『RRR』はファンが遠慮しないで自分達だけの言葉で通じ合える濃厚な時間を味わえたのよね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、振り出しのツイートに戻る。それでようやく「つまり」が生きてくるという……。

 

 

補足(返信を頂いたので)

 

ええっと、私の結論は連ツイの一番最初と最後に書いてありまして、途中の個別のツイートは単にこれまでの流れを説明しつつ時々の自分の感情がつい表に出てしまったという体裁なので、まずそれはおさえておいてくださいね。 で、曖昧にぼやかして書いた私も悪かったですが、要は注意喚起でした。 

 

これからわらわらと虫のように『RRR』を受け付けなかった人達の批評とも批判とも言えないしょーもない文句が湧いてくる可能性があるから心を強くもってね、という。いちいち相手にしてたら身が持たないから○○は無視するに限ると書きたかったんだけど、事を荒立てたくなかったので。 

 

好きな作品悪く言われると心は削られるし、反論もしたくなります。でもね、映画に興味のない層に幾ら反論したところで暖簾に腕押しなのさ。理解して貰おうと頑張るとこちらの体力も削られます。そういう事を『ロード・オブ・ザ・リング』の時にさんざん経験したもんでね、老婆心が発動しちゃったの 

 

批判にもいろいろあってさ。 現在私のおすすめにはいわゆるBL風味絵師様達のラーマとビームのマンガがいっぱい流れてくる。まあ『ロード』の頃と時代は変わり同性婚がどうこう言われてる世の中だけど、そういうのを受け付けない人達というのは多分まだいるのよ。そういう人達の相手をするのは難しい 

 

そういう観念に縛られた人達がツイッターやってる可能性は少ないけれど、なくはない。その人達が「らまびむ」を槍玉に挙げて攻撃する可能性だってあるわけ。 で、そういうのを受けると繊細な方々は萎縮しちゃう。自由な発想の翼が折られてしまうわけ。それは私にとって凄く残念な事なのです。 

 

何故なら、それこそ「表現の自由」だから。 まあ、あまり過激な表現は公共の目に触れさせるべきではないですけどね。 でも創作意欲を『RRR』によって喚起された方々の表現の場がツイッターであっても構わないわけじゃないですか。好き嫌いに関係なく。だってそれはその人の心なわけだから。 

 

自分が好きな表現を守りたいなら、全ての人の人権を守らなければいけない。 現在、これがまた難しい所でね……。 だからこそインドの人々の当然の権利、基本的人権をこの手に得るべく戦ったラーマとビームの映画が私は好きなのです。フィクションは単純化できるのがいい。『RRR』はそういう映画よ

 

’別の返信を受けて)

ちなみに私、予告編見た覚えないんです。ポスターはみたけどチラシも怪しい。監督がラージャマウリと知った時点で鑑賞決定だったし、そうと決まれば余分な事前情報入れたくないから。予告でネタバレされるなんてもってのほかなんですよ。