「映画って映画館で見るのが基本」…飲食店を劇場に 竹中直人らも呼んだ「シネマノヴェチェント」(産経新聞) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150405-00000524-san-movi


前回、このコーナーで、横浜随一の繁華街だった伊勢佐木町界隈(かいわい)には映画館がもう3軒しか残っていないと書いたが、その目と鼻の先、西区役所近くの住宅街にこの2月、新しい劇場がひっそりと誕生した。それも恐らく全国でこんな映画館はほかにないというくらい、極めてユニークなミニシアターなのだ。

 京浜急行の戸部駅から歩くことおよそ10分、藤棚商店街の外れにその名も「シネマノヴェチェント」はあった。建物の壁面には、ジョン・ウェインに高倉健、吉永小百合といった映画スターの似顔絵がずらりと並ぶ。いかにも映画館っぽいイメージだが、1階はカラオケパブが営業中で、昼間から演歌を熱唱するおばちゃんの声がもれてくる。

 狭い階段を上って2階の入り口を開けると、あれ、ここにもバーカウンターが? 「インターネットで調べて、もともと飲食店だったこの物件を見つけたのですが、この広さでこの値段なの、というほど格安で借りることができた。厨房(ちゅうぼう)やカウンターはそのままで、壁で仕切って28席の劇場にしましたが、28席なんて半端な映画館だけじゃどうにもならない。経営的には映画を見た後の飲み食いに頼っていきたいと思っています」と、シネマノヴェチェント代表の箕輪克彦さん(51)。ちなみに「ノヴェチェント」とは、箕輪さんが大好きなベルナルド・ベルトルッチ監督作「1900年」のイタリア語タイトルで、映画の世紀である20世紀も意味する。

 実は箕輪さんは以前にも川崎市麻生区の母親所有のビルで、「ザ・グリソムギャング」というシネマバーを経営していた。こちらはさらに座席数が少ない21席で、隣にバーを併設し、トークショー付きの上映会を週末に催したりしていた。

 だが建物の老朽化もあって平成25年11月に閉館。同じ場所での再建も模索したが、結局、まるでなじみのない現在の場所で全く新たに始めることになった。

 「内装は、これもインターネットで調べて映画の美術セットなどを手がけている会社に頼んだら、間仕切りのカーテンだとか折りたたみ式のテーブルとか、こちらの要望に応えてポンポンつくってくれた。いろんな意味で僕の思っている方向性になったかなと感謝しています」と箕輪さん。

 上映作品は1日3本で、「東映ビデオ傑作選」「浦山桐郎監督傑作選」といった旧作が中心だが、これらに混じって何とシネマノヴェチェント自社配給の映画もラインアップされている。日本未公開の「ファイナル・オプション」(1982年)と「恐るべき相互殺人」(1974年)の2本で、特に5月から上映する「恐るべき相互殺人」はかつてテレビ放映されたくらいで、DVDはおろかビデオにもなっていないレアものだという。

 「自分で映画を買いつけて、配給権を取って、しかも自分の小屋でかけるというのは、ずっとやりたかったことです。映画ファンとして夢以外の何ものでもない。配給権は1年間だが、いろんな劇場で回すという頭は最初からなかった」。ということで、1年間いつ行ってもこの作品を見ることができるというのも、異色といえば異色だろう。

 さらにシネマノヴェチェント最大の売りが、週末ごとに企画されているトークショーだ。ザ・グリソムギャングからの継承で、開館初日の2月7日に「25NIJYU-GO」の鹿島勤監督、「恋極道」の望月六郎監督を呼んだのをはじめ、「共犯者」を上映したときは主演の竹中直人、「キューポラのある街」では浜田光夫に来てもらった。

 「残念ながらまだ満席になったことがない」と箕輪さんは打ち明けるが、3月15日にデジタルシネマについて描いたドキュメンタリー映画「サイド・バイ・サイド」の上映と撮影監督の加藤雄大さん、柳島克己さんのトークショーに足を運んだときは、観客は当方を含めて4人だけ。しかも2人は取材に来ていた記者とカメラマンで、残る1人は東京芸大の教授を務める柳島さんの教え子だった。

 「その前の週も1人か2人ですよ。いちいちそんなことでたじろいではいられません」と苦笑する箕輪さんだが、撮影監督を呼んでのトークショーは毎週ゲストを替えてやっており、いずれは本にする意向だ。

 「グリソムギャングのころ、最初はその場限りの話ということで記録を取っていなかったんです。でも井上梅次監督とか石井輝男監督とか鬼籍に入った監督も多く、そのときのトークを残しておけばよかったな、と今になってものすごく後悔している。今は記録を残すためにお招きしてやっているという意識で、自分の中では義務感みたいなものです。どんな大監督や名カメラマンに来ていただいても、一歩この空間に入ったら同じ映画好きとして誰もが交流できるようコーディネートすべく努力しているつもりです」

 後は何といっても地元への認知度を上げることが大きな課題だ。「この間、買い物帰りのおじさんが自転車でふらっと来て、映画の後にコーヒーを飲んでいった。自転車で5分くらいのところに映画館ができたというので見にきたと言っていたが、ああいう感覚で利用してくれるとうれしいですね」と期待を寄せる。

 「映画って映画館で見るのが基本なんですよ。僕はそうやって育ってきましたから。そういう当たり前のものを当たり前の形で楽しむということが、今はできなくなってきている。僕は当たり前のことをやっているだけなんですけどね」(藤井克郎)