「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」(この邦題、ピンと来ないので以下「5」に省略)、立川シネマシティの極爆上映で見て参りました。うん、やっぱり字幕ついてる方がいいわ。バンクーバーでは大筋は追えたものの、現地の観客が爆笑してるシーンで理由が皆目わからなかったりしたからね。字幕さまさま。

 

極音爆音上映のサウンドはそれは素晴らしく、砲撃シーンのたびに自分のあばら骨が共鳴するのか、胸がばくばくいたしましたわ。

 

皆さん、機会があるなら一度は立川シネマシティに詣でて極音や爆音上映に身体あずけるといいですよ。全身で感じるから。

 

しかしそんな高性能な音響で見ても、「パイレーツ5」って音楽に違和感を感じちゃうんですよねえ。前見たとき変だなあと思ってエンドクレジットチェックしたら、ハンス・ジマーじゃなかったので納得したのですが、今回は過去にヒットマンやシークレット ウィンドウなどを担当したジェフ・ザネリという方だそうで。どっちの作品も見てるけど、その時は特に音楽に不満は感じてなかったですけどねえ。

 

今回感じている不満というか違和感は、曲そのものではないんです。実際、曲のほとんどはこれまでにハンス・ジマーが「パイレーツ」で作曲したものを踏襲しているんですよね。オリジナルがどこかというと……よくわからないや。エンドクレジットできいてると、確かに今までにはなかったメロディがあるにはあるんだけど、海のように茫洋としていて……。新キャラは「海のノーカントリー」と言われているサラザールだから、彼らの登場シーンにつかわれていたのかもしれませんが、あの人達、特殊効果がすごすぎて耳を澄ます所じゃなくなっちゃうので……。

 

話を戻しまして、「なんか変」と思うのは、ジマーの曲がふりあてられているシーンの数々なんですよね。

 

「パイレーツ1~3」では、ジマーは各シーン、各キャラに応じてテーマを決めて作曲及び編曲してました。たぶん「4」もそうだと思うけど、オーランドが出てないので一回しか見てないのではっきりとは言えません。でも「1~3」については、もうね、曲の始まりの部分を耳にしただけで誰が出るのか、とか何が始まるのか、とか見当がつくぐらいビシっと決まっていたわけですよ。そして音楽はそのシーンの「動き」にピタッとはまっていたものです。

 

ところが「5」では、聞き覚えのある曲が何か違った場面で使われているのね。違う、その曲はそこじゃない、と見ていてつっこみたくなる。不満や違和感の正体はそれなんです。

 

「呪われた海賊たち」とか「デッドマンズチェスト」では特殊効果下にあるバケモノ達にめっちゃ立派なテーマがあてられていて、「パイレーツ」というとすぐに思い出すぐらいに印象が強い曲になってたのに、今回のサラザールにはそれがなかったのも惜しいですねえ。まあまだ二回しか見てないから覚えてないだけかもしれないんだけど。

 

でも、エンドクレジットきいてても、どこかで退屈してくるのって、これまでの「パイレーツ」では考えられなかったことですよ?

 

ハンス・ジマーは「ダンケルク」の音楽を担当しているそうなので、この夏の海の音楽はそっちに期待することにいたしましょう。