「プリデスティネーション」(公式サイト


最高におもしろいSF映画とはこういう作品のことをいうのですよ。ああ、「ジュピター」にこの「プリデスティネーション」の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ!


とにかく原作がハインラインの「輪廻の蛇」ですから、物語のおもしろさは折り紙付きなんです。でも、その原作のおもしろさを映画化する際に全部持って行けるかというと、そうではない作品の方がほとんどだけに、ちょっと心配になるじゃないですか。


でも映画が始まった途端、そんな心配なんかどこかへ行っちゃいます。

スクリーン上で繰り広げられる物語のあまりのおもしろさに、見る以外の何事もできなくなっちゃいますから。目はスクリーンに吸い付けらたまま、ただただみはるのみ。


これはやはり、イーサン・ホークの存在感と演技力が大きいですよね。「ガタカ」以来、SF映画に必要なキャラクターの魅力が何かをちゃんわかってますからね。謎めいた風貌で一体何を考えているのか分からないのに、そこには強い目的意識がある。だから観客は彼がこれから何をするつもりなのか気になって、目を離すことができなくなるんですよ。


これですよ、この「目的意識」。これこそ真の主人公の証であり、観客が感情移入するための鍵ですね。この「目的意識」がはっきりしていないとダメなんだ。少なくとも私には必要です。


さて、目的意識の権化のようなイーサン・ホークですが、やってることは一見バラバラで取り留めないように見えます。これ、私は原作知ってるので気にならなかったんですが、たぶん知らない方でも何が何だか分からないままどんどん見続けちゃうものと思われます。だって他の観客の皆様も私と同じ集中力でスクリーンにかじりついてましたからね。何か他の動作をする音とか、聞こえてきませんもん。ひたすらスクリーンに目を注ぐ至福のひととき……。いや、こんな作品には滅多に出会えませんって。


話を戻して、イーサンがバーテンダーとして働くバーに一人の客が現れます。

これが若い頃のレオナルド・ディカプリオかと思うぐらいの美青年で、イーサンは何故か彼から話を聞き出そうとするのですね。


この美青年がイーサンのバーテンダーにも増して謎めいているのですよ~。もう、観客の目は彼の顔に釘付け。その声を聞き逃すまいと耳もそばだて、そして二人の会話に夢中になります。


そうなんですよ、最初にちょっとアクションシーンがあるものの、前半はこの二人の会話で、主に美青年の生い立ちの話が語られるだけなんですよね。もちろんSF的な道具はすでに出ているので、それがただの世間話でないことは明らかであるものの、基本、二人の会話なんですよ。それなのに、ただ語られるだけのその話が、無類におもしろいの! 原作のハインラインもすごいけれど、そのおもしろさを見事に表現している映画もすごいわ。脚本も、俳優も、衣装もヘアメイクも美術も監督も、何もかも完璧なのね。


というわけでネタバレにならないためにはこれ以上書けないのですが、こんなに満足度の高いSF映画はしばらくぶりです。「インセプション」以来? あまりにもおもしろかったので、見終わった観客の漏れ聞こえてくる感想も厚かったです。


特筆すべきは美青年を演じた俳優さんで、難しい役をあり得ないほど完璧に、そしてこの上なく魅力的に演じておりました。その必死に生きてる痛々しい表情が、わざとらしくない故に、いやでも観客の同情を誘い感情移入を招くのですよ。バーテンダーも美青年も、「何故そんな顔をしているの? 何があったの?」とすれ違う人さえ興味を覚え、何故かこちらの感情をかきたてられるような、そんな表情なのですよね。


最高のストーリーに最高の役者。イーサン・ホーク、屈指の名演。

「プリデスティネーション」がおもしろいのはまさに当然なのでした。