ミッケとは「ミレニアム」シリーズに出てくるミカエルの愛称。この映画に出ていたミカエル・ニクヴィストはまさに本で読んだとおりのミッケそのもので、見る者全てを魅了していたので私はずっとミカエル=ミッケと呼んでいた。
「ミレニアム」ではヒロインのリスベットがいろんな意味であまりにも逸脱しているため、常に彼女を優しく包み込むミッケの存在が読者にも観客にも精神安定剤の役を果たしていた。優しい父親、頼れる兄貴分、気を許せる恋人、それら全ての役割を兼ね備えた人物=ミッケを完璧に表現できたのはミカエル・ニクヴィストその人の資質が大きかったのだろう。
そう思っていた私は次に「ゴースト・プロトコル」でミッケを見た時そのあまりの変わりようにショックを受けたものだ。あの懐深く優しい男性の姿は影も形もなく、いるのは冷酷で頭の切れるテロリスト。常に鼻先でイーサン・ハントをするりと交わし、己の計画の実行のためなら命もかける狂信者。「あのミッケはどこに行ったの?」と私はひたすら呟いていたものだ。ミッケはジャーナリストとして広い視野と多面的な物の見方を備え、人助けを厭わない人物だったのに、「ゴースト・プロトコル」では自分の信念を貫くためならあらゆる方法で敵を排除する殺人者だったからだ。
でも考えてみれば、二つの人物像は鏡の表と裏のように似てもいる。ミッケだって自分の信念を貫くためなら犠牲を厭わない人間だ。ただそこで犠牲にしてよしとするのが自分自身だけか、自分以外の全ての人間か、というのが違うだけなのだ。その違いは天と地ほども隔たってはいるのだが。ミッケがほとんど聖人に近いのは、自分以外の犠牲を決して容認できない点にある。
翻って「ゴースト・プロトコル」「コロニア」「ジョン・ウィック」では。ミカエルは自分以外の全ての人間を平気で使い捨てにできる男であった。そういう演技をしていると、ミッケの時とは顔まで変わってしまう。天使が地に墜ちたらあんな顔になるのかもしれない。
悪役として私がミカエルを見た上の三作の中で、飛び抜けておもしろかったのはやはり「ジョン・ウィック」のヴィゴだろう。ロシアンマフィアの親分だが、他の二作の悪役と違って冷酷ながら非情に人間味にあふれた男だった。彼が最高の悪役を演じてくれたから、キアヌの良さが光り、だから「ジョン・ウィック」がスマッシュヒットとなったのだと思う。
タイトルロールのジョンに執拗に命を狙われる内、たぶん自分の今の状況を客観的に見て可笑しくなってしまったのだろう、ヴィゴが妙にはしゃぎ出す。自分の命が風前の灯火なのに、銃を求める部下の手に渡すと見せかけてはヒョイと取り上げる。普通なら最も緊張感に満ちるべきシーンでの、このしょーもないイヤガラセ。恐怖で汗まみれになっているのに、何故そんなことをする? それが、ミカエルが作り上げたヴィゴという人間だからだ。あの生きるか死ぬかの場において、そんな脱力系のギャグをかましても不自然に見えないというのが、ミカエルの演技力のすごいところなのである。
私の中で「ジョン・ウィック」は3大バカ息子映画の一つに輝いている。ちなみにあと二つは「ザ・レイド 極道」と「ラン・オールナイト」で、どれも父親が一代で築き上げた悪の帝国が、バカ息子のアホな行動のせいで一夜にして瓦解するというストーリーだ。どのオヤジも叩き上げで渋くて腕っ節も強いのだが、ユーモアがあったのはミカエルのヴィゴだけだ。だからこそ、その死に様も記憶に残るというものだ。
あのヴィゴは、ミッケ同様、他の誰にも演じることはできないだろう。もっともっとミカエルの演技を見ていきたかったのに……。享年56歳という若さでこの世を去ってしまうとは、残念この上ないことだ。
さようなら、天使のようだったミッケ。「ミレニアム」がある限り、あなたの姿は永遠です。そして「ジョン・ウィック」ある限り、ヴィゴもね。
今はただ心からのご冥福を祈ります。