ロッド・スチュワートのラヴソングを巡る物語 | イージー・ゴーイング 山川健一

ロッド・スチュワートのラヴソングを巡る物語

「私」物語化計画の講義テキストで今週はロッド・スチュワートの "Every Picture Tells a Story"を扱った。僕が初めて出会った表現論であり、自分自身を形成する哲学がこの曲なのではないかという話を書いた。

その趣旨からは外れてしまうので書かなかったことを、ここに書いて一般公開します。さて、うまく書けるかな?

ロッド・スチュワートのラヴソング"I Don’t Want To Talk About It"のことである。ロッドはもちろん自分自身で多くの優れた楽曲を作詞作曲しているが、埋もれた名曲をカヴァーする才能にも恵まれている。ミック・ジャガーはバンドのフロントマン色が強く、ロッド・スチュワートはミックよりシンガー寄りなのだろう。

ロックという音楽は、「今はここにあり、しかしすぐに通り過ぎていくものだ」と言う価値観に支えられている。ロッド・ スチュワートは、そういう意味でまさにロックそのものを生きてきた人だ。いやいや、今や大地に深く根を張った大樹のように見えるローリング・ストーンズの音楽だって、本質的には「通り過ぎる」人間が支えているのだ。バンドネームも転がる石ころ、だからね。

しかし、ミックがストイックで意志の人で交わした約束は絶対守りそうなのに比べて、ロッドはいい加減で頼りなく思想なんかなく、待ち合わせにだって必ず遅れてきそうだ。ミックががジムで汗を流している時、ロッドは相変わらずワインで酔っているのだろう。

しかし、そういうロッドが歌うからこそ、そのラヴソングは僕らの胸に哀切に響くのだろう。

"I Don’t Want To Talk About It"は、今や"You're In My Heart"などと共にロッドのラヴソングとして有名だが、オリジナルはニール・ヤングのバンド、クレイジー・ホースの初期のギタリストだったダニー・ウィッテンが書いた曲だ。

ダニーは1971年にこの曲を発表し、翌年に29歳の若さでこの世を去った。死因はヘロイン中毒である。ニール・ヤングは当時、彼の早すぎる死を惜しんで「生きていたらどんなに多くの佳曲を書いていただろう」と言っている。

ご存知のように、この曲が広く知られるようになるのは、スコットランド出身のロッド・スチュワートが本格的にアメリカに進出することを決めてリリースしたアルバム"Atlantic Crossing"(1975年)の中でカヴァーしたからだ。

君の目を見れつばわかる
ずっと泣いていたんだろう?
今の君には夜空の星も慰めにはならないね
それはまるで君の心を写したようなものだから
君が僕の心をどんなに傷つけたか
もう話したくないんだ
だけどもう少しだけここにいさせてくれるなら
僕の胸のうちを聞いてくれないか
"I Don’t Want To Talk About It"


この曲を書きすぐにドラッグで死んだダニー・ウィッテン、その名曲を完全に自分の持ち歌にしたロックスターのロッド・スチュワート。このストーリーにもう1人若い女性が加わってくる。

2004年、ロッド・スチュワートはロンドンのロイヤル・アルバートホールで行なわれた、一夜限りのチャリティコンサートのステージに立っていた。ロン・ウッド(ローリング・ストーンズ)や、クリッシー・ハインド(プリテンターズ)などもゲスト出演した由緒正しいそのステージで、ロッドはまったく無名の女性シンガーを紹介した。それがエイミー・ベルで、当時22歳だった。

このライヴをDVDで見た僕は、すっかりこのシンガーの虜になってしまった。黒い髪、細いウェスト、はにかんだ仕草、そして野生の獣みたいな鋭い眼。
「ロッド、誰これ? お前の新しい彼女なわけ?」
実はこのわずか一週間前に、スコットランドの北の町グラスゴーの路上で歌っていた彼女を、同郷のロッドが見出しロンドンに連れて行ったのだそうだ。

シンデレラ・ストーリーになるはずだった。

いや実際に、ロイヤル・アルバートホールのオーディエンスの心を掴んだエイミーはスカウトされ、ロッドと同じようにロスに渡ってソロアルバムをレコーディングするのだが、やがてその消息がわからなくなっていく。

ネットで検索してみると、故郷グラスゴーに戻って、ギターを弾きながら歌うシンガーソングライターのスタイルで、小さなパブやライブハウスで唄い続けているとのことだ。今、37歳かぁ。

あれだけの歌唱力があり、作詞・作曲の才能があり、美しいだけではない意志の強さを感じさせる容姿があり──しかしロックの女神はエイミーには微笑まなかったのだ。時々、僕はふとエイミーのことを思い出し、元気にやっているのかななどと考えるのだ。

人間にとって何が幸福なのか、それは人それぞれだ。だから僕が余計な心配なんかするのは大きなお世話と言うものだろう。だがきっと、あの夜のライブを見た多くの人たちが、僕と同じ気持ちを時々抱くのではないだろうか。ロックはここにあり、やがて通り過ぎていくもの音楽である。あの奇跡のような一夜だって時の向こうへ遠ざかっていく。そう考えながら、今、ロッドと歌う"I Don’t Want To Talk About It"を聴くと、胸に染みる。

ドラッグで死んだダニー・ウィッテンが書き、ロッド・スチュワートが有名にしたラヴソングを、今も時々エイミーが小さなパブなんかで歌っているのかもしれない。

しかし、もう一度あのはにかんだ笑顔を見てみたい。
情感豊かな声を聴いてみたい。

ロッド、ロッド、エイミー・ベルをもう一度引っ張り出してくれないか? あのバラードをデュエットしてほしい。それは彼女の人生に一夜限りとは言え、最も強い光を当てた、あんたの責任だと僕は思うけどね。


https://youtu.be/w46bWxS9IjY?list=RDw46bWxS9IjY