推理小説「コアラツアー殺人事件」㉚ | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

《オーストラリア・ゴールドコースト》

コアラツアー殺人事件 ㉚

 

 

 

《ツアー・6日目》

 

 エレベータホールのソファーで、うとうとした午前6時過ぎ、ミルク君と叔母さんが、足をばたばたさせて駆け寄って来た。

 

 

「いたわよ。サングラスがいるの!」

 

「今ね、主人が浜で見張っているから急いで来て頂戴!」

 

 夫人の胸は、百メートルランナーがゴールしたときのように波打っている。

 

「分かった」

 

 私は、ミルク君と夫人に案内されて海岸通りへ出た。

 

 

 

浜は閑散として人気がない。小走りに5分ほど行くと、ベンチに座った2人のサングラスがいた。

 

静かに海を眺めている。まるで最後の仕事である、桑原を殺す前に、心を落ち着かせているようだ。

 

 

そこから20メートルほど離れたベンチに、三浦さんもいる。

 

また、男サングラスは、頑強なブルドーザーの様な粗暴さを感じさせ、女サングラスも、何かの格闘技で鍛えられたような風貌をしている。

 

更に男サングラスが、腕を組んだ。

 

 

 

「ねえミルクちゃん、警察呼ぼうよ」

 

 夫人が哀願するようにミルク君に言う。

 

「駄目よ、叔母様。取材が先よ」

 

 

 大スクープの褒美は部長と決めているらしく譲らない。

 

もしかして買う品物まで決めているかもしれない。

 

 

そして私に、

 

「さ、おじさん聞いてきてよ」

 

 と、背中をドーンと押してきた。

 

 

「ええ⁉ 俺がやるの」

 

 私は一瞬うろたえた。

 

「当たり前でしょ。私と叔母様はか弱い女ですし、叔父様は老人よ」

 

あなた以外に、誰がいるのだ――。

 

 

 三浦さんも、夫人も、揉み手で言う。

 

「深堀君、10年若かったらな」

 

「主人、計算は速いけど、腕力はどうも」

 

 

 私は、身長こそ180センチを超えるが、暴力には自信がない。

 

だが3人から頼まれては、観念するしかなく、私は身構えて前に出た。

 

今までに、数々のスポーツを経験したが、今日こそ、格闘技をしなかったことを後悔した。

 

 

3人は後に続いているが、応援するというよりも、

 

私が殴られたら、一目散で逃げだす算段に思える。

 

 

 

私は両サングラスと、3メートルほどの間隔を取って止まった。

 

ここなら、飛びかかられても交わせるし、砂もかけられる。

 

 

 

私は興奮させない口調で、話しかけた。

 

 

「あのう――、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか」

 

 両サングラスがこちらを向き、鋭い眼光を飛ばしてきた。

 

もっとも、濃いサングラスを掛けているので、雰囲気を感じただけだが。

 

 

「あなたたちは、大変なことをしましたね」

 

 そう言って私は、2人の様子を伺った。

 

 

 

ところが驚いたことに、2人はサングラスを外し、素直に頭を下げてきた。

 

 

「申し訳ございません。でも、覚悟の上ですから後悔していません」

 

「じゃ認めるんですね」

 

「ええ、逃げも隠れもしません」

 

 

 その顔は、つき物が落ちたように、目元をすっきりさせている。

 

 

三浦夫妻もホッとしたのか、前へ出て話しかけた。

 

 

「君、その気持ちがあるなら、反省したまえ」

 

「そうよ。まだ若いんだから、十分出直しが利くわ」

 

 

 ミルク君も前に出た。

 

「オーストラリアの法律を、詳しく知っている訳ではないけど、自首すれば、刑が軽くなると思うわ」

 

 

 だが、自首と聞くと2人は、

 

お互いの顔を見合って、怪訝な表情になる。

 

更に男サングラスが、首を傾げて言う。

 

 

「自首ですか⁉」

 

 

「そうよ。自ら名乗り出れば、警察にも温情があると思うわ」

 

 

 

 ミルク君が言ったあと、三浦さんも叔母さんも強く諭した。

 

「3人ですもの、許されると思うの」

 

 

 

 すると男サングラスに身体を寄せた女サングラスが、強張った表情で言った。

 

 

「3人って、2回目の間違いじゃないんですか、おかしいですよ」

 

 

「2回目? 違うわ、3人目よ」

 

 

 ミルク君が強く否定したが、今度は私たちが顔を見合わせてしまった。

 

話が、どうも噛み合わない。

 

サングラスも、よくよく見ると殺人者にしては人のよさそうな顔をしている。

 

ひょっとして人違いなのか……。

 

 

いや、調査結果は正しい筈だ。

 

 

 

男サングラスが、また言う。

 

「私たちのことは、警察へ、自首するほどの問題ではないと思いますが」

 

「でも、先ほどあなたは、逃げも隠れもしないと言ったわね」

 

「はい」

 

 2人は、夫人の言葉に慄然と言った。

 

「だったら、警察は当たり前じゃないのかね」

 

 三浦さんも夫人に続いた。

 

 

気づくと私たちは、サングラスをベンチに釘付けにして、

 

さも、刑事の取調べのように、詰問している。男サングラスが、懇願するように言う。

 

 

「おっしゃっている意味が、呑み込めないんですけど、私たちに解るように言ってください」

 

つづく