作詞者 京極寿満子さんの傘寿のお祝いの日に


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202137日は京極寿満子さんの80歳のお誕生日でした。




完成した記念碑の前で『おめでとう』の祝福を受ける作詞者京極寿満子さん。







「どろんこのうた」の記念碑を立てる工事に立ち会っている、作詞者京極寿満子さんと、写真を撮っているご主人。







素敵な「どろんこのうた」の記念碑が大地保育発祥の地に完成しました。

園児さんにも良く見えるように縦幅60センチ、横幅90センチ、支柱の高さ150センチの愛らしい記念碑です。





お彼岸の中日。うららかな春の陽射しの縁側で、傘寿を迎えた作詞者の京極寿満子さんを祝って「どろんこのうた」を共に歌うひととき。




お彼岸の中日。先祖代々が眠る塩川家菩提寺妙円寺のお墓をお参りしました。


創立者で塩川本家第11代当主の父塩川寿介さんと、その妻で大地保育創始者の母塩川豊子さんにお線香をあげて、「どろんこのうた」記念碑建立の報告をしました。


写真中央は、塩川本家第12代目当主塩川寿一さんです。


写真左端は、大地教育研究所所長の教授・ジュッペちゃんです。



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野中保育園~野中こども園は、戦後間もない開園1953年(昭和28年)から数えて、2022年(令和4年)に創立70周年を迎えます。 




創立70周年記念日に向けて、特色ある大地保育から生まれた『どろんこ保育』を後世に伝えたいと考えました。




そこで、創造的保育文化財『どろんこのうた』の記念碑を建てることになりました。

 





場所は、江戸時代の塩川本家の米蔵を保育室に改築した、記念すべき第1号園舎跡、そして、このお彼岸の吉日に、創造的保育文化財『どろんこのうた』の記念碑を立てました。 

  


野中保育園~野中こども園の敷地・静岡県下一の広い保育環境は、塩川本家第11代当主で慈善活動家の塩川寿介さんが提供し、その長男第12代当主塩川寿一さんが相続し、『大地保育の継承と発展』を願い寄付した大地・保育環境です。


その由緒ある保育園の大地・保育環境の歴史は、今から364年前!!! 



江戸時代の明暦3年(1657年)没の、徳川幕府の領主蒔田家の名主として名字帯刀を許され、この野中村を治めた初代当主塩川甚七郎の屋敷跡です。


さて、『どろんこのうた』は、今年、還暦を迎えた京極寿満子さんの作詞です。



京極寿満子さんは塩川豊子さんの次女で、静岡県立保育専門学校(現静岡県立大学短期大学部)を卒業し、野中保育園の主任保母を長く務めました。



昭和28年(1953年)の開園間もない頃、野中保育園は田んぼでした。田んぼが保育園になったのです。



この大地を提供した初代園長の塩川寿介さんは「塩川本家11代当主」で、妻の「大地保育の創始者」塩川豊子さんと共にお百姓をしていました。


当時、塩川豊子さんは富士宮市農協婦人部長もしていたほどの大地と関わるお百姓のおかみさんたちの代表者で、のちに大地保育を創始したのも頷けます。



そして、若き日の教授・ジュッペちゃんも田植えを手伝って育ちました。




野中保育園~野中こども園の園庭・保育環境は、塩川ファミリーにとって百姓時代の懐かしい場所です。この大地は、昔はお米を育てていた田んぼです。この大地は、今は子どもたちを育てている園庭となりました。




実は、戦後間もないこの村は典型的な《日本の農村》でした。保護者もお百姓さんで米づくりをしていましたから、《どろんこ》の環境で園児も育っていたのです。




従って、春・夏・秋・冬と1年中、園児たちの遊びと生活は《どろんこと共に暮らす》の大地保育でした。


そんなわけで、開園間もなく早々に『元祖どろんこ保育園』として、マスコミにも取り上げられて有名になりました。





戦後の復興を担う元気な子どもたちの姿は、

新聞や映画館ニュースになり全国に伝えられました。


その評判もよく、塩川豊子(19151999)の、大地保育の哲学『汲みつくすことのできない宝庫である大自然に挑む中で、子どもたちが育てられていく保育』。



また、『どろんこ保育の理論と実際』を学びに、全国から多くの保育者が「公開保育」や「大地保育夏季セミナー」に参加して学びました。




『どろんこ』は、子どもたちに愛される世界共通の《遊びの王様》であり、楽しく不思議体験の有意義な遊びです。


心理学的カタルシス(抑圧の浄化作用)の効果もあり、創造主義保育や治療保育の処遇論としても高く評価されました。


園児らがどろんこにどっぷりとつかる笑顔の幸せな姿を見るにつけ、みずほの国の米づくりの神々に育てられる姿を思い描いて、農業の神様と共にあるどろんこ保育園の塩川豊子園長は、お伊勢さんの豊受大神《豊受姫命》再来かと慕われ、どろんこ保育の処遇論は多くの保育事典や学術書にも取り上げられ、保護者・保育者のみならず、大学の保育・幼児教育の先生たちからも、また日本保育学会の多くの学者さんからも、高く評価され全国に広められていきました。




文字通り「大地に抱かれた保育園」の誕生です。




そこに大切な「アタッチメント(愛着)」と「スキンシップ(皮膚接触)」、「遊びと生活の体験学習」と「感情の抑圧解放」の、塩川豊子の自由保育哲学がありました。





そして、文科省指導の『環境による教育(幼稚園教育要領)』と、厚労省指導の『子ども主体の保育(保育所保育指針)』の求める、最高水準の保育内容を創造した保母仲間と、主任保母の京極寿満子さんの作詞によって、創造的保育文化財『どろんこのうた』が誕生しました。



大地保育の哲学を歌い上げたこの歌は、今も園児たちと職員によって歌い継がれているのです。


そして、今日 この日 20213月吉日 塩川豊子提唱の《大地保育》の理論と実践の・・・・大黒柱として《どろんこのうた》は輝き続けているのです。


では、「どろんこのうた」をご紹介いたします。

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    どろんこのうた


野中保育園~野中こども園の歌

製作:塩川豊子(大地保育創始者 理事長 園長)

作詞:京極寿満子(野中保育園 主任保母)

作曲:宇野正寛

出典:『コーナーのないコーナーの保育』フレーベル館 103ページ掲載 



1.

どろんこウッフッフ どろんこエッヘッヘ

どろんこオホホ どろんこアハハ

アッハッハハーハ ワッハッハ

    どろんこは ぼくらの太陽だ

  とっても とっても あったかい

  さあさ みんな みんな 来てごらん

ニュルニュルニュルニュル ツルリンコ

ドロドロドロドロ ペッタンコ ねっ!


2.

どろんこウッフッフ どろんこエッヘッヘ

どろんこオホホ どろんこアハハ

アッハッハハーハ ワッハッハ

    どろんこは ぼくらの仲間だ

  とっても とっても やさしいよ

  さあさ みんな みんな 手をつなごう

ニュルニュルニュルニュル ツルリンコ

ドロドロドロドロ ペッタンコ ねっ!


3.

どろんこウッフッフ どろんこエッヘッヘ

どろんこオホホ どろんこアハハ

アッハッハハーハ ワッハッハ

    どろんこは ぼくらのかあさんだ

  とっても とっても やわらかい

  さあさ みんな みんな はいろうよ

ニュルニュルニュルニュル ツルリンコ

ドロドロドロドロ ペッタンコ ねっ!


4.

どろんこウッフッフ どろんこエッヘッヘ

どろんこオホホ どろんこアハハ

アッハッハハーハ ワッハッハ

  どろんこは ぼくらのとうさんだ

  とっても とっても つよいんだ

  さあさ みんな みんな ぶつかろう

ニュルニュルニュルニュル ツルリンコ

ドロドロドロドロ ペッタンコ ねっ!


創立70周年記念にむけて

野中保育園 開園 昭和28年(1953年)

創造的保育文化財を伝える会 20213月吉日 

作詞 京極寿満子 傘寿のお祝いの日に

大地教育研究所 所長 塩川寿平 建立