大きな声で名前を呼ぶんじゃない

 

ヴィルは誰かに聞かれやしないかと

気が気ではなかった

 

 

逃亡(12)

 

「おや、マヌエラも一緒か

いつもながら仲がいいな」

 

ハンスはヴィルの後ろのマヌエラを見て笑顔を見せたが

バウムガルテン夫妻の反応はぎこちなかった

 

ふたりがここに来た理由を

ハンスが知る由もない

 

ヴィルは布で包んだチーズを

半ば強引にハンスに手渡して

 

「さあ、新しいチーズだ

味見してくれ。積もる話は

中に入ってゆっくりとしよう」とふたりを

建物内に押し込んだ

 

玄関に取り残され

目を丸くしたハンスにフェンリルが嬉しそうに飛びつく

 

「やあ、フェンリル。お前も元気だったか」

 

ハンスが屈んで白い狼の体をなでてやると

フェンリルはハンスの顔を何度も舐め

再開の喜びを表した

 

 

今回のヴィルの試作品は

すこぶる好評であった

 

夕食の後、スライスして出されたヴィルのチーズを

ハンスの妻シビル・アントニアは

舌つづみを打って絶賛した

 

ハンスもいつものように

うまいを連呼して褒め称える

 

彼はヴィルとバウムガルテン夫妻を

屋敷に招き入れた後

夕食を奨め

何も訊こうとしなかった

 

彼らの様子から何かあるのは

だれの目から見ても明らかだった

 

しかし、とにかくマヌエラとシュテファンを

落ち着かせてからの方が良いとハンスは判断したのだ

 

その方が

より確かな話を聞くことができるだろう

 

「ところでヴィル

ニトヴァルテンで何があったんだはてなマーク

 

 

つづく