シネマトゥデイより(以下一部抜粋)


行政刷新会議による事業仕分けの結果について、予算削減の対象となっている新進芸術家海外派遣制度(当時は芸術家在 外研修)で平成8年度(1996年)に韓国・延正大学に留学した崔洋一監督(日本映画監督協会理事長)が、シネマトゥディにコメントを寄せてくれた。「言 いたいことは、この5倍はある」という崔監督に、なるべくコンパクトに要点をまとめてもらったものだ。以下、全文を掲載する。

 「今回の“仕分け”は、前政権が垂れ流し的に助成(映画以外の他の事業も含めて)してきた時代を明らかに覆したと言えるでしょう。これは、政権交 代の劇的な社会変化、ただし、すっきりとしない政策不実行や様々な仕組みはいじろうとするが、国民生活に密着し、その向上に資するはずのマニフェストとは 隔離していく現状の肯定と位置付けられるものです。


 したがって、印象としては“仕分け”が分かりやすく、いじりやすい事業に絞って議論されているのではないかと考えています。 自公政権時の、やや 無定見に映る文化施策は問題がありながら(どこかで申請得、プロ的助成慣れ等々)も、それなりに機能して“間を抜く”天下りは論外ですが、幅広く助成が微 々たるものですが“文化向上”に役立っていたのは事実です。


 さて、問題は、個々の本当に大切な助成が削られようとしているのですが、一番の問題は民主党の文化政策です。相も変わらずの“経済的文化政策”が軸で、外貨獲得(アニメ、ゲーム)、知的財産立国が闇雲に目的化され、その本質はまったく理解していないと言うのが現状です。


 システムだけはイギリスの方式を取り入れているようですが、金は出すが口は出さない本家本元とは違って、金は出さないが口は出す系の粗末さです。それは、マニフェストを読めば一目瞭然です。


 御用評論家と御用学者のノー天気な主張もまた、影響はしているのでしょうが、ここはやはり政治家がいかに文化を理解しているのかが問われるべきで しょう。何かと言えば、数値化、効果を具体的に示せ、と難癖のような要求です。お前らはバカか!? と言わざるを得ませんが、一歩譲ったとしても、文化芸 術一般が人間成長やコミュニケーション能力にいかに影響してきたかは、数値や効果の問題ではなく、自然人(つまり人間存在そのもの)が人としてその感情や 思想をいかに生き抜くための糧にしてきたかの、歴史を顧みるまでもないことです。映画が、いかにこの世界で過去、現在、未来を串刺しにして、人間の意識や 認識の立体化をすることで救ってきたことでしょう。
 

 新進芸術家の海外研修の現行員数を減らせ、とのことでしたが現状はたかだか150人程度です。将来の日本を背負う若きクリエーターたちにそんなケチなこ とを言ってどうするのですか。また、在外研修の経験者としては、微力ながら日韓の映画人交流に幾ばくかの助力になった、と自負していますが、それは数値化 や効果という概念とはまったく別のものです。(※崔監督は06年に韓国資本による映画『ス ZOO』をチ・ジニ主演で製作している。)


 子どもたちの「映画教室」が閉じられようとしているのは、さかんに文部科学省が言う、子どもたちのメディア・リテラシー(情報が流通するメディアを使いこなす能力)の成長を計るとか、創造力を養いコミュニケーション能力の向上とかと、真逆の政策として矛盾することです。


 国際交流基金が、外務省の天下りの巣窟との認識(※理事長が5代続けて外務省からの天下り)はありますが、事業そのものが無駄という観点はまった くの無知と言うほかないでしょう。ちなみに交流事業の特に派遣、海外人物招聘事業(専門家、研修家の招聘)をたたいてますが、これまたまったくのナンセン ス。昔の話ですけど、アメリカのフルブライト交流計画が戦後日本にどれだけの影響を与えたのか、総括して欲しいものです。(※1951年に当時の米国大使 と吉田茂外務大臣が日米相互の人物交流に関する覚え書きを交わし、1952年から約30年、米国政府の出資で実施された人物交流)。


 (雑誌「AERA」09年12月7日号で)無駄に収集した映画3,200回が未上映などと数字だけが踊ってましたが、これまた、まったくの恥さら しです。東京国立近代美術館フィルムセンターだけではアーカイブが不完全であるという現状をどう把握しているのでしょうか。ちなみに国際交流基金が確信犯 的に保存していたおかげで助かった映画祭出品の映画や日本文化の海外への紹介で活用された日本映画は数知れずです。(※フィルムセンターは、製作者及び所 有者による寄贈が基本。また海外へのフィルム貸し出しにも厳しい条件がある)。ちなみに英語字幕付きの『月はどっちに出ている』のプリントは国際交流基金 にしかないのです。


 また、芸術文化振興基金ですが、確かに助成を受ける資格が疑わしい”映画祭”も存在します。それこそ、その真の価値、評価こそを専門家、アートカ ウンシル(学芸員の領域を超えて、行政的、予算化も含め芸術文化の振興を行使できる能力を持つ人材)がすべきなのです。リーズナブルな施策を履行しようと 思うのなら、遅きに資していますが、文化音痴の文化官僚ではなく、早急に専門家を育成すべきでしょう。


 まだ、たくさん言いたいことはありますが、この辺にしておきます。ただ、幸いなのは内閣官房参与に(劇作家・演出家の)平田オリザくんがいることです。もちろん、彼一人に背負わせるのは酷ですが、ここ一番踏ん張ってもらうしかありません。

「崔 洋一」


 なお崔監督は現在、アラブ首長国連邦で開催されている「第6回ドバイ国際映画祭」に参加中。来年1月27日から2月7日にオランダで開催される「ロッテルダム国際映画祭」では特集上映が組まれるなど、国際交流に一役買っている。(取材・文:中山治美)