トム・クルーズがスタントに失敗して怪我をした。
顔と命に別状はなかったようだが、足首を骨折して全治6週間とかで心配である。
「ミッション・インポッシブル」を始めてからだろうか、彼の体当たりアクション、本人によるスタントというのが喧伝されるようになってきて、いつしかそれこそが映画のウリになるようになってきた。
それは彼の年齢による美貌の衰えが目につくようになってからますます大きく宣伝に使われるようになってきて、まるで往年のジャッキー・チェンのようだと思っていたらこの事故である。大がかりなスタントシーンの撮影中に何度も事故で大怪我を負ったジャッキーの軌跡そのものではないか。トム・クルーズなのに。
トム・クルーズは、どんなに素晴らしい演技をしても、その演技を手放しで評価して貰えない、気の毒な俳優の一人だ。彼の演技力は一流である。ただ、ハリウッドには超一流の演技者がごろごろしているのもまた事実で、トムが彼らと比肩されて賞賛されることはない。仮にあるとしたら、70代の綺麗なおじいさまになってからだろう。もう、それではたぶん、トムにとってはもう遅いのだ。
トムはきっと、自分が一番でなければ気がすまない人なのだ。そのために人を音しれるのではなく、自分の努力を惜しまない姿勢は素晴らしいものだ。美貌が衰えたならアクションで誰にもできないことをしようと、彼はどこかの時点で決心したのだろう。その時参考にしたかどうかは分からないが、それで心がけはジャッキー・チェンと同じになった。さらにアクションにコメディ要素を付け加えていくことにより、ノリはさらにジャッキー化した。これで成功したのが「ミッション・インポシブル4」だと私は思っている。
只今絶賛公開中の「ザ・マミー」は、実はさらないコミカルな要素が強い。バケモノが襲ってこない時に登場人物達がやっていることは、何を隠そうコメディだ。でも、観客は誰も笑わない。だってトム・クルーズやラッセル・クロウが真剣にセリフを言っているなら、それがどんなにおかしかろうと、「ここ、笑うところ」とは思えないからだ、少なくとも大多数の日本人は。トムもラッセルも本当に凄くおかしいことを言ってるし、やってるのだが、彼らの真剣さが激しすぎて観客はその気迫に飲まれて笑うに至らないのである。いや、何度か見たら笑えるのかもしれないが、俳優の持つ強い個性が脚本の持つ軽いノリを押しつぶしてしまっている感じだ。同じことをクリス・プラットがやっていたなら観客は皆安心してゲラゲラ笑うだろうに。
実は「ミッション・インポッシブル4」がおもしろかったのは、トムのセリフではなくアクションの方であった。あの映画ではトムが演じるイーサン・ハント、実はアクションにちょっとだけ失敗しては顔をぶつけまくっているのである。あのトムが、その顔をびたびたぶつけまくる。その身体をはったスタント、素晴らしいサービス精神に観客はやんやの喝采をあげたのだ。そう、実はその「サービス精神」こそがジャッキー・チェンを大スターに押し上げたものであるし、トムがファンにたいして惜しみなく振る舞うものでもある。そもそもこの二人は似ているのかもしれない。
だがトムももういい年である。いくら鍛えようと肉体の老化は防げない。もっと自分の身体を大事に実情を把握しておかないと、過信したばかりにこの先さらにひどい事故にあう可能性だって高い。
美男俳優は、中年の頃が難しい。きれいな青年からきれいなおじいさまに移行する中間点の素敵なおじさま期というのが、案外人を選ぶのである。若くて美しい顔は、渋い中年の顔にはなかなかなれない。若かった頃の美貌を覚えていると、その名残をとどめた顔としか認識されないことが多いから。かといって50代になっていつまでも(手術やら何やらで)20代の頃の顔を留めておくと、それはそれで変である。もうちょっと時代が進んで、50代でも20代の顔でいることが当たり前になれば誰も気にしなくなるかもしれないが。
トム・クルーズはこれからもジャッキー・チェン化を続けるつもりなのだろうか。怪我をしたのを機会に、少し立ち止まって考えたりはしないのだろうか。
たぶん、しないのだろう。
いつまでも前を向いて走り続ける、それこそがトム・クルーズの魅力なのだから。いつか、もう無理だと気づくその日まで。美男俳優という宿命にがっちり縛られたままの彼の人生に光りあれ。