公開から25年、映画『スピード』はなぜヒットしたのか?

 

>1994年に公開され、大ヒットを記録した映画『スピード』。“バスに仕掛けられた爆弾が時速50マイル(約80キロ)以下で走行すると爆発する”というスリリングな設定が話題を呼び、キアヌ・リーヴスとサンドラ・ブロックの出世作としても知られている。

今では傑作アクション映画として語り継がれている本作だが、公開前はあまり期待されていない低予算アクション映画だった。公開から四半世紀が経過した今、改めて本作の魅力を振り返ってみたい。

 
期待されていなかった低予算映画が大ヒット

傑作アクション『ダイ・ハード』(1988年)の登場により、当時のハリウッドにおけるアクション映画は大味なものからリアル路線へと移行しつつあったが、依然としてアクション映画の主人公はマッチョなヒーローが大半を占めていた。

そんな時代背景もあって、“バスが舞台のアクション映画なんてヒットするわけがない”と、ほとんどの映画スタジオが本作の脚本に興味を示さなかった。

ようやく20世紀フォックス配給が脚本にGOサインを出すが、主演はアクションのイメージがほとんどない若手俳優のキアヌ・リーヴス、監督は50歳にして監督デビューとなるヤン・デ・ボンという布陣もあって、アクション映画としては低予算の3,000万ドル(※)での製作を強いられる。

しかし、フタを開けてみれば映画は大ヒット。アメリカ国内だけで製作費の4倍になる1億2,000万ドル(※)を稼ぎ出し、全世界で3億5,000万ドル(※)を超える興行収入を記録した。本作以降、アクション映画は新たな時代を迎えることになる。

(あらすじ)
高層ビルのエレベーターで爆発事件が発生。ロス市警のSWAT隊員ジャック(キアヌ・リーヴス)は犯人を追い詰めるが、爆弾で自殺されてしまう。数日後、通勤中カフェに立ち寄ったジャックの前でバスの大爆発が発生。彼がバスに駆け寄ると近くの公衆電話が鳴り、自爆したはずの爆弾犯ペイン(デニス・ホッパー)が、80キロ以下に減速すると自動で爆発する爆弾を通勤バスに仕掛けたとジャックに告げる。

 

キアヌとサンドラのベストカップル

当時29歳だったキアヌにアクション俳優のイメージはなかったが、『ハートブルー』(1991年)でFBI捜査官を演じていた彼をヤン・デ・ボン監督が気に入り、オーディションを経てキアヌをジャック役へ抜擢する。

美しい顔立ちとさわやかな短髪、Tシャツから覗く鍛えられた体で見せる体当たりのアクションは、女性ファンはもちろん、男性が見ても憧れるカッコよさ。劇中でキアヌが着けていた腕時計G-SHOCKは当時大きな話題となり、映画が公開されると問い合わせが殺到した。実はこれ、小道具ではなくキアヌの私物で、いまでは定番の「スピードモデル」として人気を誇っている。

一方、ひょんなことから爆弾が仕掛けられたバスを運転することになるアニーを演じたのはサンドラ・ブロックシルベスター・スタローン主演の『デモリションマン』(1993年)で印象を残していた彼女は、オーディションの台本読み合わせでキアヌとの相性の良さが評価され、ヒロインに抜擢された。クールな主人公ジャックとは対照的に、活発で屈託のないサンドラの演技が作品にユーモアを加え、緊張と緩和を与えることにも大きく貢献している。

そんな2人は1995年のMTVムービーアワードで、その年に公開された映画のベストカップル賞を受賞、ベストキス賞にもノミネートされている。のちにサンドラは当時のことを振り返り、キアヌが優しくカッコよすぎて、まともに顔を見られなかったと話している。何とも微笑ましいエピソードだ。

 
光ったヤン・デ・ボン監督の演出手腕

50歳にして映画監督デビューとなったヤン・デ・ボンだが、『ダイ・ハード』や『ブラック・レイン』(1989年)、『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年)などでのカメラマンとしての実績は豊富で、アクション映画の絵作りはお手のものだった。それ以上に光ったのが彼の演出手腕だ。

実際には、混雑した市街地でバスが時速50マイルを保つことは不可能なのだが、カメラワークやアングル、効果音などを駆使して、本作の命ともいえるスピード感を巧みに演出。戦争やテロリストとの戦いが主流だったアクション映画において、通勤ラッシュでごったがえすバスという日常を舞台にしたアイデアは秀逸だ。

また、マーク・マンシナによる軽快で耳に残るサウンドトラックや、個性的なキャラクターたちのユーモアがいいタイミングでちりばめられ、アクションの連続を単調にしていないことも観客の心をガッチリとつかんだ理由だろう。

ちなみに、キアヌはほとんどのスタントをこなしているのだが、これも監督の計算のうち。最初はアクション映画の撮影に楽しさを感じていなかった彼は、監督から自分でやってみろと言われ、次第に撮影にのめり込んでいったという。アクション俳優として成長した俳優キアヌ・リーヴスは、ヤン・デ・ボン監督の功績かもしれない。

 

主人公の成長物語としての魅力

ノンストップで展開されるアクションに隠れがちだが、キアヌ演じるジャックの成長物語も味わい深い。

映画の序盤、SWAT隊員のジャックは、“人質の足を撃って、犯人が怯んだ隙に殺せばいい”と、事件においてある程度の犠牲はやむを得ないと本気で考えている。自分勝手な行動は優秀な相棒がいてこそ成り立つものなのだが、若さゆえそれに気が付いていない。

映画の中盤、ジャックが乗客の命を預かる中、相棒が犯人の罠にかかり殺されてしまう。後ろ盾を亡くし打つ手がなくなった彼は、人質にとっては自分が唯一の希望であるにも関わらず、「オレたちは助からない」と吐き捨ててしまう。

そんな彼を、アニーをはじめとする乗客たちが励まし、助け、人質との間に生まれた連帯感によってジャックが大きく成長しながら、物語はクライマックスへと進んでいく。

アクションだけでなく、事件を通して変化していく青年のメンタルを体現したキアヌの演技にもぜひ注目してほしい。

 

才能ある役者とクリエイターたちの情熱が生んだ“出世作”

『スピード』は粗削りな作品である。当初の脚本は軽薄なセリフが目立っていたため、後に『アベンジャーズ』(2012年)を監督することになるジョス・ウェドンが呼ばれ、会話の大部分が修正されている(ウェドンの名前は本作にクレジットされていない)。

予算もなく撮影のスケジュールはタイトそのもの。災害で廃車になった車を撮影に使い、たまたまロケに使えた未完成の高速道路は、撮影終了の5日後にオープンするというギリギリのスケジュールだった。


撮影された映像はほぼすべて本編に使用されているため、未公開シーンはほとんどない。ところどころにスタッフや機材が映り込んでおり、予算の関係上、よりよい映像を追求することができなかったのも見てとれる。

しかし、それでも優秀なクリエイターたちが熱心に作品に取り組み、創意工夫を凝らしたことで映画は大ヒット。キャストはもちろん、監督やプロデューサー、脚本家など、本作に関わったスタッフの多くは本作以降大きく飛躍している。

粗削りな作品だが、もう一度作ったとしてもこれ以上の作品にはならないだろう。だからこそ、公開から25年が経った今でもこの映画の魅力は色褪せないのだ。


※…box office mojo調べ

【出典元】
●映画『スピード』DVD アルティメットエディションのメイキング
●映画『スピード』DVD アルティメットエディション音声解説
●G-SHOCKについて
https://www.itmedia.co.jp/style/articles/1211/21/news007.html
●ジョス・ウェドンについて
https://poststar.com/lifestyles/the-bus-guy-triumphs/article_ed56cbf6-c5e4-5a8c-b922-0057031ae0a5.html
● MTVムービーアワード
https://www.imdb.com/title/tt0111257/awards?ref_=tt_awd
●サンドラ、キアヌについて
https://www.crank-in.net/news/61355/1

文=稲生稔/SS-Innovation.LLC