私は俳優さんの演技力は声で判断する。
声は顔よりウソをつけないから、声にウソが混じっていなければその演技力は本物なのだ。
佐藤健は演じる役によって声そのものから変えてくる。
「電王」の良ちゃんの声と「ブラッディ・マンデイ」の音弥の声と「メイちゃんの執事」のマメシバの声と「ルーキーズ」の岡田の声と「MR.BRAIN」の優の声、それぞれ喋り方以前に声の出し方から違うのだ。それはまた佐藤健本人の落ち着いて周囲の状況を冷静に把握してから喋る声ともまるで違うものだ。
その声は常に、その役の人物がその時置かれている状況ならきっとこんな声をだすだろうという予測の範囲に一致する。しかもそれが期待を裏切らないどころか、はるかに上回っていると言えるのだ(そのため役柄自体がつまらない時は、健君までつまらなく見えてしまったりするのだが)。
その彼が今回のドラマで演じた隆志の声はさらにこれまでのイメージとはガラリと違う声で、聞いた瞬間からその役作りの深さにノックアウトされてしまう程、若くして重い人生を背負った者の声だった。
弱冠20歳の、16歳で原宿でスカウトされた青年に何故これだけの演技ができるのか?
それはもう天性のもの、天賦の才と言うしかない。
もちろん日頃から努力はしているのだろうが、このいきなり役になりきる力というのは努力すれば簡単に身につけられるという類のものではない。或いは彼が受けた演技のレッスンが日本でも指折りの高度なレベルを有するものなのかもしれないが(そういえば同じ事務所の三浦春馬君も演技上手いわ)。
今回このドラマで主役を貰い、佐藤健はその演技力を思う存分発揮したのだろう。
はっきり言ってドラマ自体には設定に多少無理がある上、「ソウ」や「ハンニバル」や「バットマン」のストーリーを悪役メインで焼き直したような展開だし、使われた音楽といえばやはり「ダークナイト」とか「ファントムメナス」とか「リベリオン」いった映画のサントラの楽曲を3度上げて作り直しました、みたいなものばかりであまり語る点はないのだが、その欠点を補って余りあるのが佐藤健の演技だったのである。
カメラワークも彼の表情の変化を事細かに追い、その美しさを視聴者の目と心に刻みつけることに腐心していた。
そう、彼(隆志)は悲劇の主人公だから、男性なのにどんなに美しく描写してもいいのである。それは映画「GOEMON」で佐藤健が演じた若き日の霧隠才蔵に匹敵する美しさだった。その美しさ故に、悲劇的な最期の訪れを予測せずにはいられない程の。
CM等で見せる笑顔はあんなに明るいのに、何故佐藤健は悲劇が似合うのだろう。
「仮面ライダー電王」だって、一見脳天気に見えながら良太郎の背負っている過去は実は辛く悲しいものだった。普段は誰にもそれを見せないようにしているだけなのだ。
健気なのに、その健気さを人に見られるのを恥ずかしいからと嫌うような男らしさを彼からは感じる。可愛い顔だちの奥には甘ったれとは程遠いしたたかなサバイバル精神が潜んでいる。だからこそあんな細い身体で仮面ライダーを演じて違和感がなかったのだと今なら分かる。見かけは細っこいが、実は彼の身体は引き締まっていて強靱で、そして柔軟なのである。
その身体があるから、「MW」で段ボール工場で肉体労働に従事しているシーンを見てもまるで不自然さを感じずにすむわけだ。唯一不自然なのは、あんなに綺麗な男の子が東京の街を歩いていたらどっかからスカウトの声がかかっていて当然なのにそれがないって事ぐらいだろうか。しかし隆志という役はは冒頭から不幸のどん底で、一人の時はいつもポケットに手を入れ肩を落としうつむき加減で歩いているのでスカウトの声もかからないのかもしれない。
そういえば彼が演じた役は「電王」ではイマジンに振り回されていたのだが、「MW」では結城に振り回されていたといえるだろう。何故か他人に振り回されるものの、最終的には自分の意志を通すという役が佐藤健にははまるのかもしれない。彼が振り回されてしまうのは、彼が弱いからではなく優しいからだという点もふまえて。自分の気持ちを押さえて相手の意志を尊重しようとするあまり、結果的に振り回されてしまうというのがイイのだから。
「MW-ムウ- 第0章 ~悪魔のゲーム~」はなんだか「仮面ライダー電王」を見て佐藤健のファンになったシナリオライターが彼のために当て書きしたようなドラマにさえ思えた。隆志を振り回す結城さえ、ここでは単なる脇役だ。ただひたすらに佐藤健を見るという目的のために作られたようなドラマで、佐藤健は自分の役目を十二分に、いやそれ以上に果たしていたと確信を持って言える。
おかけで映画の「MW」にも俄然興味が湧いてきたのだから、これはドラマを作った価値が充分あったといえるのではないだろうか?
少なくとも佐藤健ファンにとって「MW-ムウ- 第0章 ~悪魔のゲーム~」は永久保存版の一本になったのである。