置き去りにされた小さな命~福島第一原発20km圏内 警戒区域から~

祖母の家にある池。


わたしがまだ子どもだった頃、お盆になると

11人いる孫がこの家に集まって、

畑でとれたスイカを食べた。

食べさしの赤いところが残ったスイカ。

それを祖母が、池に投げ入れると、

鯉が皮だけ残してキレイに食べ尽くす。

池の周りで孫たちは、

夢中でかくれんぼや鬼ごっこをしてた。


その祖母が亡くなり、急遽富山に帰省する。

一週間おきに福島に通うわたしが、

たまたま福島に行かない週末だった。

母は、わたしが福島に行く週なら、お葬式ではなく、

福島に行ってくれてかまわないと言った。


こちらの風習で浄土真宗のお葬式では、

骨拾いの時、お箸は使わず、

骨を素手で拾い骨壷に入れる。

塩で清めることもしない。

「死」は特別のことでは無く、

穢れでもないという考えから。


それは珊瑚のようでいて、

それよりは重さも無く

はかないものだった。



置き去りにされた小さな命~福島第一原発20km圏内 警戒区域から~

お葬式が終わって、浜ににクルマを走らせる。

海岸ではカップルが波打ち際で追いかけっこ。

犬の散歩をする人。

ありふれた日常。


わたしには、帰る田舎がある。


放射能によって、愚かな人間達によって汚された

自然がいっぱいの警戒区域には

もう二度と帰れないかもしれない人たち。

その場所で生まれて、生きてきた人達が

心の拠り所となるかけがえの無いものを

こんなにも簡単に、失なってしまうこと。

計り知れない苦悩・・・。





そうそう、東京にも本格的な夏がやって来ました。


置き去りにされた小さな命~福島第一原発20km圏内 警戒区域から~

クリーは、いい場所を見つけました。


では、また週末。

暑さに負けず、

警戒区域のこと、お伝えしますね。