《オーストラリア・ゴールドコースト》
コアラツアー殺人事件 ㉚
《ツアー・6日目》
エレベータホールのソファーで、うとうとした午前6時過ぎ、ミルク君と叔母さんが、足をばたばたさせて駆け寄って来た。
「いたわよ。サングラスがいるの!」
「今ね、主人が浜で見張っているから急いで来て頂戴!」
夫人の胸は、百メートルランナーがゴールしたときのように波打っている。
「分かった」
私は、ミルク君と夫人に案内されて海岸通りへ出た。
浜は閑散として人気がない。小走りに5分ほど行くと、ベンチに座った2人のサングラスがいた。
静かに海を眺めている。まるで最後の仕事である、桑原を殺す前に、心を落ち着かせているようだ。
そこから20メートルほど離れたベンチに、三浦さんもいる。
また、男サングラスは、頑強なブルドーザーの様な粗暴さを感じさせ、女サングラスも、何かの格闘技で鍛えられたような風貌をしている。
更に男サングラスが、腕を組んだ。
「ねえミルクちゃん、警察呼ぼうよ」
夫人が哀願するようにミルク君に言う。
「駄目よ、叔母様。取材が先よ」
大スクープの褒美は部長と決めているらしく譲らない。
もしかして買う品物まで決めているかもしれない。
そして私に、
「さ、おじさん聞いてきてよ」
と、背中をドーンと押してきた。
「ええ⁉ 俺がやるの」
私は一瞬うろたえた。
「当たり前でしょ。私と叔母様はか弱い女ですし、叔父様は老人よ」
あなた以外に、誰がいるのだ――。
三浦さんも、夫人も、揉み手で言う。
「深堀君、10年若かったらな」
「主人、計算は速いけど、腕力はどうも」
私は、身長こそ180センチを超えるが、暴力には自信がない。
だが3人から頼まれては、観念するしかなく、私は身構えて前に出た。
今までに、数々のスポーツを経験したが、今日こそ、格闘技をしなかったことを後悔した。
3人は後に続いているが、応援するというよりも、
私が殴られたら、一目散で逃げだす算段に思える。
私は両サングラスと、3メートルほどの間隔を取って止まった。
ここなら、飛びかかられても交わせるし、砂もかけられる。
私は興奮させない口調で、話しかけた。
「あのう――、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか」
両サングラスがこちらを向き、鋭い眼光を飛ばしてきた。
もっとも、濃いサングラスを掛けているので、雰囲気を感じただけだが。
「あなたたちは、大変なことをしましたね」
そう言って私は、2人の様子を伺った。
ところが驚いたことに、2人はサングラスを外し、素直に頭を下げてきた。
「申し訳ございません。でも、覚悟の上ですから後悔していません」
「じゃ認めるんですね」
「ええ、逃げも隠れもしません」
その顔は、つき物が落ちたように、目元をすっきりさせている。
三浦夫妻もホッとしたのか、前へ出て話しかけた。
「君、その気持ちがあるなら、反省したまえ」
「そうよ。まだ若いんだから、十分出直しが利くわ」
ミルク君も前に出た。
「オーストラリアの法律を、詳しく知っている訳ではないけど、自首すれば、刑が軽くなると思うわ」
だが、自首と聞くと2人は、
お互いの顔を見合って、怪訝な表情になる。
更に男サングラスが、首を傾げて言う。
「自首ですか⁉」
「そうよ。自ら名乗り出れば、警察にも温情があると思うわ」
ミルク君が言ったあと、三浦さんも叔母さんも強く諭した。
「3人ですもの、許されると思うの」
すると男サングラスに身体を寄せた女サングラスが、強張った表情で言った。
「3人って、2回目の間違いじゃないんですか、おかしいですよ」
「2回目? 違うわ、3人目よ」
ミルク君が強く否定したが、今度は私たちが顔を見合わせてしまった。
話が、どうも噛み合わない。
サングラスも、よくよく見ると殺人者にしては人のよさそうな顔をしている。
ひょっとして人違いなのか……。
いや、調査結果は正しい筈だ。
男サングラスが、また言う。
「私たちのことは、警察へ、自首するほどの問題ではないと思いますが」
「でも、先ほどあなたは、逃げも隠れもしないと言ったわね」
「はい」
2人は、夫人の言葉に慄然と言った。
「だったら、警察は当たり前じゃないのかね」
三浦さんも夫人に続いた。
気づくと私たちは、サングラスをベンチに釘付けにして、
さも、刑事の取調べのように、詰問している。男サングラスが、懇願するように言う。
「おっしゃっている意味が、呑み込めないんですけど、私たちに解るように言ってください」
つづく