第26回英国科学実験講座 クリスマス・レクチャー 2016

『宇宙でいかに生き抜くか』


 

 

さあ、いよいよ始まりです。

本国、イギリスのクリスマス・レクチャーをそのままもってくるので講師の言葉は英語です。それに対応すべくそれぞれ同時通訳機をセットする日本人の私達。

 

今年の講師は航空宇宙医師のケビン・フォン氏。

ケビンは自分でも宇宙に滞在するための訓練を受けていて、飛行機の急降下・急上昇による無重力状態を体験しているビデオをレクチャーの途中で見せてくれました。この方式(自由落下)で生み出される無重力状態は映画でもよく使われていて、「インセプション」でのシーンが特に印象的でした。が、それがどれだけ大変だったかはケビンを見ていてよくわかりましたね。再び重力が生じた時にちょっとでも浮いた状態でいると、落ちて床に叩きつけられる事になるので、注意していないととっても痛い目に会うのだとか。

 

とまあ、そういうことは覚えているのですが、なにしろ童心に返ってレクチャーを受けていたおかげでメモも何にもとらなかったもので、2週間たった今では記憶がかなりおぼろなんですよ。

それでも覚えていることだけを何とか拾い出してこのあと書いて行きますが、順序はかなりいいかげんだし抜けも相当あると思います。すみません。

 

さて、レクチャーの最初ではバイコヌール宇宙基地の映像が出て来ました。

そこからロケットを打ち上げる様子を見たのですが、地球の重力を振り切ってロケットが宇宙まで飛んでいくのに必用な事というのをそこから学ぶことになります。

 

「前に進むには、後ろになにかを置いていかなければならない」

これ、「インターステラー」でクライマックスの時マシュー・マコノヒーがアン・ハサウェイに残した言葉なんですが、その前にちゃんと言ってるんですね、これが「ニュートンの運動第三の法則」であると。

 

これをそのままクリスマス・レクチャーでおさらいしました。

ロケットの打ち上げを見ていると、莫大な燃料を使って炎を後ろに噴き出しながら地上から飛び立ったあと、必要なくなった燃料タンクであるロケットの下段を切り離してさらに加速しますよね。これすなわち前に進むには、後ろになにかを置いていかなければならない」の大変分かりやすい実証であるわけです。

 

作用・反作用の法則(さよう・はんさようのほうそく)とも呼ばれる運動の第3法則。これが初めて書物に表されたのがニュートンがラテン語で書いた「プリンキピア」。近代科学の礎とも呼ぶべき書物です。

 

なんとその初版本が――厳重なガラスケース入りながら――我々の前にしずしずと進み出てきたではありませんか! 私なんかかしずいて拝みたくなってしまいましたわ。確か金沢工業大学のライブラリーよりお借りしたものだったと思いますが、「クリスマス・レクチャー」がいかに偉大なものであるかよくわかりましたよ。

 

とはいえ、ガラス入りの古い本などメインの聴衆であるお子様達には知った事じゃないのでして、大事なのは実験の方なのでございます。

 

今回前に進むには、後ろになにかを置いていかなければならない」を実証するために行われた実験は、板に車輪を取り付けたような乗り物にケビンとボランティアの少年とおもりの袋が乗り込んで発車し、途中でおもりの部分を切り離すことによって加速することを確認するというものだったと思います。慣性で進んでいる(つまり足で漕いでいない)自転車に乗っている時、自分のしょってた重いリュックを捨てたらもっと早く進めるって感じでしょうかね。まあ通常、捨てたリュックを拾いに戻らなきゃいけないからやらないですけどね。

 

再びロケットの話に戻りますが、バイコヌールから発射されたロケットは一旦赤道上に向かい、そこから地球の自転のチカラも借りて引力圏から脱出します。

 

何故赤道まで行かなければいけないのか、そのまま真っ直ぐ宇宙に行っちゃダメなのかという実験には地球を模した大きな円盤が使われました。

 

円盤を中心を軸として回した時の円周部分を赤道とします。

おもちゃのバネ仕掛けか何かで飛ぶロケットをその中心近く(バイコヌールのつもり)と円盤のヘリ(赤道のつもり)にセットし、同時に飛ばすとどうなるか。

 

むろん前もっておもちゃのロケットの飛距離はボランティアの少年のお手伝いによって計測されています。

 

回転する円盤の中心から飛んだロケットは、ほぼその飛距離のまま。

ところが円周近くから飛び出したロケットはその2倍は遠くまで飛んだのです。

これは回転のエネルギーがロケット本来のエネルギーに加わったからですね。

それで宇宙に行くためのロケットは常に赤道上空で重力を振り切るための速度を得るのです。すっごい納得。

 

さて、無事に宇宙空間に到達したロケットの乗員は当然ですが無重力の中で暮らすことになります。普段地上でずーっと地面にむかって引っ張られていたチカラが全然なくなっちゃうわけですね。

 

そうすると骨も筋肉も一切の負荷から解放されてしまいます。

 

するとどうなるか。

人間の身体って、使わなくなった機能はあっという間に衰えるし、必要ないとみなされた機能はとっとと捨てられてしまうのですよ。だから筋肉も骨もあっという間に衰えてしまうのです。

無重力の宇宙空間内ならそれでも平気です。

しかし地上に戻れば当然のように重力がかかってきます。無重力に慣れた身体はその重力に耐えきれません。

そのため宇宙飛行士達は毎日筋肉が衰えないよう何時間も訓練しなくてはならないのです。重力がなくても筋肉を鍛えられるように特別に開発された装置を使って。

 

確か「オデッセイ」にそんなシーンがあったと思います。 なんとなく宇宙船内のその部分に重力があったような気もするけど……セバスチャン・スタンが一生懸命マシンの上で走ってたような……。

 

そう、重力さえあればいいんですよね、宇宙船や宇宙ステーションの中に! 1G(地球の重力)とまではいかなくても、ある程度の重力があれば筋トレだって容易になるし地上に帰還した際担架のお世話にならなくてもすむってもんですよ。

 

では人工的に重力を作り出すにはどうしたらいいか?

これはもう大体の人が答えを知っていて、簡単なのは遠心力です。

映画、「2001年 宇宙の旅」では宇宙ステーションがゆっくり回っている姿が美しかったのを思い出しませんか? 「インターステラー」では筒状のスペースコロニーがやはり回転しているらしく、外側に向かって重力が生じている描写がありました。

 

ここでケビンがやってくれた実験は、水を入れたバケツにロープを結んでぐるぐるブン回すというもの。これねー、子どもの頃から本で読んで水が落ちてこないというのは知っていたんだけど、自分でやる勇気が持てなかった実験なのよねー。この場で本当にバケツが真上に上がって完全にひっくり返っていても水が落ちてこないのを目撃して感動しましたわよ。長年の溜飲が下がって、ケビンに感謝したい気持ちで一杯になりましたわ。

 

遠心力スゲー♪ と感動したところで、しかしそれが効くのもあくまで宇宙船や宇宙ステーション内部の話。回転しているものの外側に立ったら、当然はじき飛ばされてしまいます。「ゼロ・グラビティ」でサンドラ・ブロックがどんどん遠くに行ってしまうように。

 

それでも彼女が生きていられたのは宇宙服を着ていたからですね。

真空である宇宙と自分とを隔て、生存可能な空間を作ってくれるのが宇宙服です。ただし常に酸素の供給と二酸化炭素の吸収が必用になります。二酸化炭素の話は「アポロ13」に詳しいですが、「ゼロ・グラビティ」では酸素がなくなることによって死に至る恐怖が如実に描かれています。

 

「ゼロ・グラビティ」にはデブリの衝突によって宇宙服のヘルメットに穴のあいた乗員の姿もでてきます。彼の場合は衝突のショックが死の原因でしょうが、しかし小さな穴であっても宇宙服の場合は致命的となります。それは宇宙が真空だからです。

 

「オデッセイ」では冒頭、マット・デイモンの宇宙服にアンテナがぶっすりと突き刺さるシーンがあります。クルーも観客も「うわ、死んだ!」と思ったのは間違いありません。火星ですから真空ではないにしろ、大気は呼吸不可だし気圧も低い。火星上で宇宙服なしではどうなるかというのは、シュワルツネッガーの「トータル・リコール」で明らかです。身体がみるみるふくれあがってしまうんですね。ウィキペディアによれば「火星表面の大気圧は、平均750パスカルであり、地球の海面上の平均である101.3キロパスカルのおよそ0.75%」だそうです。

 

「トータル・リコール」の描写は映画ですので実際とはかなり違うでしょうが、しかし理論上ではどうなるか大体わかってるんですね。

 

また、地球で最も宇宙に近い場所、エベレスト山頂での人々の記録もあります。実話ベースの映画、「エベレスト3D」を見るとどれだけ過酷な状況かよく分かります。極寒の上、酸素も少なければ気圧も低くてお湯も沸かない。気圧が低ければ沸点が低くなるため、エベレスト山頂では沸点は70度くらいだとか。

 

このエベレスト山頂、人間が無酸素で登頂できるギリギリの限界なんだとか。

エベレスト山(チョモランマ)もう少し高かったら、無酸素登頂は不可能だったそうです。

 

そのエベレストを遙か下に見る宇宙空間では人間はどうなるか。

といってもまさか真空中に生物を放り出す実験は非人道的すぎてできないので、クリスマス・レクチャーではモデルの人形を使いました。頭がマシュマロでできていて、肺の代わりに風船が、血液や体液の代わりに水が入っているモデルです。

 

モデルの上に分厚いガラスのドームを被せ、真空ポンプで徐々に中の空気を抜いていきます。いや~、もう、こんな実験を間近で見られるなんて最高ですね♪

 

空気が抜ける=気圧が下がるにつれ、マシュマロの頭と風船の肺はどんどん膨らんでいきます。ある瞬間、いきなり血液や体液代わりの水がぼこぼこ沸騰します。さらに気圧が下がると風船がパン! とはじけ飛びます。人間だったらとっくに死んでますね。

 

減圧をやめて元に戻していくとマシュマロ頭が縮んでいくのがわかりましたが、完全には元の大きさまで戻らなかったみたいです。人間の脳って、こんなマシュマロみたいなものなんですかね? もしそうなら、気圧が低くなると頭が痛くなるのって、脳が膨張してるからなんでしょうか(まさか)。

 

しかしこの実験のおかげで「トータル・リコール」の描写があながち間違いでもないことが分かりました。「オデッセイ」の場合は流れ出た血がアンテナと宇宙服の間の隙間を接着剤の様に埋めたおかげで生きのびたことになっているんですが、これ、血が宇宙服の外に出ようとした瞬間、沸騰して煮詰まって文字通り「血糊」になったからなんでしょうかね? 

 

いずれにしろ、気圧0では人間は生存できないことが実験で明らかになったわけです。

 

あ、あとケビンが無重力体験の時に行った、「無重力状態でフキンをしぼったらどうなるか」という実験も披露されましたね。まず、取り出した濡れ布巾を掴んでしぼるまでが無重力だとかなり大変なようでした。いざフキンをねじってしぼろうとすると、布の表面に水玉がくっつくように生まれ、それがみるみる大きくなるんですね。そして離れるとふわふわどこかへ漂っていく……。重力が発生した瞬間、じゃばっと床にこぼれるわけですが。無重力状態では掃除するのもラクじゃないということがこの実験でわかりました(え? 違う?)

 

私は大人なので、クリスマス・レクチャーで行われた実験の結果って大体知識として持ってはいたんですよね。でもやはりこうやって目の前で、ケビンの軽妙な司会で、分かりやすい形で実験して貰いその結果を目の当たりにするというのは、単なる知識で知っているだけとは違う重みや厚みがあるなと思いました。積極的にボランティアに参加し、実験を食いつくように見守っていた少年少女の皆さんもとても楽しかったのではないでしょうか。

 

科学は楽しい。

幼心にそう私に植え付けてくれたファラデーの「ロウソクの科学」。

ファラデーが子ども達のためにと始めた「クリスマス・レクチャー」が190年たった今でも彼の思いを受け継いで英国と日本で続いている。

本当に素晴らしい事だと思います。「クリスマス・レクチャー」で科学の面白さに目覚めた子ども達は理科をきっと好きになる(日本の場合、もともと好きだから来てるのかもしれないけれど)。それは知的好奇心を育み、未知の領域への探求心を養う。その心はきっと、大人になっても失わない。

 

そんな豊かな教えを授けてくれる「クリスマス・レクチャー」、今年はもう終わってしまったけれど(詳細はこちら)、来年もまたあります。少年少女のお子様をお持ちの方はご一緒に、少年少女の時の心を今も持っている方はお一人で、公演に行ってみてはいかがですか?

SFチックな東工大界隈で、とても楽しいひとときを過ごせますよ♪

 

「英国アンバサダープログラム」で当選しての参加でした。