窓のある物語

 

窓の話をしよう。

1日は窓にはじまる。

窓には、その日の表情がある。

晴れた日には、窓は

日の光を一杯に湛えて、

きらきら微笑しているようだ。

曇った日には、日の暮れるまで、

窓は俯いたきり、一言も発しない。

雨が降り続く日には、窓は

雨の滴を、涙の滴のように垂らす。

言葉が信じられない日は、

窓を開ける。それから

外にむかって、静かに息をととのえ、

歳の数だけ、深呼吸をする。

ゆっくり、まじないをかけるように。

そうして、目を閉じる。

12数えて,目を開ける。すると

すべてが、みずみずしく変わっている。

目の前にあるものが、とても新鮮だ。

初めてのものをみるように。

近くのものを、しっかりと見る。

ロベリアの鉢植えや、

体をまるめて眠っている老いた猫。

深煎りのコーヒーのいい匂いがする。

児孫のために美田を買うな。

暮らしに栄誉はいらない。

空の見える窓があればいい。

その窓をおおきく開けて、そうして

ひたぶるに、こころを虚しくできるなら、

それでいいのである。

    (長田 弘 著作 詩集 世界はうつくしと より)

 

こんな時だから、手に取ることのできた本の中のひとつの詩です。

閉塞感の中での毎日の生活ですが、息がつまったら

窓をあけて空を見ましょう

今宵は満月です