ブログネタ:占いって信じる?
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占いも信じないわけではないけれど、でも「当たるも八卦あたらぬも八卦」という言葉の方をもっと信じているので、自分の将来を誰かに占って貰おうとは思いません。
占って貰いたいという気持ちになることも、もちろんありますよ。
誰だって自分の将来は不安だし、今続けている仕事でこの先芽が出ることがあるのかどうかなんて、是非教えて貰いたいです。
でも、未来がわかってしまったら……たぶん私の未来なんてロクなもんじゃないでしょうから、それが分かった時点で生きる意欲を失うんじゃないかなって気がするんです。仮に信じられない程幸福な未来が待ち受けていると言われたら、それを信じて日々努力し、精進し、刻苦精励するつもり(あくまでつもり)さえもなくしてしまいそうだし。
私は未来は変えられないと思ってるんですよね。
というのも以前予知夢をよくみていて、それを回避するために予定を変えたりとかいろいろやってみたけれど、何をしようと予知夢で見た事態は変えられない事を実感したからです。
あ、それが予知夢であるかどうかは、目が醒めた時に何故かわかるんですよ、「あ、この夢は現実になる」って。
もっとも映画のように自分や家族が危機に陥ることを予知するようなドラマチックなものではなく、ある状況下の時自分がこういう行動をしている、ということを何度も繰り返して見るんですね。デジャ・ヴとは違います。夢ですから。
ある時、それをあまりにもはっきり夢で見て、それは会いたくない人に思い掛けない場所で遭遇するというものでしたが、これは絶対に避けられないんだと夢を見た瞬間から確信していたら本当にその通りになってしまい、その人に挨拶する時思わず口から出ちゃいましたよ。
「ここでお目にかかれると思ってました」
って。
ま、少なくとも心の準備はできていたので、オタつかないですんだだけ夢見た甲斐はあったというか。
その時、未来は絶対に変えられないと心底思い知りました。
不思議な事にそれ以来予知夢は見なくなりました。
仮に見ていたとしても、覚えていてもムダだと深層心理がわきまえているから表層意識に乗せる前に記憶から消してしまうのでしょう。
その時同時に占いに対する興味も失ってしまったわけです。
自分の未来は知りたくない。その一心で。
私、映画見ててもネタバレは絶対回避するタイプなので、先の事を前もって知っておくのはイヤなんですよね。
思い掛けないことに出会って、びっくりするのが楽しいんです。
人生は短いんだから楽しまなきゃ!
将来を占って一喜一憂するより、今を楽しむ方が私には合ってるんだと思います。