小さい頃は額に稲妻型の傷がある「生き延びた子」だったハリーだが、本作では完全なる自己犠牲による死と、その後の復活を経験する。それってすなわち新約聖書に書かれたキリストの死と再生のモチーフを現代的にアレンジしたものなのだ。だからこそ「ハリー・ポッター」シリーズはファンタジーとして全世界を席巻したのである。かつての「指輪物語」がそうであったように。すぐれたファンタジーの最初の作品は、「指輪物語」ではなく「新約聖書」であり、その系譜を継ぐ作品が「ハリー・ポッター」だと言えるだろう。

けれど「ハリー」が他の作品と違うのは、女性によって書かれたという点。現代のキリスト、ハリーはそれはたくさんの女性によって守られている。亡きハリーの母しかり、マクゴナガル先生しかり、ハーマイオニーしかり、ロンのママしかり、ロンの妹であるジェニーしかり、彼女達の存在なくしてハリーは救世主とはなりえなかった。ハリーに仕えるのではなく、積極的に守り、戦う女性達。彼女達の存在こそが「ハリー・ポッター」を新しく、現代に通用する作品として成り立たせているのである。

そしてさらに、その女性を愛し守る男性達がいる。
女性が男性に成り代わって戦うのではなく、女性としての自分を最大限に生かしたまま、全ての力を発揮できるのだ。シリーズを通じて最強の女性は、実はロンのママだといえるだろう。優しい夫と可愛い子ども達に恵まれ、ハリーにも惜しみない愛情を注ぐ最高の女性。しかしその母性のみに埋もれることなく、彼女もまた最強の戦士の1人なのである。ベラトリックスとの最強対決で勝ったのがロンのママであったのは、実は不思議でも何でもない。

ついでにいうと、シリーズの中で最も幸運な女性はジェニーである。幼い頃から大好きだったハリーと最後に結ばれるわけだから。おとぎ話としても見事な完結の仕方で、この上なくロマンチックなラストなのだ。それを女性の視点から描いていないから、「ハリー・ポッター」は広く一般に(つまり男性にも)受け入れられて成功しているのだけれど。

原作を読んでいない人には少々めまぐるしいかもしれないが、映像も美しくスペクタクル。この夏、見逃してはいけない一本である。