「ジェーン・エア」を見て参りました(公式サイト )。
原作は子どもの頃に一度読んだっきりで、しかも全然好きな話ではなかったのですが、何故か心にはっきりと残っておりまして。
今回、東京独女スタイル から試写会の招待を頂いたので、いい機会だと映画でおさらいして参りました。
実は私が「ジェーン・エア」を好きになれなかったのは、子ども時代のジェーンが大層ひどい仕打ちを理不尽にも受け続ける所にあったのですが、その辺では映画では上手に短縮されて描かれておりました。理不尽さも酷さもよく伝わってきますが、原作にあった執拗さというのが失われていたからですね。ちょっと物足りないぐらいかもしれませんが、映画全体の長さを考えると丁度良かったと思います。
というわけで映画の物語としては成長してロチェスター家の家庭教師になってからのジェーンがメインなんですが、演じているミア・ワシコウスカは実はオーストラリア出身の女優さんなんですよね。それを言ったらロチェスター役のマイケル・ファスベンダーはドイツ出身でアイルランド育ちだし、監督のキャリー・ジョージ・フクナガは日系アメリカ人だったりするのですが、そんなことは些細なことでこれは英国が舞台であると有無を言わさぬ説得力を与えるためにジュディ・デンチがフェアファックス夫人役を演じております。大英帝国も007も指先一つで思うがままに操れるデイム・ジュディがそこにおわせば、どこだろうとそこはもうイギリス。舞台は1840年代の英国ダービーシャー州になってしまうのです。
これがね、時代の再現がもう完璧にできているのですよ!
ロチェスター家のお屋敷になったハドン・ホールが素晴らしいのは言わずもがななのですが、何より素晴らしいのが夜のシーン! このお屋敷にはたくさんの部屋があるのですが、当たり前のことですが当時電気なんかありませんので、明かりが文字通りの灯火なんですよね。蝋燭だったりランプだったり暖炉の炎だったり、全てが「火」。暖かいオレンジ色の光ではありますが、広い部屋を隅々まで照らすには明るさはまるで足りず、ただ側にいる人を照らすだけの役目です。まるでレンブラントの「夜警」そのままのような光の量。本当に夜の室内のシーンはとても暗いのです。
この暗さ、スクリーンの上の黒い色、これを美しいまま堪能することができるのは劇場以外にありません。テレビ画面では色調補正がかかりますのでこんなに暗く見えないんですよ。ヴィクトリア朝の闇の深さとそれを照らす炎の暖かい色を見届けるため、「ジェーン・エア」はスクリーンで見るのが一番です!
それにしても今回ミアちゃんで「ジェーン・エア」を見たことで、何故私の心にこの作品が焼き付いて離れなかったのか初めて理解できました。
それはジェーンが自立した女性で、身分や性別や財産などのために媚びることをせず、常に自分自身の尊厳を保ち続けて生きた女性だったからです。それが自分にとってマイナスの結果しかもたらさなくても、自分の心を裂くぐらいに辛い決断だったとしても、彼女が選び抜いたのは人間としての己の尊厳を保つこと。それを貫いたからこそ、彼女は頭を垂れることなく、常に真っ直ぐ前を見つめて歩み続けることができる。足は泥にまみれ、体は地に倒れようと、彼女の精神は気高いまま。その鮮烈な生き方に、当時子どもだった私さえ、心の奥で感銘を受けてしまったのでしょう。
それにしても映画で見ることで、当時の女性がどんな地位に甘んじていたのか初めて理解できましたね。子どもの頃の読書でいまいちピンと来なかった部分が補完できた感じです。
ただ、当時読んでいても主役が美男美女じゃないという点にはワタクシ物足りないものを覚えていたんですが、映画では美少女のミアにいい男のマイケルですから、こちらはホント満足度高かったです。ミアちゃんなんか「アリス・イン・ワンダーランド」ではアリス役で超可愛かったのに、「ジェーン・エア」では設定に合わせてできる限り不器量に見えるように撮ってて、スタッフさん達の苦労が忍ばれました。こちらは主にヘアメイクさんの仕事ですが、ヴィクトリア朝のヘアスタイルで、髪型自体は美しいのにミアちゃんの美貌は損なうという職人技を見せてくれてましたよ~。マイケルの方は、この方はまるで「苦悩」の二文字を全身で表現するために生まれてきたような俳優さんなのですが、これは髪と髭の色がその苦悩と情熱の向かう先を示しておりました。ジェイミー・ベルも出演してるんですが、彼も髭のおかげでずっと老成して見えて役にはまってましたね。
そして彼らキャストの演技を支えリアリティーを与えているのがその衣装です。これはアカデミー賞にノミネートされたぐらいで、当時の手法でミシンを使わず全部手縫いという繊細さ。布も仕立ても古式ゆかしく、それを着れば自然に当時の立ち居振る舞いになるのではないかというぐらい、見事に再現されております。
とにかく、衣装は生地まで素晴らしいですからね。これは小道具になるのかもしれませんが、カーテン一つとっても見応え充分なのです。たとえばロチェスター家はのお屋敷には窓にレースのカーテンがかかっているんです。今でいうところの「レースのカーテン」とは別物の、本物のレース。このレースがとても見事なので、ロチェスター家は貴族で財産家だということがわかるのです。それに比べるとジェーンの着ているドレスはどれも質素で地味で、つましい生活ぶりが手に取るように伝わってきます。
「ジェーン・エア」はスクリーンに映っている全てのものが観客に語りかけてくるような、そんな作品です。演出はジェーンの性格そのもののように抑制がきいて静かで美しいですが、内面には強く毅然としたものを秘めています。これぞまさに「ジェーン・エア」の決定版といえましょう。