「イングロリアス・バスターズ」公式サイト
タランティーノ映画に欠けているもの、それは普通の「正常な人間関係」!
彼の映画に出てくる人間関係の基本は、相手を殺すこと。
出てくる人間の数が多ければ、敵と味方に分かれて殺し合う。
彼にとって仲間というのは、誰かを殺す時に一緒にいる相手。
彼の映画で穏やかに話している時は、相手を脅しているか、殺す前にそうと悟らせないようにしているか、誰かを殺す計画をたてている時。
そういうシーンばかりを延々と見せ続けられていると、さすがにうんざりしてきます。
何かもうちょっとこう、人間同士の暖かい心の交流はないのかね?
愛がないとは言わないけれど、その愛は豊かな実りを生むものではなく、復讐の動機として存在しているようなものなんだもんね。
「イングロリアス・バスターズ」にはある男の話とある女の話の二つのエピソードがあるのだが、彼らがたまたま同じ時に同じ空間にいて共通の人物を知っているという以外、二人には何の関わりもない。だから物語が一つのまとまりとして成立せず物足りないまま終わってしまうのである。
ま、今の言葉で言うなら、「ゆるい」のである。
それがタランティーノの持ち味だと言ってしまえばそれまでだが。
だが女の話は「キル・ビル」で見たものだし、男の話は基本「パルプ・フィクション」だろう。
タランティーノの得意技、「フォールームス」の彼のエピソードで見せた「延々と続くお喋りで退屈させておいてから、瞬時の切り替えで観客の目を剥かせる」も相変わらず健在だ。
だからタランティーノが好きな人にはこの映画はたまらないだろうが……私にはただただ退屈なだけだった。
タランティーノ映画に欠けているもの、それは普通の「正常な人間関係」!
彼の映画に出てくる人間関係の基本は、相手を殺すこと。
出てくる人間の数が多ければ、敵と味方に分かれて殺し合う。
彼にとって仲間というのは、誰かを殺す時に一緒にいる相手。
彼の映画で穏やかに話している時は、相手を脅しているか、殺す前にそうと悟らせないようにしているか、誰かを殺す計画をたてている時。
そういうシーンばかりを延々と見せ続けられていると、さすがにうんざりしてきます。
何かもうちょっとこう、人間同士の暖かい心の交流はないのかね?
愛がないとは言わないけれど、その愛は豊かな実りを生むものではなく、復讐の動機として存在しているようなものなんだもんね。
「イングロリアス・バスターズ」にはある男の話とある女の話の二つのエピソードがあるのだが、彼らがたまたま同じ時に同じ空間にいて共通の人物を知っているという以外、二人には何の関わりもない。だから物語が一つのまとまりとして成立せず物足りないまま終わってしまうのである。
ま、今の言葉で言うなら、「ゆるい」のである。
それがタランティーノの持ち味だと言ってしまえばそれまでだが。
だが女の話は「キル・ビル」で見たものだし、男の話は基本「パルプ・フィクション」だろう。
タランティーノの得意技、「フォールームス」の彼のエピソードで見せた「延々と続くお喋りで退屈させておいてから、瞬時の切り替えで観客の目を剥かせる」も相変わらず健在だ。
だからタランティーノが好きな人にはこの映画はたまらないだろうが……私にはただただ退屈なだけだった。