「光をくれた人」でいささか滅入っていたので、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でもさらにげんなりきたらどうしようと思っていたが、そんなことはなかった。内容的には「マンチェスター~」の方がずっと重いが、それでも時代が現代のせいか、登場人物の気持ちはこちらの方がずっとよくわかったからだ。
以下内容にふれるので、未鑑賞の方はご注意を。
ケイシー・アフレック、実はずっとあまり好きじゃなかったのよね。
「オーシャンズ」シリーズで見せるちょっとオバカっぽい表情は可愛いと思っても、どうしても兄のベン・アフレックとかぶってしまって……。「ジェシー・ジェームズの暗殺」で見せた病的で眠たそうな目つきはずっとキライだったし、「インターステラー」の物わかりが悪くて頑固そうな兄ちゃんも好きじゃなかったんです。
しかし私は今回、ケイシーのことを本当に見直しましたです。
ちょっと前にベンの「夜に生きる」を見たばかりなので比べてしまったのですが、ケイシーの方が(若い分)ハンサムじゃん、と。
いや、年齢的にも重みのある役が似合うようになったのかもしれませんが、それまで私の知ってたケイシーとは随分雰囲気も違いましたしね。
それが役の上で、外見的にもピッタリだったんだと思います。
元々はマット・デイモンが主役を努めるはずだったという話ですが、マットではまた違ったものになっていたんじゃないかと。マットの演技力に疑問はありませんが、どうしたって彼は「ボーン」です。
ボーンがボストンで便利屋つとめてたら、何かの工作活動の一環か、と誰でも疑ってしまいますよ。
その点、ケイシーは雪かきしてても配管直してても違和感ないんですよ。あ、これが彼の仕事なんだな、とピッタリ来る。きちんと仕事をこなしてはいるが、将来に何の希望も持っていない顔だと。
ここでちょっと話を変えます。
私はずっと思っていました、自分の過失、それもちょっと気をつければ防げたはずのうっかりミスで愛児を死なせてしまった親はどうするのだろうと。
親がパチンコしてる間に車で子どもが熱中死とか、そういうのは単なる怠惰と注意不足であってうっかりミスとは思いません。うっかりミスとは……子どもを保育園に落とすのを忘れて車に乗せたまま一日気づかず熱中死させたとか、そういうのです。
そんなことになったら、親たちはどうなるんだろうと想像していたその通りのことがこの映画には描かれていました。そして、その先のことも。
まず、そんなことが起こったら、死なせた親は衝動的に自殺を考えるでしょうね。子どもを死なせてしまった今、これ以上生きていることはできないと。
その行為は計画的なものではないので周囲の人々に止められる可能性大として、死ななかった場合。
それが女親なら、夫は責めずに慰めることもあるかもしれない。
でも死なせたのが父親なら、母親は決して彼を許さず非難し続けるでしょう。そして、そんな人とは一秒も同じ空間にいたくないと相手の話も聞かずに離婚。
そして長きにわたって悲嘆にくれる。
でもその次は? 5年、10年したその次は?
母親は、父親はどうなるのだ?
その解答が「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でした。
女は(運が良ければ)その後も子どもを産むことができる。そうすることによって喪失感を埋めていくことができる。
でも男は?
自分の責任で愛児を失った父親は?
再婚する人もいるかもしれない、そうして新たな子どもをもうけることもできる人も。
でもそれができない人は……生きている限り、自分を責め続ける。
のりこえることができないんだと。
それが私にはとてもしっくりきたんです。
それはたぶん……夫が自分が犯したことの罪と共に、妻の怒りや悲嘆の原因も全て自分にあると、妻の苦しみをも全部引き受けて自分を罰し続けてていたからなのでしょう。アルコール以外のあらゆる楽しみを退け、ただ、生きるために仕事するだけの生活。それはある意味、刑務所に入っているよりつらいものかもしれません。
「光をくれた人」の主人公であるトムは、獄につながれることで一種の心の平和がもたらされるであろうと、心の底で願っていた。そういう自分の目的のために、妻の思いを踏みにじり、彼女をすすんで不幸にした。彼が最終的に望んだのは、罰せられることによる自分の心の充足です。
でも「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のリーは、妻の怒りと悲嘆を全て自分のものとし、そこから逃れることなく重荷を背負い続ける人生を選んだ。
女性である私から見ると、リーの方がずっと好ましい。
まあ2作にはおおよそ100年という時間の差があるわけですが、その100年は女性にとって良い変化だったのだと思います。
ケイシー・アフレックの演技は、そういう父親像として、すべての観客を納得させるものだったと思います。映画を見ていると、表には出さない彼の苦しみがひしひしと伝わってくる。幸せだった生活を、自分のうっかりミスで全て台無しにした男の悲しさ、やるせなさが。自分を許せない男の生活ぶりが、実にリアルに伝わってくるんです。
彼のオスカー受賞は当然です。私なら演技だとしても、あんな悲痛な心情は一瞬でももちたくないもの。
男性が制作した映画なのに
奇しくも両作品とも「子どもを亡くした親」の物語だった。