「裏切りのサーカス」の監督って「ぼくのエリ 200歳の少女」撮った方じゃないですか。トーマス・アルフレッドソン。どうして全然毛色の違う作品に? と思ってたんですが、起用する側はちゃんとわかってるんですね。本質においてこの両作品にはちゃんと共通点があることを。
「ぼくのエリ」は孤独な魂同士のふれあいを描いた作品ですが、おもしろい部分は主人公の少年が相手が魔性の存在であることに心の底では気づきながら、それでも相手を自宅に招き入れちゃうその心理なんですよね。相手が好きだから、魔性の部分には目をつぶる。災厄を招くと分かっていてもね。
心の底では相手の正体を知りながら、気づかないふりして一緒に遊ぶ。だってその子が好きだから。これ要するに、理性の声に耳を貸さない自我のあり方です。ここで重要なのは、自我は自分に都合良くしか物事をとらえないので、危険が自分の身に及ぶなんて思ってもみない事ね。
「エリ」の場合は二人が互いに相手を思い合っていたのでそれで問題なかったんですが、「裏切りのサーカス」ではそうではなかった。「もぐら」は相手の好意を利用することでサーカスを壊滅に追いやったわけです。みんなが「もぐら」のためにちょっとずつ目をつぶったので彼の姿が見えなくなったのね。
でも、どんなに利用されても彼を愛するのをやめられないという、切なくやるせない思いが「裏切りのサーカス」には満ちているのですよ。この静かな愛の叫びは「ぼくのエリ」でも感じたものでした。この監督の描く愛は悲痛そのものですね。
「裏切りのサーカス」ではその悲痛な愛の深さ、激しさ、苦しさを普段コワモテのマーク・ストロングや冷血そうなベネディクト・カンバーバッチや無頼なトム・ハーディが表情一つで見せてくれるのですよ。ほんの一瞬のシーンなのに、そこにこめられている感情って、一生分なのね。見ててつらくなります。
そしてしつこいようですが、彼らの演技を助けているのが普段と違う髪と服! マーク・ストロングなんてね、髪がない時は頭の形のせいか非情で冷酷な役ばっかりなのにね、薄くても頭髪があるだけで優しさや暖かさが感じられるようになるんだから! そういえば「ロックンローラ」では髪があったわね。
マークが演じるプリドーは原作通り臨時教師で、ビル・ローチ少年とのふれあいもちゃんとあります。実はこの少年が出てきてようやく監督が「ぼくのエリ」の人だったことを思い出したんだよね。ビル・ローチ少年(ちょっとハリー・ポッター似)が本当に寂しそうで、誰か話を聞いてくれる人を求めてて。
プリドーにとってもビルは新参者同士ということで心やすい相手になったわけなんですが、映画で見てるとそのシーンが本当に「ぼくのエリ」と重なるのね。寂しいもの同士の心の交流がどれだけ大切なものであるかよくわかる。
「ぼくのエリ」を見ていると、人は孤独でいるより、相手が魔性と分かっていても友達と一緒にいることを選ぶものだとよくわかるのですが、「裏切りのサーカス」もそうなのですよね。分かっていて目をつぶるのではなく、いつか相手のために身を滅ぼすことになってもいいと受け入れさえする。
吸血鬼であれスパイであれゲイであれ、正体を明かしてはいけない存在が自分が心を許せる相手に出会ってしまったら、その人を命がけで愛するようになってしまうというのはトーマス・アルフレッドソン監督の方の好みなのかもしれません。映画のリッキー・ターやギラム見てるとそう思えるのです。
「裏切りのサーカス」に出てくる人達は誰もがとても孤独で、その孤独を分かち合ってくれる人を探している。でも例え魂の伴侶のような相手にめぐりあえたとしても、待っているのは悲惨な別れ。それでもその人を愛することに命を賭けて、場合によっては愛に殉じて死んでゆく。ここで描かれている愛は単なる肉体の結びつきを超え、精神のとても深いところで慰撫し合う、互いの孤独を癒すもの。肉体が滅びてもなお魂が求め合う、静かだけれど激しい愛。このロマンチシズムはひょっとすると映画の中だけで語られる、原作にはなかったものなのかもしれません。だから女性が見てもおもしろく、満足できる作品に仕上がっているのかな?
ところで物語とは別に「裏切りのサーカス」は構図が大変おもしろくて、見ているだけで飽きないです。「リアルスティール」の様な絵のように美しい構図じゃなくて、何かもっとこう、見てるとドキドキするタイプ。「アキレスと亀」の建物や小道具の見せ方が丁度こんな感じでした(おもしろさは全然違うけど)。物語は淡々とすすんでいても、スクリーン見ているだけで飽きないんですよね。
中高年の男性客が多いと書かれていたけれど女性が見ても充分楽しめる「裏切りのサーカス」、主人公のゲイリーは眼鏡、それ以外は大男小男間男間抜け&薄毛前髪色男で見分けて下さい(どれが誰かは見れば分かる)。GWは是非劇場へ!
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