夕刊フジ より(以下一部抜粋)
>「あまり野球を知らないまま、この映画を作ってしまったんだよ」
来日記者会見で、400人以上のマスコミを前に堂々の“告白”を披露した。さすが、ハリウッドのトップスターである。
現在公開中の映画「マネーボール」で、実在のゼネラルマネジャー(GM)、ビリー・ビーンを演じ、米メジャーリーグの舞台裏をさらけ出した。が、そこにはドロドロしたものはなく、熱いドラマがあった。
名門大学から奨学生に誘われた少年にプロ野球のスカウトがささやく。「君は逸材だ、大学に行くなんて人生の無駄遣いだ」。大人の言葉を信じてニューヨーク・メッツに入団した少年は、わずか10年で現役を引退したが、監督やコーチの道は選ばず、スカウトに転身した。それがビーンという男だ。
「ビリーはトロフィーや新聞の見出し(で称えられる)よりも、もっと私的な勝利に価値を見いだしている。そうした彼の姿勢にとても敬意を感じるんだ」
今回は、妻で女優のアンジェリーナ・ジョリー(36)と6人の子供を伴って羽田に到着した。3月11日以降、ハリウッドスターの来日中止が相次ぐなか、あえて家族全員で来日した意味は大きい。
「もっと早く来日したかった。東日本大震災で被災された皆さんが一生懸命復興している姿はとても価値があり、生きる力、復興にかける思いにとても影響されています」と会見で語っていたが、来日に先立ち、9月に米オークランドで行われたUSプレミアで松井秀喜選手と対面した際も、日本の被災者に向けてメッセージを送っていた。
“大家族”だけに、絆を大切にする思いは強い。「ひとりで飛行機に乗る時は、家族の何かを持って乗るようにしている」とも言う。
優しさも折り紙付き。「バベル」(2006年)で共演した菊地凛子がゴールデングローブ賞の助演女優賞にノミネートされた日はくしくも菊地の誕生日。壇上で「HAPPY BIRTHDAY」を歌い出し、菊地を感激させた。出演作「ツリー・オブ・ライフ」が公式上映された今年のカンヌ国際映画祭では、一度上りきったレッドカーペットを駆け降りて、会場に到着した妻アンジーの手をとり再度レッドカーペットを上るなど、人柄の良さで知られる。
20代の代表作はロバート・レッドフォードが監督した「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992年)。破天荒な次男坊を演じた。あれから19年。当時のレッドフォードと同じ47歳になった。
「マネーボール」では娘を持つ父を、「ツリー・オブ・ライフ」でも息子たちの父を演じた。実生活でも彼は、「子供たちの才能開花のために、できるだけのことをしたい」と子供たちに世界を見せて回っている。
才能を見つけ出す、という意味では、映画で演じたビーンGMも同じ。怪我をした捕手に一塁手の適性を見抜くなど、過小評価された選手に正当な価値を見いだし、オークランド・アスレチックスで米野球史に残る公式戦20連勝を打ち立てた。金を積むだけで勝利は得られないことを証明したビーンGMの姿勢に学ぶべきところが多い。
「野球というのはこの映画の背景にすぎない。これは正義について描いた映画だ。負け犬というレッテルをはること、失敗や成功といった価値観(で単純に判断するの)は正しいのかどうか、そういうことを問う映画なんだ」
ハリウッドで成功を収めた彼だからこそ作れた映画、といえるかもしれない。
(ペン・小張アキコ カメラ・財満朝則/戸加里真司)
■BRAD PITT 1963年12月18日、米オクラホマ州生まれ。ミズーリ大学中退後、ロサンゼルスに移り、89年「ハッピー・トゥギャザー」でデビュー。91年、リドリー・スコット監督の「テルマ&ルイーズ」で注目され、翌年「リバー・ランズ・スルー・イット」でスターダムに。
2007年には「ジェシー・ジェームズの暗殺」でヴェネチア国際映画祭主演男優賞受賞。08年「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」でアカデミー賞他ノミネート。ここ数年はプロデューサー業にも進出。近作は「食べて、祈って、恋をして」(10年)や、今年5月のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「ツリー・オブ・ライフ」など15本を数える。次回作はSF映画「World War Z」(原題)。