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BiZより(以下一部抜粋)
>レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督のコンビによるミステリー大作『シャッター アイランド』は、アメリカでは1億ドルを超えるヒットを記録して現在も公開中だが、4月9日からの日本公開にあたってはその勢いを加速させるべく、新たな 試みを付加することになった。配給するパラマウントがチャレンジするその試みとは、「超日本語吹替版」の制作だ。
【写真】4月9日より公開中の映画『シャッター アイランド』
■世界的には吹替が主流
この作品の原作は『ミスティック・リバー』などで知られるデニス・ルヘインの小説であり、登場人物のセリフや動作、小道具などには細かい伏線が張られて いる。そうした要素を観客が字幕を追うことで見逃して欲しくないという思いから、その内容に徹底的にこだわった吹替版をつくりあげたという。監修にあたっ たのは字幕翻訳の第一人者である戸田奈津子氏。何より日本語としてもこなれていて、しかも映像にぴったりとシンクロしたセリフに仕上げている。
こうした試みが長年培われてきた「洋画は字幕で観るもの」という日本人の“常識”に一石を投じることになるのか、業界全体が大きな関心を寄せている。世 界的にみれば、外国語の映画を吹替で上映する方が圧倒的に主流で、字幕にするのはもっぱらアート系の作品に限られている。マスの動員を図るためには、セリ フはその国の言語であることが求められるからだ。日本では俳優の声も含めて“オリジナル”であることに重きが置かれているが、作品を理解するためにはそう したことにはこだわらないというのが、世界の映画ファンの認識となっている。
もっとも日本でも、マスを相手にするテレビでの映画放送では吹替がメイン。しかもDVDの登場によって、字幕と吹替を自由に選択できるようになって久し い。そうした流れで育ってきた若い世代の間では、俳優のオリジナルの声に固執する方がむしろ少数派だ。さらに、シニア層が多い地方のシネマコンプレックス では、「字幕を読むのが疲れる」とか「字幕が早くて文字を追いきれない」という声も挙がっているという。
これらの風潮を受けて、近年では字幕版と吹替版を並行して制作することが、洋画配給会社に定着しつつある。プロモーション的にも吹替版に旬の俳優や人気 タレントなどを起用することで話題を盛り上げることができるとあって、戦略的に吹替を利用するケースも増えている。
■選択できる環境がベスト
今後は吹替の比重がさらに大きくなることが予想されるが、あくまで選択肢のひとつであってほしいという声も一方で根強くある。たとえアニメーションのよ うな場合であっても、監督をはじめとする製作者の思いを反映した声やオリジナルの台詞を聞きたいというファンも存在する。観客が字幕か吹替かを自らの意思 で選べる状況が、映画という表現をさらに発展させる意味でも望まれるところだ。
映画をあくまで商品として考えるなら、動員拡大のためには吹替版にシフトということになるだろうが、映画は文化や芸術としての表現でもある。『シャッ ター アイランド』のような、トリッキーなミステリー作品では許されても、すべての作品に当てはまるものではないはずだ。
もはや字幕は日本の映画文化のひとつとなっている。そういう“伝統”が今後も受け継がれ、「字幕がメイン、吹替もあり」という洋画の上映スタイルが脈々 と続いていくのか。それとも日本語吹替が洋画鑑賞の新たなスタンダードとなるのか。『シャッター アイランド』が多くの“吹替派”の賛同を集め、新たな洋画ファンを掘り起こせば、洋画興行は大きな変化を余儀なくされるはずだ。
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>レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督のコンビによるミステリー大作『シャッター アイランド』は、アメリカでは1億ドルを超えるヒットを記録して現在も公開中だが、4月9日からの日本公開にあたってはその勢いを加速させるべく、新たな 試みを付加することになった。配給するパラマウントがチャレンジするその試みとは、「超日本語吹替版」の制作だ。
【写真】4月9日より公開中の映画『シャッター アイランド』
■世界的には吹替が主流
この作品の原作は『ミスティック・リバー』などで知られるデニス・ルヘインの小説であり、登場人物のセリフや動作、小道具などには細かい伏線が張られて いる。そうした要素を観客が字幕を追うことで見逃して欲しくないという思いから、その内容に徹底的にこだわった吹替版をつくりあげたという。監修にあたっ たのは字幕翻訳の第一人者である戸田奈津子氏。何より日本語としてもこなれていて、しかも映像にぴったりとシンクロしたセリフに仕上げている。
こうした試みが長年培われてきた「洋画は字幕で観るもの」という日本人の“常識”に一石を投じることになるのか、業界全体が大きな関心を寄せている。世 界的にみれば、外国語の映画を吹替で上映する方が圧倒的に主流で、字幕にするのはもっぱらアート系の作品に限られている。マスの動員を図るためには、セリ フはその国の言語であることが求められるからだ。日本では俳優の声も含めて“オリジナル”であることに重きが置かれているが、作品を理解するためにはそう したことにはこだわらないというのが、世界の映画ファンの認識となっている。
もっとも日本でも、マスを相手にするテレビでの映画放送では吹替がメイン。しかもDVDの登場によって、字幕と吹替を自由に選択できるようになって久し い。そうした流れで育ってきた若い世代の間では、俳優のオリジナルの声に固執する方がむしろ少数派だ。さらに、シニア層が多い地方のシネマコンプレックス では、「字幕を読むのが疲れる」とか「字幕が早くて文字を追いきれない」という声も挙がっているという。
これらの風潮を受けて、近年では字幕版と吹替版を並行して制作することが、洋画配給会社に定着しつつある。プロモーション的にも吹替版に旬の俳優や人気 タレントなどを起用することで話題を盛り上げることができるとあって、戦略的に吹替を利用するケースも増えている。
■選択できる環境がベスト
今後は吹替の比重がさらに大きくなることが予想されるが、あくまで選択肢のひとつであってほしいという声も一方で根強くある。たとえアニメーションのよ うな場合であっても、監督をはじめとする製作者の思いを反映した声やオリジナルの台詞を聞きたいというファンも存在する。観客が字幕か吹替かを自らの意思 で選べる状況が、映画という表現をさらに発展させる意味でも望まれるところだ。
映画をあくまで商品として考えるなら、動員拡大のためには吹替版にシフトということになるだろうが、映画は文化や芸術としての表現でもある。『シャッ ター アイランド』のような、トリッキーなミステリー作品では許されても、すべての作品に当てはまるものではないはずだ。
もはや字幕は日本の映画文化のひとつとなっている。そういう“伝統”が今後も受け継がれ、「字幕がメイン、吹替もあり」という洋画の上映スタイルが脈々 と続いていくのか。それとも日本語吹替が洋画鑑賞の新たなスタンダードとなるのか。『シャッター アイランド』が多くの“吹替派”の賛同を集め、新たな洋画ファンを掘り起こせば、洋画興行は大きな変化を余儀なくされるはずだ。
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