。
………………………………………………………………………………………………………
◇マイケルさん急死事件の経過
3月 5日 マイケルさんが12年ぶりのコンサートツアーとなる7月のロンドン公演を発表
4月 6日 マーレー医師がラスベガスの薬局で麻酔剤プロポフォールを大量注文
6月19日 振付師が体調不良のマイケルさんをリハーサル会場から自宅に帰す
25日 <死亡当日>
午前
1:00 マイケルさんがリハーサルから帰宅
1:30 睡眠薬の投薬を開始(マーレー医師の捜査段階の供述)
10:40 計5回の投薬後、プロポフォールを投与(同)
午後
0:00 マーレー医師がマイケルさんの無呼吸状態に気づく(検察側の推定)
0:21 警備員が緊急通報し救急車を呼ぶ
0:26 救急車が自宅に到着
2:26 大学病院で死亡宣告