先日、無料で受けられるということでネット予約の整体に行ってみた。

 

家から歩いていける範囲で、無料で受けられる5000円以内で、なるべく長時間……という条件で探したところ、うまいこと合致するお店があったので、それ以上は深く考えずそのままそこを予約したのだった。その他の情報は男女共OKで、先生は男性という、トップページに書いてあったものくらい。以前にマッサージを受けていた先生も男性だったので、それで全然問題はない。

 

歩いて20分ぐらいとPCで調べたので予約時間の30分前に家を出たのだが、案の定迷って到着したのはギリギリ。賃貸らしきマンションの一室に看板があったので呼び鈴を押す。

 

「は~い」と若干オネエっぽい喋り方で返事が返ってきて、部屋に招じ入れられる。

 

「予約していたクリスです」

と挨拶を交わす間もあらばこそ、先生の開口一番の言葉は

「ビジュアルは気にしないで」

だった。

 

は? ビジュアル? なんの?

「ビジュアルは気にしないで。部屋はこうだけど、ウチは腕で勝負だから」

あ、いわゆる”インスタ映え”とか、そういうこと。うん、確かに”インテリア”とかそういうのはかまってなさそう。

「あ、ビジュアル。私、気にしませんから、そういうの」

写真撮りに来たわけじゃないしな。タダで整体やって貰えるから来ただけだし。

 

まあ確かに、エステを行うような場所とは見栄えに天と地ほどの差がある内装だったけれど、以前通ってた先生の所なんか施術用の寝台がカーテンで仕切られた中に幾つか鎮座していただけでここより殺風景なぐらいだったから別に何も気にしないわよ。どうせ施術受けてる間はうつぶせで何も見えないんだから。

 

と思ってる内に、先生の”ビジュアル”に対する引け目の開陳は終わったとみえ、口から出る言葉がいきなり切り替わった。

「クチコミ見た? クチコミ」

「は? クチコミ? 見てません。単に家から一番近いから来ただけ」

ーーと言ってから、しまった大変失礼な言いぐさだったとは思ったが、先生のクチコミ見た? 攻撃があまりにたたみかけるようだったので、考える間もなく本当のことが口から出てしまったのだ。

 

でも大丈夫、この先生人の話なんかほとんど聞いてなかったから。そのままクチコミクチコミとしばらく語りが続き始める。

 

だからあたしゃクチコミなんていちいち読んでないんだって。っってゆーか、そもそもクチコミがあったなんて今初めて知ったわよ。どこのページにあったんだよ、そんなもん。

 

ジャケットをぬいで寝台に横たわり、うつぶせになった私の背にバスタオルをかけながら、先生はなおもクチコミで自分が如何に高く評価をされてるかをまくしたてる。さらに”整体”についての講釈が始まり、なんでも自分は”整体”をうたっているサロンや治療院の中でも10%程度しかいない国家資格の持ち主で、行うのは治療だとかなんだとか……うろ覚えだが、まあ要するに自慢である。

 

あ、これ、あれだ。

合コンに行って延々と男の自慢語りを聞かされるっていうゴーモンと同じだ。喋ってる御本人にとっては「自分がいかに立派な人物でであるかの事細かい説明」にすぎないのだろうが、聞かされる方は相手に興味がない限りどうでもいいようなお喋り。しかもこちらが口を挟む間すらない。

 

まあ仕方ない。90分5000円がタダだと思えば我慢もするさ。それに肝心の整体が始まったら口をつぐんで精を出してくれるかもしれないし……。

 

先生がようやく私の肩の辺りを揉み始める。あ、ようやく整体の開始だわ。これで静かになるかな……。

 

「実は私、副業もやってまして……」

 

あまりのことに吹き出す私。

なんだよ、本業にとりかかった途端、副業の話かよ。なんだよ、ツボでも売るのかよ。

 

「私、副業で占いやってるんですよ。クリスさんは占ってもらったりとか、興味ありますか?」

「占い、興味ないです」

一体何度目になるのか、このにべもない返事。

 

今回は先生も一瞬ひるんだとみえて、

「あ、占い、興味ない?」

と、ようやく会話らしい会話が成立。

 

しかしそんなことでおとなしくなる先生ではなかった。

「興味ない、そっか……。あ、でもちょっと、誕生日だけ占ってみてもいい? 2回チャンスで」

「ど~ぞ~」

それで誕生日あてるのはおよそ365分の2の確率になりますな。閏年ってのもあるけどね。でも一発であてられたら、それはそれですごいかもね。

 

等と心の中で構えている私の背後で何やら占ってる気配があって、先生が幾つかの数字を候補として読み上げ出した。これが最初から完全に外してるんで、どういう結果が返ってくるのかそっちの方が興味津々だった私。

 

「はい、出ました。じゃあクリスさんの誕生日は6月の7日!」

「違います」

「あら違う? じゃあ、7月の16日」

「それも違います」

カスリもしないとはこのことをいう。なにしろ私は冬生まれ。そんな夏至に近いような日付とは無関係。

正しい誕生日を先生に伝えると、

「う~ん、カードの解釈、読み間違ったか……」

うん、まあ、最初から全然数字が違ってたんだけどね。

 

この時点で整体が始まって数分、私が到着してからだって10分かそこらである。その間先生、ほぼ喋りっぱなし。そしてそれは終わらない。

「クリスさん、占いはしないの?」

「しません」

「駅前のビル、知ってるでしょ。あそこに占いの館あるの知ってる? あそこで私、ミキちゃんって名前で占い師してるのよ。」

「へ~、すごいですね♪」

「電話占いはする?」

「しません」

「私、電話占いもやっててね、サラちゃんって名前で検索して貰えればわかるけど、クチコミの評価が☆5つがほとんどなの」

「それはすごいですね♪」

「出張占いもしててね、そこではブンちゃんっていってるんだけど、この人知ってる?」

と某有名人と先生が一緒に映っている写真を治療の手を休めて持ってくる。

「知りません(いいから整体続けて欲しいんだけど)。ん? あ、よく見たら知ってました(テレビと普通の写真だとかなり違うな……)」

「知ってるでしょ? この人がね、私の占いにいたく感激しちゃって、うんたらかんたら……(話はさらに続く)」

「へ~、すごいんですね!」

 

私は、人の話はきちんときくということを旨としているので、どんな話にもきっちりこたえているのだが、さすがにこれがあと1時間以上も続くのかと思うとうんざりしてきた。

 

しかし、私のカラダは現在寝台の上でうつぶせで、屈強な男性の手腕でがしがし揉まれているのである。ここで相手の機嫌、損ねるわけにいかないだろ?! 下手したら命に関わるんだから。ここはまな板の上の鯉となって相手の話に逐一相づちうちながら聞く以外、方法はないのである。

 

この先生は話が退屈なだけで別に私にセクハラしてるわけでもなんでもない。でも、「その話やめてください」なんて、とても口にはできない。セクハラでもパワハラでも受けた当人に対して、その状況を知らない他人が安易に「きっぱり断ればいいだけじゃない」とは口が裂けても言っちゃあいけないと、この日私は文字通り骨身にしみて感じたのであった。

 

というわけで、その日は丸90分、先生の自慢と武勇伝に耳を傾けるハメと相成った。

 

占いのあとは整体に関する自分の腕前の自慢で、ここに再びクチコミの話が出てくる。これもほとんどが☆5つという話(「へ~、すごいんですね!」)だったが、話が進む内に来院者の中には自分勝手なヤツもいて、自分都合で勝手に予約を変えたために結局整体が受けられずじまいになったのを逆恨みして全部☆ひとつのクチコミを書きやがった……ということが判明。悪いクチコミというのはそれひとつだけらしいのだが、なるほど、それがあるから出会い頭に「クチコミ見た?」とやたら気にしていたというわけか。ビジュアルもそうだが、とりあえず自分にとって都合の悪いことは最初に言い訳しておこうというのがこの先生のスタンスらしい。言い訳したところで、そこにあるもの(内装やクチコミ)の見た目が変わるわけではないのだが。

 

その後は1時間程先生があちこちにクレームをつけたり警察官を呼び出したりという武勇伝が語られた。御自分に正当性があるとしての語りだが、結構やりすぎだよ、半分クレーマーだよ、それみたいのが多くて、聞くのもつらくなってくる。

 

この頃になると整体の方も佳境で、揉んだりのばしたりするだけではなく、がつがつ叩くとかぐいぐい押すとかいうのもあって、これがかなり、痛い。結構、痛い。悲鳴をのみ込んで絶句するぐらい痛いので、それをいいことに返事を怠ったりもしていた。

 

「クリスさん、相当我慢強いですね」

「~~~~~」(←痛くて口がきけない)

「私、拷問整体って言われてるんですけどね♪」

――それも自慢なわけ? 私が音を上げるのを待ってるのか? 

それにしても90分って、長いわ……。

 

最後の方になるとさすがの先生も自分語りのネタが尽きたのか、テレビでかかっていたワイドショーの話題を出してくるようになったのだが、実は90分の中でこれが一番つらかった。なにしろ渦中の人物に対する先生の邪推が悪し様すぎて聞くに堪えないのだ。今回のことは全て○○の陰謀であるとか、△△は実は△□の隠し子であるとか、まずデマの類である。耳にするだけで気分悪いわ。

 

返事に熱意がなくなったのに気づいた先生が言う。

「クリスさん、ワイドショーとか、見ないんだ?」

「興味ないですね」(なんでもいいから早く終わってくれ~~~!!)

 

最後はうつぶせから腰をかけるスタイルになって、ひねったり曲げたりして関節パキパキならしてフィニッシュ。私、学生の時拳法やってたからこういうの慣れてるんで、先生が期待していたリアクションをしなかったっぽい。なんとなく拍子抜けしている雰囲気が伝わってくる。

 

こっちはもうそれどころじゃなくて、ぐったり疲れて、肩を落としてるんだよ。肉体的にじゃなくて、精神的に。興味のない男の自分語りの聞き疲れ。私が愛読している三重県さんの婚活ブログによく書かれている苦労がよ~く理解できた。これ、婚活だったら次は絶対にないパターン。

 

まあこれは整体なので、先生帰りがけに名刺をくれて次回は割引価格にすると申し出てくれたのだが、真っ平御免である。ちなみに

副業である占いの方の名刺も名前事に用意されているようだったがが、こちらは私が「興味ない」をくりかえした甲斐あったか貰わずにすんだ。

 

で、その整体に行った結果だが……当日はよくわからなかったが、次の日から血行がよくなったらしく身体のすみずみまでポカポカしだしたので、本人の申告通り腕前は確かなのだろう。

 

ただその次の日からは揉み返しというのか、先生ががっつんがっつん叩いてい辺りがあちこち痛むようになったので、やっぱりもう行かないと思う。痛む箇所にまだ先生の指のチカラを感じるわ。

 

そして帰り道、曲がる方向を間違ってさんざん迷った私。

行きたくても二度と行けないかもしれないといった方が真実に近いかも……。

 

(あんまりな体験だったので厄落とし代わりに書きました。世の中にタダより高い物はないというのは本当ですな)。