新卒入社した会社で定年まで勤め上げる働き方が当たり前ではなくなり、一度は退社した人を受け入れる、再入社制度を取り入れる会社も増えてきた。即戦力としての働きや、社外で培った経験を現場に反映してくれるとの期待が高まっているようだ。

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 ●退社後経験生かし

 企業向けソフトウエアの開発会社「ワークスアプリケーションズ」(東京都港区)には、退職後3年以内の元従業員の再入社を認める「カムバックパス」の制度がある。

 同社のコンサルタント部門マネジャーの石橋利尚さん(34)は、入社6年目の時、学生時代の友人らと起業するため退社。その後、経営仲間との価値観の違いなどを理由に起業した会社を離れ、ワークスアプリケーションズに戻った。

 起業後に、リーマン・ショックが起き、経営状態は苦しく、潰れるのではないかという厳しさも経験した。かつての同僚の温かさや、人材や資産がある元の会社の強みも思い知った。

 石橋さんは「起業の経験を生かしてもっと貢献できることがあるんじゃないか」と思い立ち、経営者の視点を持って会社に戻ったという。

 石橋さんのかつての上司で、人事採用部門責任者の夏目通伸さんは「挫折を経験して帰って来て、一回りも二回りも大きくなった」と石橋さんの成長を実感している。「入社した社員を手放す気はない。だが、チャレンジしたいという社員には『やってみろ』と言いたいし、自分で扉を開けた経験をした者にしか分からないことがある」と話す。

 制度利用者は起業するケースが一番多く、中には国際協力機構(JICA)のボランティアなどに携わる社員もいるという。

 ●7割が再雇用導入

 人材サービスのエン・ジャパンの調査(2015年、回答392社)によると、再雇用の社員を採用したことがあるという会社は72%。理由は、即戦力を求めていたから(39%)▽人となりがすでに分かっているため安心だから(38%)が多数を占めた。

 一方で、再雇用を実施したことのない企業からは「また嫌になり退職するのでは」「長く勤めている社員に失礼」などの意見があった。

 「退社は『会社を裏切る』ことではなく、『自分を育て、成長して戻ってくる』ことという雰囲気が作られる」と言うのは、ソフトウエアメーカー「サイボウズ」(東京都文京区)の人事部、松川隆マネジャー。同社には35歳以下で、退職後6年間は復帰可能な「育自分休暇制度」がある。「社にずっといる社員も出て行く社員も、それぞれを支援する。会社に何を与えることができて、どう関わっていくか、自立して考えられる人間になってほしい」と期待している。

 再雇用制度を導入するのはITベンチャー系企業だけではない。江崎グリコ(大阪市)も「カムバック制度」を設けている。同社の営業本部、福永藍さん(35)は11年、夫の海外転勤を機に退社し、今年、帰国したため制度を利用して復職した。「仕事を辞めるつもりは全くなく、悩みながらの選択だった。戻ってくるチャンスをもらえてありがたい」と話す。

 制度利用者の中には、世界を旅して戻ってきた社員もいる。グループ人事部の南賀哲也課長は「異文化や常識の違う環境でもまれた経験、タフさは魅力」と話す。「環境変化に対応し、イノベーションを起こすために人材の多様性は重要。新風を吹き込んでほしい」と期待している。

 キャリア形成のあり方が多様になるにつれ、広い視野で改善の提案ができる、他の社員への刺激になるなど、再雇用された社員へのイメージは変化してきた。ベンチャー企業以外にも、技術職などでは大手企業でも再雇用での採用が広がりつつあるという。

 ●「強み」磨く必要

 とはいえ、どんな人材でも再雇用されるわけではないようだ。エン・ジャパンの人財戦略室マネジャー、伊達雄介さんは「『営業』『エンジニア』など、ある特定の強みを、他社で磨いてきた人が戻っている。そうでない人にとっては厳しい」と指摘する。

 再雇用は安易なものではないが、今後、新卒一括採用の割合が減っていけば、広がる可能性があるとみている。