「ブーリン家の姉妹」(公式サイト


*下の方で少々内容に触れます。未見の方は御注意。


映画の出来というのはキャスティングの段階でほとんど決まってしまうのかもしれない。

いつも思っている事だけど、「ブーリン家の姉妹」を見ながらますますその思いを強めてしまった。


実は私、最初にこの映画にナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが出演すると聞いた時、てっきりアン・ブーリンがスカーレットで妹のメアリーがナタリーだと思い込んでいたのです。


いやだって、「マッチポイント」で見たスカーレットはばりっばりの悪女ぶり全開で、愛人の座に満足できずしつこく結婚を迫る激しい女だったもんで、その印象が強くって。「スパイダー・パニック」ではでかい胸のティーンで逞しく巨大蜘蛛と戦ってたしね。


それに対してナタリーはいまだ「レオン」の時の可憐な美少女の印象を残したまま「パリ、ジュテーム」や「クローサー」では恋人に純愛を捧げる役、そうでなければ「Vフォーヴェンデッタ」では拷問に近い事されてたり、「スターウォーズ」のアミダラ以外は割とこう虐げられてるのが似合う役が多かったような気がして。


だから何となく、姉妹の力関係で強い方のアンがスカーレット、弱い方がナタリーだったら似合うんだろうな、なんて思ってたんです。


それが逆と聞いて「あれ~? 大丈夫なの~?」なんて心配してたんですが……


全くの杞憂でした!


もうもう、アンにナタリー、メアリーにスカーレットを配したキャスティングディレクターさんに脱帽ですよ。


ナタリー・ポートマン、顔が可愛いからヒロインのアミダラに選ばれたんじゃなかったんですね(ゴメンナサイ)。彼女は、彼女自身が女王の資質を備えているからアミダラ女王にキャスティングされたんでした。


実際のアン・ブーリンがどうだったかは知りませんが、映画の中のアンは鋼鉄の意志を持つ女(サッチャーじゃないよ、あれは鉄の女)。己の意志を遂行するためなら持てる力を総動員しあらゆる障害を排除する。

ただ彼女の特徴として、自ら法を犯したりはせず、法そのものを(王を通じて)自分に都合よく変えさせようとするんですね。どっちにしても後ろ指はさされるんですが、それでも彼女の中には自分は法に反する事はしていないという矜持がある(未遂はあったにしろ)。


自分の願いが法に逆らっているのなら、その法自体を自分の意に沿うよう変えればいい。そうすれば法に抵触する事無しに自分の意志を貫ける。


「法」なんてのはそもそも人間がその時の都合次第で決めるものですから絶対的なものではないんですよ。けれどもその時効力を持っている法に反する行動をとれば断罪は免れ得ない。

それを知っているのが彼女の賢さであり、決定力を持つのが誰かを判断しそこに働きかけるのが行動力であり、実際に法を変えさせるに至るのが意志の力です。


法に反する行動をとれば断罪は免れ得ないと知っていてその行動をとれば犯罪者ですが、法そのものを変える側に立てば為政者になれる。


アンの場合は時代が時代だったので為政者であり最高権力者である王に女として取り入るしか方法がなかったのが悲劇だったと言えましょう。実家の父や叔父が権力を持つための道具として使われてもいて、そういったしがらみから抜け出して自由になることもできなかったし。


でもこのキャラクターが男性と同等の権利を持つ時代に生きていればそのままクイーン・アミダラなわけですよ。アミダラの場合は実家の繁栄じゃなくって、もっと高邁な理想のために活動していましたが、やってる事はあんまり変わんなかったりします。



さて、自分に都合良く法を変えても、それは罪ではありません。

だからアン・ブーリンも自分の心の中では「法には触れてない」という一種の正義を貫いているわけなんです。

だからこそ、最後の最後まで昂然と頭をもたげ真っ正面を向いたまま断頭台に立っていられたんですね。少なくとも告発を受けた罪に対しては間違いなく無罪だったのだし(映画の中では)。


この場面でのナタリー・ポートマンの演技が凄くて。

ともすれば死の恐怖にくじけそうになる自分を何とかして奮い立たせようとする誇り高きイングランド王妃に、見ているこちらまで鳥肌立ちそうになりました。

だって、彼女の感じている死の恐怖がひしひしと伝わって来るんだもん。


立っているのがやっとで、膝の力も抜けてしまいそうで、恐さのあまり泣き出してしまいそうな弱い心を、アン・ブーリンのプライドだけが支えているんです。そして最後の最後まで王妃として振る舞い、毅然として無実を訴え、自分の潔白を神かけて誓ってました。その言葉に嘘がないから、それができる。


彼女の生き方がどうであれ、その意志の強靱さだけは賞賛を受けて然るべきです。

その鋼鉄の意志が娘のエリザベスに受け継がれ、女王に即位したエリザベスによってイングランドが強国にのし上がったのも充分納得できます(私の頭の中ではケイト・ブランシェットのエリザベスね♪)。


このアン・ブーリンは本当にナタリー・ポートマンあってのものでした。

ナタリーって、華奢な外見と裏腹に、鋼鉄の意志と……そして多分黄金の心を持つ役が似合うんですね。「Vフォーヴェンデッタ」でもめちゃめちゃ苛められているように見えて、でも絶対それに負けていない、自分の意志を曲げない、そういうキャラだったし。



それに比べるとスカーレット・ヨハンソンの強さは……しぶといとかしたたかとか、そういう言葉で飾られそうです。


メアリーの場合だと、彼女には信念を貫く強さはありません。自分よりエライ人(父とか叔父とか夫とか王とか)に言われるがまま動かされてました。幸福も不幸も自分から進んで手に入れるのではなく、運命に翻弄されるだけ。


ところがそう見えて、彼女はしぶとい。

どんだけ踏みにじられても、いつのまにか立ち直っている。

そしてあきらめない。

このあきらめの悪さが彼女の強さなんですよね。

映画のメアリーはわりと我慢してるばっかりのキャラでしたが、しかし案外スカーレットって辛抱してる役が似合うのかも。「マッチポイント」での愛人役だって、身勝手な男のために我慢と辛抱を続け、結婚して貰えるかもという期待をあきらめなかった女と見ることもできます。


「マッチポイント」では結婚を迫ってギャーギャーいう嫌な女だったけれど、「ブーリン家の姉妹」では黙ってこらえているだけの優しい女性だったので、メアリーには最後に幸せが転がり込んでくるという話になっております。女の生き方としてはこっちの方が長い目で見ればお得かもしれません。


あの気の強そうに見えるスカーレットが、ぐっと堪えて自分を出さないメアリーを演じているのを見るのもなかなかスリリングで楽しかったです。メアリーも表に出さないだけでちゃんと自分の意志を持った女性なんですよ。ただ姉のアンのような野心を持っていないだけで、どうすれば自分が幸せに暮らせるのかはちゃんと知っている。その自分の幸せを二の次にして他の家族のために生きてきたけれども、それが不幸な結末を迎えた時、ぐずぐずせずにスパッと縁を切って自分の幸せが待っている場所に駆けつけていくあたり、スカーレットの面目躍如だったと思います。



この気の強い美女二人を手玉にとったのか、それとも手玉にとられたのか、恐らく自分でも判然としないであろうヘンリー8世、エリック・バナの存在感がなければ完全に女優二人に食われてたことでしょう。


エリックは背が高くて押し出しが立派なので、威圧感を出すためひたすら横幅広くデザインを展開している王の衣装を見事に着こなしておりました。


今回のエリックも「トロイ」でへクターを演じた時同様、神に直接仕える王家に生まれ、その自分が担う役割を完全に理解していて、だからこそ「ここでこれをやってはいかん。絶対後で神の怒りに触れる」という事態の渦中に自分が飛び込んでしまった事を100%理解していて、それなのに情に溺れて「ここでこれをやってはいかん」ということを実行してしまう役でした。


で、その事に責任を感じ、「やってはいけないこと」を実行したために神の怒りに触れた結果ふりかかってくるであろう災厄を回避しようとあれこれ手段をこうじ、そのせいで事態はさらに悪化の一途を辿っていくんですよね、ヘンリー8世の場合は。彼の場合「やってはいけないこと」をやれとそそのかしたのはアン・ブーリンであるので、責任を彼女におっかぶせようとするんですね。自分でやったことの責任は王である自分が負わなければならないのに、それをアンに押しつけて自分は逃れようとする。


そういうやり場のない葛藤と怒りをエリック・バナは上手に表現していました。「ミュンヘン」でもそうでしたけれど、本来優しかった人が自分自身の罪の意識に蝕まれて人間性を喪失している様子を表現したら上手いんですよね、彼は。



この3人があまりに印象強かったため他のキャラはかすみがちでしたが、その中でも凛とした美しさを保っていた姉妹の母であるレディ・エリザベス役のクリスティン・スコット・トーマス。彼女は内面に抱えたどろどろしたものを普段は全く表面に出さないでいて、ここぞという時にその恐ろしい深淵をのぞかせて観客をはっとさせてくれる女優さんです。


この映画では我慢に我慢を重ねた挙げ句、遂に夫に三行半を叩きつけるように平手打ちかますシーンが最高でした。


彼女の息子、つまり姉妹の兄弟役でジム・スタージェス、従兄弟(かな?)役でエディ・レドメイン、ナタリーとスカーレットの前ではどうにも印象が薄くなっちゃって可哀想でしたね。


主役の3人があまりにも強く印象に残るため、映画を見終わると他の俳優さん達はイメージの中で背景に埋もれていってしまうような感じです。


とにかくキャスティングの素晴らしさとそれを際だたせる衣装が堪能できる映画でした