「マニアック」公式サイト


「ロード・オブ・ザ・リング」でフロドを演じたイライジャ・ウッド久々の主演映画。


「指輪なんてもう捨てた!」とポスターにありましたけれど……


(この下、ネタバレになります)

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最後まで見ると「なんだ、イライジャ、まだ指輪持ってたんじゃん!」と突っ込んでやりたくなりました。


それとは別に思い出したのがウェス・クレイヴンの「デッドリー・フレンド」。ストーリーそのものは全然違うんですが、主人公の心情にどこか通じるものがあるというか。少年時代に感じた未分化の愛情の屈折した発露と申しましょうかね。イライジャの演じたフランクはとっくに青年なんですが、少年っぽく見える外見同様中身も成長しきってないのですよ。それも少年にまで至らず、まだ幼児段階。


心の奥底はまだ頑是無い幼児のままなのに、体だけ成年男子に成長しちゃってるというその矛盾が彼自身をも苦しめてるという、救いようのないお話。それが「マニアック」。


これがウェス・クレイヴンだったら襲われる女の子の方を主人公にして、最後には彼女の方が反撃して、それまで脅かされ続けた男に猛襲をかます……という作りになります。「エルム街の悪夢」でも「スクリーム」でも何でも最終的にひどい目に遭わされるのはそれまで女をいじめてきた男の方なんだよね。ただ「デッドリー・フレンド」はまだ彼のそのカラーが確立する前なんで微妙に違うんですよ。少年を主人公に据えてしまったことで、無理矢理なオチをつけなきゃ満足できなかったみたいなシーンがあるのです。そのシーンが「マニアック」に重なるのね。どうしても最後は少女にぎっったんぎったんにされなきゃ気がすまないのか、と。


「マニアック」の場合は、それはフランクにとってのみしか「現実」ではないわけですが、その「現実」と「非現実」=「夢」が交錯して出てくるところもウェス・クレイヴンの「エルム街の悪夢」的と言えるかもしれません。


ただ、「エルム街の悪夢」なんかと比べても、どうしても気になったのが「マニアック」の「雑」さなんだよね。暴力的描写の激しさだったら「粗っぽさ」と言えるかもしれないけど、「マニアック」の場合はそうじゃなくて「雑」な感じ。稚拙とも違う、妙な「やりっ放し感」。それがフランクという男が内面に抱える矛盾の象徴だとしても、見ている方は気持ちよくない。だって絵として汚いんだもの。画面見ていて心底うんざりしました。映画見に行って美しくないもの目にするとゲンナリするわ。


その汚いシーン、具体的に言うとフランクが犠牲者の頭の皮をはぎとってそれをカツラ代わりにマネキンにべたっと乗せる、するとまだ生々しい血が何本も太い筋を描いて流れ落ちる……というものですが、これがものすごいやっつけ仕事なんですな。フランクの頭の中ではその髪を与える事によってマネキンは完璧な姿となって生きている人間の如く振る舞い始めるのですが、実際には血まみれの髪がマネキン頭部にいい加減にのっかってるだけで美しくもなんともない。あまりの見苦しさに『なんじゃそりゃ、君はそれでいいのか、もっと完成度を求めたらどうだ』とフランクに説教してやりたくなりましたよ。たぶん私にとって「マニアック」で一番受け容れ難かったのはこの部分ですね。『どうせやるならちゃんとやらんかい!』 と思いましたわ。乗せてる髪は一部分だし、血も生皮もそのままだからハエがたかり放題だし。


尤も「マニアック」においてはここが重要なのですね、フランクのやっつけ仕事っぷりが。つまりその「仕事」をしているフランクは、そのことが好きではないのです。彼は、それをやるしかないので、仕方なくやっているわけで、だから「やっつけ仕事」になるのですね。フランク自身は殺人が好きなわけでも、頭の皮を剥がすことに興奮を覚えるわけでも、それをマネキンの頭に乗せることに悦楽を覚えているわけではない。すなわちフランクは、「クリミナル・マインド」でよく見るような性的興奮のために人を殺すシリアル・キラーとはちょっと違っているのですよ。


「羊たちの沈黙」に出てくるバッファロー・ビルとも違います。バッファロー・ビルは自分が作りたいものを明確にイメージしていて、それを作るだけの職人としての腕前も持っていました。彼が夢想していたのは、その女性の皮で作ったベストを着て人前に出て称賛を受け幸せになること。だから女性の生皮はその材料にすぎないんですよね。ベストを作ることに完成度は求めるだろうけれど、女性を殺すのは皮を剥がすのに付随する行為だからであって別にそれが目的ではない。


フランクの場合は、普通の成年男子として女性に性的興味を充分抱いてるんです。ところがどうやら幼児期に受けたトラウマのせいで現実の女性に対しては不能らしい。普通の殺人鬼は自分の使えないナニの代わりにナイフを女性に刺すことで快楽を得るわけですが、フランクはそうではない。彼は自分の所有物であるマネキンとなら気兼ねなくつきあえるだろうと、自分が性的興味を覚えた女性の命をマネキンに吹き込もうとするのです。それが何故か女性の髪を奪って丸坊主のマネキンに被せることで実現すると思い込んでいるのですね。でも髪だけ切り取ってもそれは女性の体から切り離された段階で「死んだ」ものになりますから、「生きた」髪が欲しければ生皮を剥がなければならないという理屈らしいのです。その過程で女性は死んでますが。


もちろんそんなことしたって現実には汚い髪の毛を頭にへばりつかせ血の筋が顔に跡を残すマネキンができるばっかりなんですが、フランクの頭の中には命を得て見覚えのある女性の姿になったマネキンがコケティッシュに振る舞う姿が浮かび上がるのです。


でも、それだけで終わらないのがこのフランクの一筋縄でいかないところで。

全く、イライジャ・ウッドが名演過ぎて気の毒になりますよ。

大人で、殺人の実行犯であるフランク、そこまでやっても全然快楽得られないんです。幸せを感じるのはマネキンが人間の女に変わったと思える一瞬だけ。次の瞬間には苦しみが彼を襲うのですわ。何のトラウマか罪悪感か、結局彼の性的な満足は得られないままなんです。


彼が血のついた手を洗うシーンがあるんですが、金属タワシで生身の手をこすってますからね! それこそ生皮はげるんじゃないかと、見てる方が痛くなります。その病的に殺人の痕跡を洗い流そうとする姿は、彼が自分のやったことを後悔していることの現れです。彼は誰かを殺したいわけではない。でもそれをしなければならない。何故か。彼の心の一部が彼にそれを命ずるからです。


実のところ、大人のフランクの行動を支配しているのは幼児期に受けた心の傷が原因となってそこで成長が止まってしまっている子どものフランクなんですよね。フランクの示す二面性というより二重性はそれで説明がつきます。さすが指輪にとらわれたフロドと普通のフロドを演じ分けたイライジャ・ウッドだけはあります。こんな作品でその演技力無駄遣いするのもどうかと思うけど。


子どもの心だから、性的なことがタブーとなってて、それを自ら打ち破ることができなくて、大人の体がもがき苦しんでる。しかも結構いろんな女のコと遊んでみたいタイプでその上美人好き。で、本人も可愛い顔してるのでチャンスはめぐってくるのに、いざとなると事に及べない。しかも(実際はマネキンが相手だけど)二股かけたりすると自分で自分が許せない。まあ確かにこれだけ矛盾したもの抱えてると、心も体も二つに引き裂かれそうですよね。


絶対に幸せになれない性格があるとしたらまさにこれだろうと。どう転んでも、本人が自分が幸せになることを許さないんだから。これは見ていてキツいです。どこにも救いようがないので。主人公が不幸な顔しかしてないなんて、見る方も不幸だわよ。


さて、映画を見る内にフランクのトラウマは、幼児期に見せつけられた母親のセックスシーンによるものであることが分かります。これがまた奔放なもので、母親が男好きだったのか、それとも仕事だったのか分かりませんが、普通の夫婦生活なんてものとはかけ離れているのですわ。で、息子に見られていても「あっちへ行って」とかいいながら平気で続けてる。でもフランクは見るのをやめることができない。どうやら普段母からネグレクト(無視という虐待)されてるらしく、たまに見かける母はそんな姿でも……やっぱりおかあさんなんですよね。かまって欲しいわけです。


あ、それでフランクはこんな風になっちゃったのかと、そこで一抹の同情を彼に覚えるようになってはおります。あれじゃあ子どもが可哀相と、それはみんな感じると思う。


ただ、その後その母がどうなったのか、何故またフランクがマネキンに固執するようになったのか、その辺が全然描かれてないんですね。想像するに、上記のような行動をとっている母親でも、その側にいるためには自分がマネキンになってしまえばいいと思ったのでしょうか。自分がマネキンだから、彼女もマネキンでなくてはいけなくて、でも年頃になると体は生身の女性に惹かれるようになって、それで二進も三進もいかなくなって「生身の女性の頭の皮を剥いでその命をマネキンに宿す」などという呪術的行為にはしるようになったんでしょうかね。


でも、だったらそんな呪術的行為をどこで思いついたのか知りたいものですが。さらにいえば、思うだけでなく実際に手を下すようになったのは何が原因なのかも描いて欲しかったですね。「クリミナル・マインド」でいうところのストレス要因ですか。事件の解決を求める映画ではないのでその辺り全部割愛されていたのがちょっと、いやかなり、物足りなかったのは事実です。ホラーだからといってね、その辺蔑ろにしたら中途半端だしつまらないよね。


それでも見てしまった挙げ句、フランクの悲しさ・切なさ・痛さに同情を覚えてしまうのは、演じているのがイライジャ・ウッドだから! 観客の想像力を刺激することによって映画では説明のない部分にまでなんとなく納得させてしまえる彼はホントにスゴイと思う! でももうちょっとまともな役を演じて欲しかった!!


幼児性の発露と稚拙な犯行ぶりという点では「ムカデ人間2」にも似ておりますが、正反対なのが母親に対する思いですね。「ムカデ人間2」では過干渉な母親に対する主人公の積年の怒りが爆発しておりますが、「マニアック」の場合は子どもに無関心な母親の愛に飢えている男の子が主人公ですので、両極端と申しましょうか。意外と日本では「ムカデ人間2」の方が共感を得やすいのではないかと。ネグレクト、日本でも増えてるみたいですけれど、さすがに「マニアック」で見る程荒んだ家庭は現代の日本では少ないと思うので(ドラッグも蔓延してないし)。逆に言えば欧米で「マニアック」をほめてる男性というのは、多かれ少なかれ幼児期に母親の愛に飢えてたんでしょうね。


というわけで、女性が見るとどこまでも後味が悪い映画でした。

も~、イライジャ、こんな映画出るなよ~~~~~!!!!!