「マンデラの名もなき看守」公式サイト
これは実話に基づいたストーリーである。
実在したグレゴリー氏はすでに鬼籍に入られているが、「名もない」どころかこうして映画にまでなったことで、彼の名は後々まで語り継がれることになるだろう。
この映画でジョぜフ・ファインズが演じるグレゴリーは、刑務官という職業が要求する任務と自分の善良さの間にあって苦悩する人間として描かれている。彼が普通じゃないのは、たぶん「とても善良である」というその一点かもしれない。
しかしアパルトヘイトの時代の南アフリカにあって黒人を収容する刑務所での刑務官という仕事につきながら、自分の善良さを守り抜くことができたのはやはり非凡なことなのだと思う。
とはいえ映画の中心に据えてドラマを展開させるには、グレゴリーだけでは役不足なのは否めない。善良で良識があって人種差別を疑問視できる開かれた思想と知識の持ち主であっても、彼はどこまでも普通の人なのである。
映画の中にドラマチックな要素を持ち込むためには、やはりマンデラの存在が重要なのだ。映画の中では脇役でありながら、主役のグレゴリーよりも余程強く観客の心に印象を残すのは間違いなくネルソン・マンデラの方である。演じたデニス・ヘイスバートの声が素晴らしい。役作りとしてマンデラ本人の喋り方を身につけたそうだが、当然声の出し方も真似たのだろう。その声は相対する他者への思いやりを心から示すものだ。この声で語られるから、人はマンデラの言葉を信じる。それが彼の演技から伝わってきた。
「ラストキング・オブ・スコットランド」を思い出す(公式サイト )。
この作品でオスカーを受賞したフォレスト・ウィテカーも実在のアミン大統領を資料に基づいて再現していたのだが、そのアミンも最初人々に慕われていた頃は素晴らしい声で喋っていたものである。その声で人を魅了するものが演説に長けていたら、人を支配するのは容易なことだろう。ヒトラーの演説と同じ事だ。アミンやヒトラーが人を魅惑したのはその容姿ではない。その声の魅力でもって大衆を惹きつけたのだ。
カリスマであるヒトラーやアミン(本人じゃなくてフォレスト・ウィテカーだけど)の声と振る舞いには何とも言えない危険な魅力がある。その危うさ故に、誘蛾灯にひかれる虫のように、民衆は熱狂するのだろう。
マンデラ(本人じゃなくてデニス・ヘイバートだけど)の声はそれに似ているが、一つ決定的に違うところがある。彼の声は終始落ち着いていて、他人を自分の都合で使うためにのせようとする卑しさがないのだ。
カリスマの声にはどこか自分で自分に酔っている調子が潜む。その「酔い」こそが民衆をも酔わせるのだが、彼らが民衆に期待するのは最終的には自分への奉仕だけである。
マンデラ(本人じゃないけど)の声にはそれがない。彼は他人を自分のために利用しようとたきつけたりはしない。ただその深く静かな声で頼み、説得する。頼まれた人が納得するまで。
それ故に、マンデラは真に偉大な指導者となれたのだろうと、デニスの演技を聞きながら思っていた。
まあこれは映画の話だけれども。
しかし私がマンデラについて知っていることや南アフリカについて知っていることなんてごく僅かなのだと映画を見ながらつくづく思い知らされた。というより「アパルトヘイトの国」というだけしか知らなかったというのが事実だ。
マンデラが獄につながれている間の南アフリカの国状の変化が映画の背景として描写されていくのだが、アパルトヘイトの実情をそうして目の当たりにすると茫然としてしまう。そういう国でマンデラの思想に共鳴していくグレゴリーの勇気には改めて敬服する。
この映画の原題は「Goodbye Bafana (さよなら、バファナ)」。
この意味は映画の最後で分かる。
グレゴリーの善良さや勇気の源はそこにあったことも。
グレゴリーを支え続けた妻のグロリアを演じたのはダイアン・クルーガー。
ジョゼフ・ファインズとは大変お似合いの美男美女夫婦でした。
ダイアンって、ものすご~い美人なのに何故か辛抱が似合う人で、いつかハリウッドで「おしん」を映画化することがあったら主役は彼女以外に考えられないってくらい、いっつも耐える役やってます。
「トロイ」では逆境にあるパリスを励ましてたし、「敬愛なるベートーベン」では傲岸不遜なベートーベンを宥めてたし、「ナショナル・トレジャー」ではゲイツのお尻を叩いて叱咤激励してました。
そう、彼女、夫(男)と自分からは別れない役が多いんですよ(「ナショ・トレ2」では復縁)。一度決めた相手とは死ぬまで添い遂げる女というか。あんなに華やかに美しい人なのに、浮ついた感じがしないのでしょうか?
というわけでこの映画でも旦那様に文句を言いながらも彼を支え続けます。
なんていうか、キャスティング的に、ジョゼフ・ファインズならダイアン奥様に支えられて当然だし、ダイアンならジョゼフが大事にするのも当然だわ~、みたいなビジュアル的に納得させられる御夫婦でしたわ。
「そんな男(女)のどこがいいんだ?」
みたいな疑問が湧かなかったので。
これ、結構映画見てると重要ですよ、一度疑問を感じちゃったら集中できませんもの。
キャストもストーリーも素晴らしい作品でした。
単館系なのが勿体ないです。