読売新聞
より(以下一部抜粋)
> 歌舞伎俳優の市川海老蔵さんが酒席でけがを負い、舞台出演の無期限謹慎となった事件。連日芸能マスコミが取り上げ、海老蔵さんに加え、父の団十郎さん、妻の小林麻央さんまで追われる過熱ぶり。どうしてこんな騒ぎとなったのか。
東京の国立劇場で行われた、尾上菊五郎さんらの1月歌舞伎公演の記者会見は少し異様だった。ふだんは十数人の歌舞伎担当記者が集まる程度だが、13日の 会見にはテレビカメラが並び、ワイドショーのリポーターが勢ぞろい。公演とは無関係の海老蔵さんの事件に質問が集中。不快感を隠さない俳優も見られた。会 見の模様は夕方の番組で「海老蔵関連ニュース」として速報され、劇場職員は「都合良く使われた」とこぼす。
過熱報道の裏には、事件の主役が、将来の十三代目市川団十郎を約束された「歌舞伎界のプリンス」の海老蔵さんだったことがある。17、18世紀に活躍し た初代は、そのカリスマ性で江戸庶民の熱狂的支持を集めた江戸歌舞伎の祖。以後、市川団十郎家はほぼ一貫して歌舞伎界の頂点に立ち、最高の権威であり続け た。
今岡謙太郎・武蔵野美大教授(演劇史)は「江戸時代には、“団十郎信仰”というべき現象さえあった。代々江戸で活躍、名優を輩出したことが大きい。『劇聖』と称された明治期の九代目団十郎が、自らの名を神格化したことも家の格を高めた」と解説する。
昨今の歌舞伎ブームのきっかけの一つとなったのも、当代団十郎さんの襲名(1985年)。最近は、尾上菊之助さん、中村勘太郎さんら次代を担うスターた ちが活躍し、人気がさらに高まっている。海老蔵さん自身、その代表的存在で、最も集客力のある俳優の一人であるだけに、事件が注目を集める形となった。
歌舞伎興行を行う松竹の対応の遅れも、報道に拍車をかけた。社内には「海老蔵さんの1月公演実施の是非を巡って両論があり、結論が長引いた」と嘆く声も。「謹慎で良識を示せた」とほっとする関係者もいた。
ある演劇プロデューサーは「海老蔵さんが所属するのは、団十郎さんと同じ個人事務所。松竹との関係では強くても、芸能界では弱小。大手芸能事務所なら、テレビも後難を恐れてここまで報じない。格好の餌食となった」と明かす。
今岡教授は「海老蔵さんは歌舞伎界を超えたスター。良くも悪くも団十郎家、歌舞伎界の存在の大きさを示した事件」と分析する。
(文化部 塩崎淳一郎)