きっとあなたの想像は、この真相に追いつくことはできない。

 

『ある閉ざされた雪の山荘で』

東野圭吾

(1992年)日本

 

 

2024年1月に公開される映画に向けて

原作を予習するために読了しました。

前回は『仮面山荘殺人事件』を読み

その流れでこの作品へ。

 

こ、これは――。
 

あらすじ

乗鞍高原のペンション「四季」で

客を迎える準備をする

「四季」のオーナー小田伸一

そこに7人の来客がやって来た。

男性が4人、

雨宮京介本多雄一田所義雄久我和幸

女性が3人、

笠原温子元村由梨江中西貴子

 

全員が役者で劇団「水滸」の演出家

東郷陣平のオーディションの合格者で

次回作品の打ち合わせをするため

ここにやって来たのだが

肝心の東郷先生の姿は無く、

オーナーもここに残らないから

7人で好きなように使ってくださいと言われた。

 

そこに東郷先生からの速達が届く。

その内容は驚くべきものだった。

「君たち7人は今日から4日間、

次回作の舞台稽古として

自分達で実際に推理劇を作り上げてもらう。

君たちが今いる状況を説明すると

記録的な大雪で

人里離れた山荘に閉じ込められ

道路も電話も繋がらず

オーナーも救助も来ないという設定だ。

やむをえず自分達で食事をして夜を過ごし

そこで起きる様々な出来事に対応してほしい。

ただし電話は実際には使用できる。

最悪の場合は電話をしてもいいが

その時は君たち全員の合格を取り消しにする。

作品を完成させるため頑張ってほしい。

では健闘を祈る――」

 

しばらく誰も口を聞けなかった。

招集の手紙で極秘の内容だと言われて

誰にもここに来ることを告げていなかったため

もし何か起きても誰も消息がわからない。

最初は戸惑ったが

風変わりな東郷先生らしいやり方だと

一同は妙に納得する。

元村由梨江が窓の外を見てつぶやく。

「ある閉ざされた雪の山荘で……か」

設定とは対照的に外は晴れ渡っていた。

 

 

7人の中でただ1人、久我和幸は

劇団「水滸」の団員以外の合格者で

彼の目的は

元村由梨江と親しくなることだった。

以前見た芝居で由梨江に一目惚れした彼は

当時別の劇団員だったが

東郷が外部からのオーディションも

受け付けていたために応募して

その演技力の高さで合格を勝ち取ったのだ。

 

由梨江の演技力は高いとは言えないが

その美貌は誰よりも優れていた。

オーディションで

同じジュリエットを演じた女性がいたが

演技力では数段そちらに分があったが

実際に合格したのは由梨江で

その女性はここに姿がないから

落ちたのだろうと久我は思った。

 

久我が感じた初顔合わせの印象では

雨宮京介と笠原温子は

リーダータイプのまとめ役。

本多雄一はとくに演技力が高い。

中西貴子は脳天気そうだが演技の才能はある。

田所はなにかと文句を言うので良い印象がない。

 

夕食はカレーライスを食べ

久我は由梨江と食事当番で一緒になり

会話をする機会ができて喜んだ。

由梨江は海外の舞台に挑戦する夢を語るが

その目はどこか陰りが見えた。

食後のラウンジで

久我が気になっていたもう1人

ジュリエットを演じた女性の話題を出すと

麻倉雅美という人だと教えてもらったが

なんとなく全員が

彼女の話題は避けているような空気だった。

 

その夜は

各自が好きな部屋で寝ることになり

由梨江と温子は

遊戯室の隣のツインルームを選び、

本多と雨宮はツインルームを1人で使い

その他はシングルルームを選んだ。

久我が寝る前に遊戯室に立ち寄ると

笠原温子がいて

中西貴子が電子ピアノを弾いていた。

ビリヤードやピンボールマシンがあって

壁に古いスピーカーもついている。

オーナーが言うには

遊戯室は防音になっているそうだ。

 

久我が遊戯室を出た後、

もう寝ると言う貴子は

温子を残して遊戯室を出た。

温子はヘッドホンのプラグを

電子ピアノに差しこんで演奏を始める。

ピアノに集中して1時間ほど経った頃、

入口のドアが開いた。

何者かが温子に近づいてくるが

入口に背を向けてヘッドホンで

ピアノを弾いている温子は

侵入者に気づいていない。

次の瞬間、

侵入者は温子の首を

ヘッドホンのコードで絞めあげた。

そして動かなくなった温子の死体を

部屋の外に引きずっていった――。

 

 

二日目の朝、

いつまで経っても

温子が起きてこないことに気づく。

同室の由梨江は昨日は早く寝てしまい

朝起きた時も温子はいなかったから

昨日から姿を見ていないと言う。

貴子が温子なら遊戯室で見たと言って

遊戯室に入ったが

すぐに「大変よ」と飛びだしてくる。

全員が駆けつけると

遊戯室の床に紙切れが落ちていて

そこにはこう書かれていた。

「設定の第二。笠原温子の死体について。

死体はピアノのそばに倒れていて

首にヘッドホンのコードが巻き付いている。

この紙を見つけた者を第一発見者とする」

 

温子はどこに消えたのか?

温子は被害者になることを

あらかじめ知っていて

死んだふりをしているのでは?

つまりこの中に

東郷先生の指示を受けて

芝居の筋書を知っている者がいる?

全員の中にそんな疑念が浮かんでくる。

 

この状況にどう対応するのか

テストしているのかもしれないので

全員で温子の死亡推定時刻を推理する。

貴子が昨夜遊戯室を出たのは午後11時頃で

温子が遊戯室にいたことを知っているのは

貴子と久我だけ。

田所は午前2時頃まで

ウォークマンでラジオを聞いていた。

その内容を正確に言えるから

自分にはアリバイがあると主張すると、

久我はその内容の真偽を証明できないし

全員が殺されたら確認しようがない、

知ってる曲が流れている間に

殺したかもしれないと反論する。

 

雨宮は外部の第三者の可能性を考慮していて

由梨江も仲間を疑いたくないと主張。

現実には外は雪が積もっていないため

足跡があるかどうか判別できない。

ひとまずは数人でペアになって

建物の周りを捜索することになる。

 

久我は貴子とペアになって捜査開始。

非常口は内側から鍵が掛かっていて

外に出ると外壁に卓球台が立て掛けてある。

中庭に井戸があるのだが

「キケン手を触れぬように」と

板で塞いであった。

 

貴子は最初の被害者が

温子なのを意外に思っているようだ。

というのも東郷のスパイなら温子が適任で

2人は付き合っている噂があるらしい。

麻倉雅美について貴子に質問すると

実は雅美はオーディションに落ちた後

実家の飛騨高山にスキーに行って事故に遭い

半身不随になってしまったと聞く。

 

「地面はすべて雪に覆われている。

足跡はなし」

調査中に見つけたこの貼り紙によって

外部犯の可能性はなくなった。

中にいる誰かの犯行になる。

この閉ざされた雪の山荘の中の誰かが殺人者――。

 

 

そして

二日目の夜に新たな犠牲者が……。

死体となって発見されたのは

――元村由梨江であった。

 

~~~~~~~

 

これは芝居なのか?

それとも現実の殺人なのか?

犯人の目的は何か?

次に消えるのは誰か?

 

疑心暗鬼の中で4日間を過ごす彼らが

辿り着いた真実は――?

 

 

作品解説

乗鞍高原のペンションに

演出家の手紙で集まった

7人の役者たち。

そこで次回作の舞台稽古と称して

設定上の「雪で閉ざされた山荘」で

誰もあらすじを知らない

殺人劇が行われることになり、

夜を迎えるたびに

1人また1人と姿を消していく。

残された人々は犯人を推理しながら

これは芝居なのかそれとも

本当に殺人が行われているのか

疑心暗鬼に陥っていく……。

心理的クローズドサークルによる

革新的ミステリー。

 

『ある閉ざされた雪の山荘で』とあるが

実際には山荘は雪で閉ざされていなくて

電話も道路も繋がっている。

演出家の指示でその設定で芝居をさせられ

電話や外に逃げたら合格取り消しになるため

連絡を取りたくてもできないという

心理的閉鎖空間のアイディアが斬新。

それに加えて

殺人が起きても死体が残らないため

殺人か芝居なのかわからないという謎で

読者を翻弄してくれる。

 

物語は三人称のメインパートに

「久我和幸の独白」という

久我の一人称を挟みながら展開する。

実はここに作者の「企み」が潜んでいて

真相を知るとなるほどと納得せざるを得ない。

フェアかアンフェアか

ギリギリで勝負している凄さは

解説付きでないと伝わりにくい。

 

久我は唯一の劇団部外者で

他の人たちの過去の情報を知らず

読者目線で推理してくれる探偵役。

彼は由梨江に好意を持っていて

オーディションを受けたのも

由梨江に近づきたかったから。

その由梨江は雨宮のことが好きな雰囲気で

そこに由梨江を好きな田所が

なにかと割り込んでくる。

貴子は久我を気に入っているみたいだが

久我は貴子は眼中に無い感じ、

……という恋愛模様も楽しめる。

 

すべてが明らかになった後

登場人物全員が号泣する

胸を打つエンディングも魅力だ。

 

 

感想

これはすごく俺好みです。

大好きと言っていい。

いや~先に『仮面山荘』を読んだから

あまり期待していなかったので

いい意味で期待を裏切られましたね。

とくに伏線回収が気持ち良かった。

わかってみれば

あれもこれもそれも

ああなるほどそうかそうかと感心しまくり。

 

クローズドサークルは

やっぱり携帯電話の有無が重要で

この設定なら現代を舞台にした

映画化でも通じるなと思いつつ

こんな無理のある設定は

もう2度と使えないだろうなとも思った。

 

登場人物では貴子が好き。

とくにラウンジで

ノリノリでウォークマンを聞いて

でかい胸がゆさゆさ揺れるのは名場面。

映画では中条あやみさんが

中西貴子を演じるそうで

わりとイメージに近い配役だと思う。

由梨江は我らがなーちゃん、

西野七瀬さんです。

由梨江は2番目の被害者だけど

実はちょっと犯人役を疑っていました(笑)

 

結末に関しては賛否両論だが

斬新なトリックと

ラストの後味が良かったことを

俺は高く評価します。

これが東野圭吾作品の

人気ランキングでは51位なのか。

これは想像よりも

東野圭吾の山は険しいぞ。

 

 

★★★☆☆ 犯人の意外性

★★★☆☆ 犯行トリック

★★★★☆ 物語の面白さ

★★★★★ 伏線の巧妙さ

★★★★☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 -

泣ける度 〇

 

評価(10点満点)

 8.5点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分でわかるネタバレ

<事件概要>

日付:4月10日~13日

場所:乗鞍高原 ペンション「四季」

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】

笠原温子 ---●本多雄一 ---復讐、利他主義【絞殺:ヘッドホンのコード】

元村由梨江 ---●雨宮京介 ---利他主義【扼殺:一輪挿しで殴打→手】

雨宮京介 ---●本多雄一 ---復讐、利他主義【扼殺:睡眠薬で眠らせて→手】

※①②③黒幕は麻倉雅美。雅美が本多に殺人を指示。

※しかし実際に本多が行ったのは殺人の芝居で、誰も死んでいない。雨宮に事情を話して②の殺人演技を代わってもらった。

 

<結末>

最終日の4日目に

ラウンジに集まった5人が

犯人の仕掛けた睡眠薬で眠っている間に

雨宮の姿が消えてしまった。

これで3人目の犠牲者だ。

時間が来たので

ペンションを後にしようとした時、

久我が「犯人」に説明を求めてくる。

本多雄一を真っ直ぐ見つめて……。

 

一同は遊戯室に集まり

久我が推理を開陳する。

最初の犠牲者の温子が

ヘッドホンをしていた状況と

由梨江の時に停電が起きたことから

犯人は誰かに殺人劇を見せることが目的で

その誰かは今ここにいると

由梨江たちの部屋との壁の向こうを指差す。

壁の物入れの奥の羽目板を外すと

細長い空間があって

そこから本多が

車椅子の女性・麻倉雅美を連れて来た。

 

麻倉雅美がこの殺人計画の首謀者。

温子たちに騙された復讐で

自分に好意を寄せる本多に殺人を実行させ

それをこの空間からずっと見ていたのだが、

実は本多は実際には殺人を行わず

温子・由梨江・雨宮の3人は生きていた。

 

雅美を傷つけてしまった3人は

心からの謝罪の涙を流す。

この殺人計画を終えたら

死のうと考えていた雅美も

もう1度生きていこうと決意し

涙を流すのだった――。

 

 

どんでん返し

この作品のどんでん返しは2つある。

 

1つ目が

殺人事件はすべて芝居だった。

ただし単純なものではなくて

「①芝居に見せかけて

 →②殺人に見せかけた

  →③芝居だった」という

複雑な三重構造になっている。

……というのも

この殺人計画には実行犯と黒幕がいて

実行犯が本多雄一

黒幕が麻倉雅美だが、

本多が雅美を裏切って

殺人を実行しないで芝居にしたからである。

 

水色がミスリード緑色が伏線です。

P.の数字は該当のページ。

 

 

この殺人の動機は

雅美のスキー事故に端を発する。

オーディションに落ちた雅美を

雨宮・由梨江・温子の3人が訪ねた帰り

雨宮と由梨江が婚約するという話を聞いて

雨宮のことが好きだった雅美は

嫉妬から雨宮の車のタイヤに傷をつけた。

3人が帰ってしばらくして温子から

「急に車のハンドルが効かなくなって

雨宮と由梨江が崖から転落した」と

涙声の電話が入り、

大変なことをしてしまったと思った雅美は

スキーで滑走禁止区域を滑って

自殺を図ったが

気がつくと病院のベッドにいて

死ぬことが出来ず半身不随になってしまう。

最悪なのはその後、

あの電話が嘘だったと知ったこと。

雅美のいたずらにムカついた温子が

仕返しに2人が死んだと嘘をついたのだ。

 

雅美は3人に復讐を誓った。

事故の後、

雅美に好意を寄せる本多に

すべてを打ち明けた。

本多も怒った。

雅美は復讐の殺人計画を練り、

叔父である小田の所有する

乗鞍高原のペンションを舞台に

殺人計画を実行に移すことになる。

小田の言う仲介人(P.10)とは

麻倉雅美のことだった。

 

しかし

実際には殺人は行われなかった。

本作では殺人だと思わせる方向が

ミスリードになる。

 

やはり

実際に殺人シーンを演技しているのが

大きなミスリードになっている。

温子も由梨江も雨宮も

犯人が首を絞めて殺している場面が描かれ

これが芝居なら

わざわざそんな演技しなくても

暗黙の了解で退室すればいいだけ。

実際に行われているのだから

これは殺人なのだろうと思ってしまいます。

 

とくに強力なミスリードが

第1の殺人の場面で

倒れた温子の様子を

「死体」と表記したこと。

完全に彼女の死を確信したのか、侵入者はコードから手を離した。そして入り口のところに行き、部屋の明かりを消した。

その後侵入者は温子の首からコードを外し、死体をずるずるとひきずり始めた。闇の中、板張りの床をこする音だけが聞こえた。(P.51)

 

三人称は神の視点である。

そこに嘘が書かれていたら

読者は反則だと言うだろう。

 

ではこの作品は反則なのか?

温子は死んでいないので死体ではない。

地の文で死体と書いてはいけない。

普通なら反則です。

そこで作者はこれを正当化するための

もう1つの手を使ってきました。

それが2つめのどんでん返し。

 

久我が突然、

こちらを向いて話し出す場面より。

「絵を描いたことで確信を得ました。自分の推理に間違いはないとね」

「もったいぶらないで早く教えてくれ。麻倉雅美はどこにいて、どうやって我々を見ているんだ」

田所義雄が苛立って訊いた。

「すぐ近くにいますよ」と久我和幸は答えた。

「何?」

「さあ出てきてください。あなたのことです」

久我はくるりと身を翻し、を指さした。(P.259-260)

 

「私」とは

この物語のもう1人の語り手(●●●●●●●●)

麻倉雅美のこと。

 

メインパートの三人称は

雅美の視点の一人称だった。

つまり「叙述トリック」になっています。

「男だと思っていたら女だった」

「人物Aだと思っていたら人物Bだった」

みたいに容姿を誤認させるものとは違って

文章の構成を利用した叙述トリック。

 

わかりやすく例をあげると

アニメのナレーションをしていた声の人が

物語のラストで登場人物として

出てくるパターンがこれに当てはまります。

つまり今までの物語は

その人の回想だったということ。

俺の記憶では

アニメ『天元突破グレンラガン』がそうでした。

 

一人称はその人物の主観が入っても

何もおかしくない。

その人がそう思っているからです。

だから雅美が死体だと思っているから

ここで死体と書いても嘘にはならないのです。

 

ただし雅美が死体と思っているのは

この温子の時だけで

由梨江と雨宮の時は死体とは書かず

「身体」と書いて曖昧にしている。

これは雅美自身が後で語ったように

由梨江の態度から芝居だと

雅美も気づいたことを意味しています。

死体だと思っていないのに

死体と書いてしまったら嘘になる、

だから気づいてからは

死体とは書いていません。

 

本作の煽り文に

「1度限りの大トリック」とあるように

東野自身も公式ガイドブックで

「このトリックは1回だけだったら

使えるなと思っていたもの」だそうで

確かに「三人称が実は一人称」は

叙述トリックではルール違反に近いし、

それをフェアに近づけるための

状況が限定されすぎて

同じものを書くのは難しいだろう。


 

三人称を見破る伏線

「隠れた場所から全員の行動が見えて

全員の会話が聞こえている」という

限定されすぎた状況を作る苦肉の策が

「遊戯室とツインルームの間の空間」

 

物入れ自体は半畳ほどの広さで

一見しただけではわからない。

田所と久我も一度はここを見た

見落としていた。(P.88)

その左の羽目板を外した細長い場所に

雅美は隠れている。

 

ここには元々

卓球台がしまってあったが

邪魔なので仕方なく外に立て掛けた。

久我が何度か気になっていた卓球台

元はここにあったものだ。(P.71)(P.156)

 

 

雅美の三人称で書いてある場所は

すべて雅美の視線と

会話が拾える場所であったことに注目してほしい。

 

【小学校のスピーカー】
隠れ場所から遊戯室は

小学校のスピーカー(P.46)の裏をくり抜いて

編目ごしに見えるようになっている。

 

【丸い鏡】

由梨江のツインルームは

丸い鏡がマジックミラーで

視線と会話が通る。

同じツインでも、この部屋は本多のところよりも少し広めに出来ていた。壁際に机があり、それをドレッサーとして使用できるよう壁には丸い鏡が取りつけられていた。こういう利点があるから、あの女性二人はこの部屋を選んだのかもしれない。(P.136)

  • 椅子に座って化粧をする用の鏡だから、ちょうど車椅子に乗った高さにあるのもポイント。

 

【遊戯室とツインルームの間の鏡】

そしてラウンジと食堂は

吹き抜けになっているため

二階の手すりごしに

遊戯室とツインルームの間の鏡から

下のラウンジと

食堂の一部を見渡せる。

声はほとんど聞こえないので

ラウンジの棚の下に

盗聴器を仕掛けておいた。

遊戯室の隣が、由梨江と笠原温子の部屋だった。今は由梨江一人ということだ。就寝の挨拶をしておくかと、ドアの前に立った。すぐ横の壁に鏡があるので、そこに顔を写してみる。うん、なかなかいい顔だ。(P.46)

  • 久我のおどけた口調に気をとられてしまい、こんなところに鏡がある不自然さに気づかせない。この時点では久我も気づいていなかったが、彼は後に推理力が覚醒。ラウンジの棚の下の盗聴器も⑦二日目の夜には体操するふりをして見つけていた(P.221)し、⑧図を描いて人が隠れられる場所に当たりをつけていた。(P.225)

 

★⑨【見え方の限定された場所】

三人称で書いてある場所は

ラウンジ、食堂、

遊戯室、由梨江の部屋のみで

必ず場所の説明から

文章が始まっている。

「――ラウンジ。」

「――食堂。」のように。

  • 逆に言うとそれ以外の場所は雅美には見ることができない。そこで作者は「久我和幸の独白」を挟む必要があった。雅美が見えない場所を描く時は、久我の視点を使って補完している。本多の部屋、風呂場、外や井戸など

 

雅美は上記の「死体」以外には

自分の感想を述べず

見たままを描写している。

会話で自分の名前が出ても

まったく感情を入れないし

自殺に追い込んだ電話の件で

雨宮が「知らない」とシラを切っても

感情が爆発しないのはすごい。

この三人称を

一人称と見破るのは至難の業だろう。

 

【貴子の視力】

自分の知識を加えていると思えるのは

遠くから見た貴子が

久我に絵を描いてるのかと聞いた時、

貴子の視力がいいと書いた場面がある。

「お勉強?」

突然頭の上から声をかけられて驚いたようだ。久我は全身をぴくりと動かした。

「ああ、いえ、何でもないんです」

「絵を描いてるみたいね。何の絵なの?」

貴子の視力の良さをしらなかった久我は、うろたえてテーブルの上を隠した。「大したものじゃありません。中西さんは、まだお休みじゃなかったんですか」(P.225)

  • 貴子は眼鏡をしていないので視力がいいかどうかは見ただけでは誰もわからない。だから雅美自身の知っている知識が入ってしまったようだ。

 

 

 

本多の思惑

本多は雅美のことが好きだった。

去年のクリスマスには

ネックレスを贈っている。(P.220)

半身不随の彼女を支えるうちに

その気持ちは愛情へと変わった。

 

最初は本多も3人に怒りを覚え

雅美の復讐に手を貸すことに決めたが

3人を殺した後に雅美は

どうするのだろうという疑問が浮かび

彼女は死ぬつもりだ

という結論に達した。

このままでは誰も救われない。

本多は雅美に黙って3人に事情を話し

芝居に協力してくれるように頼んだ。

 

雅美が隠し部屋で見ているため

下手な芝居では見破られてしまう。

だから殺人シーンは

完璧にやらなければならない。

第一の殺人は

ヘッドホンのプラグで

温子が物音に

気づかないように工夫できた。

本多が入って来た時に

いくら殺される芝居中でも

自然な反応で振り返ってしまったら

雅美は不審に思うだろう。

 

第二の殺人で困ったことが起こる。

久我に一緒の部屋で

寝させてもらえないかと頼まれ

断るのはあやしまれると思って

OKしたのだが

そのせいで自分が殺人に行けなくなった。

風呂上がりに雨宮とすれ違ったので

時間を延ばして

久我を引き留めてくれと頼む。(P.113)

その間に由梨江殺しの代役を

メモで雨宮に伝えておいた。

雨宮は指示に従って

停電させて由梨江を襲った。

雅美が見ているので

姿を見られては困るからだ。

 

この「アリバイ作り」が本多を苦しめる。

雅美には本多が犯人でないといけない。

そうしないと計画が

狂っていることを知られてしまう。

久我が何度かアリバイのことを

みんなの前で言おうとするたびに

本多が何度も口止めすることになった。

(P.123)(P.170)(P.210)

 

久我がアリバイ作りのことを

由梨江に話をしに行ったと聞いた時は

本多も万事休すかと覚悟していたが

手洗いに行く途中の

廊下で話したと聞いて安堵する。(P.117)

  • 夜中に女性の部屋に行ったことを懸念する固いタイプかと思わせて別の意味で安堵していた。

 

本多が言った⑯「壁に耳あり」

まさにそのままの意味だった。

本多雄一はベッドから立ち上がった。

「ありえますね」と俺も出口に向かった。

「それから、外に出たらこの話は厳禁だぜ。壁に耳ありだからな」

本多が、ややおどけた顔でいった。(P.217)

 

 

本多を犯人と見抜くための伏線は

アリバイの件を

自分から話したがらないという他に

そこまであやしい点は見つからない。

 

あるとすれば

⑰由梨江の部屋で「凶器の紙」を

見つけたのが本多であること。

先に雨宮と久我が部屋を調べて

まだ探してなかったゴミ箱から

本多が見つけてきた。(P.148)

  • 由梨江を殺した犯人は犯行時にゴミ箱まで近づいていない。入口で殴って首を絞めて「設定三の紙」を置いて由梨江を引きずって出ている。よってゴミ箱に「凶器の紙」を入れたのは本多である。まだ探していなさそうなゴミ箱にあったことにしたが凶器の捨て場所にしては苦しいか。

 

雅美が自殺未遂を行う直前

雨宮たちが自宅を訪ねていた話に

本多がやけに雨宮に

食ってかかっていたのは

雅美への愛ゆえに

気持ちが昂ぶったのだろうか。

 

本多は雅美のために

殺人の芝居を続けていたが

実は雅美は由梨江殺しの時点で

自分が騙されていることに気づいていた。

 

そのきっかけは

田所が由梨江に告白して

「雨宮と付き合っているのか?」

と聞かれた時に、

本当のことを言って

田所を諦めさせなかったことだ。(P.108)

  • もうすぐ雨宮と婚約するというのに田所に気を持たせる必要はない。では誰に気を遣う必要がある?この会話を聞いているのは雅美しかいない。つまり……私なのだ、と。雨宮のことを好きな私がここにいることを由梨江は知っているから本当のことが言えないのだとわかってしまった。
  • しかしここで雅美にも別の感情が生まれている。はっきり断るチャンスだったのに田所を誤解させてまで雅美の気持ちを汲んでくれたことに感謝する気持ち。それがお互いを許し合うラストへと繋がる。

 

欠点や疑問など

  • 全面帯の表紙カバーがネタバレしている。
  • 誰がその部屋を選ぶか誰かに決められていないと、計画が狂うのでは?もし貴子が1人は嫌だと言い張って遊戯室の隣のツインに強引に泊まったらどうしたのか。
  • 温子が遊戯室で1人でピアノを弾くことが前提なのもおかしい。
  • 合格取り消しになろうが殺人が起きているのであれば連絡を入れないと自分達が困る立場にあるため、常識のある人がいたらこの設定は破綻する。
  • 久我の性格が悪い。他人を見下して馬鹿にしていて、好きになれない。
  • 本棚に並べてあった『そして誰もいなくなった』『グリーン家殺人事件』『Yの悲劇』が内容に関係がない。全部「古典」と呼ばれる海外のミステリーで、連続殺人を扱ったもの。ちなみに5種類あって残り2種類は判明していない。①海外の作家②1930年前後③連続殺人④シリーズでもとくに人気のあるもの――以上をふまえて俺の予想は、ディクスン・カー『三つの棺』、エラリー・クイーン『エジプト十字架の謎』の2つが有力候補。次点はアガサ・クリスティー『アクロイド殺し』、アントニー・バークリー『毒入りチョコレート事件』か。
  • ラウンジを見渡せる「遊戯室と由梨江の部屋の間の鏡」は、一階のラウンジを見る時に雅美は立ち上がらないといけないはず。半身不随で立ち上がれるのか?ほぼラウンジで会議しているため、その姿勢のことが多いし。仮に鏡が低い位置にあるのだとしたら、久我が「なかなかいい顔だ」と自賛した時にちょっと低いなとか感じないのも変だと思う。この問題は、鏡を「大きな姿見」にすれば解決できる。
  • 第一の殺人の後、出入口を調べる時、本多は遊戯室に最後に残ってプラグを抜いたと言うが、本多が最後まで残っていたという伏線は無い。
  • 貴子が「犯人だと思っていた人が犯人じゃないとわかるとショックだと思う」と言って、それをヒントに久我が雅美の黒幕を推理するが、それは逆。「犯人じゃないと思っていた人が犯人だとわかった方がショック」です普通に。どう考えても。
  • 「死体がない=被害者が犯人」という発想が登場人物たちの中にないのが解せない。殺人シーンを見ている読者は別として、それを知らない登場人物たちは、温子や由梨江が死んだふりをしている犯人だと思わないのだろうか。
  • 本当に殺人だった場合、本多は自分の方が罪が重いのだが……雅美が自殺するかどうかの心配している余裕はない。お前はどうするつもりなんだ?
  • 本多に「殺される芝居をしてくれ」と言われて、雨宮たちが素直に従うのはどう考えてもおかしい。雅美に隠し通すつもりなら、雨宮たちは今後も死んだことになるの?一生会わないは不可能ですから、どこかでネタバラシしないといけないが、実は芝居でしたと雅美に明かしたら「また私を騙しやがって!」とキレるでしょ。素直に謝ったらいいのに……。
  • トリックのためとはいえ、「久我和幸の独白」があるのだから、雅美の一人称に何も表記しないのは完全にフェアとは言えない。「ノックスの十戒」を出して、「フェアとかアンフェアとかガタガタ言うな」と本多に言わせている(P.144)のが作者の言い分なのでしょうけど。
  • 人を殺そうとした犯人(雅美)が何の報いも受けず、逆に被害者面しているのが気になる。自殺の原因は温子の電話だが先にタイヤをパンクさせた方が絶対に悪いと思う。温子の電話は直接死にはしないが、雅美のやったことは一歩間違ったら本当に死にますからね。

 

 

裏旋探偵の推理

今回は外しました。完敗です。

 

殺人はすべて芝居だった→×

最初に『宇宙兄弟』のJAXAの試験のグリーンカードを思い出した。宇宙船を想定した閉鎖空間での生活で、変なトラブルが起きるのだが、実はJAXAからグリーンカードで命令されている人がいて、他人に知られないようにしてトラブルを起こし、みんなが協力して対応できるか実験する話。これも実は芝居ではないかと最初は疑っていた。「――ラウンジ」みたいに場所の説明から入るのはト書きっぽい。

ところが「死体」のミスリードにまんまと引っかかった。実は作中に出た作品も翻訳のミスか死んでいない人物を「遺体」と書いていて、そこがケチのつけどころだったんですが、「死体」と書く以上は実際に殺人が行われていると確定で推理し、もしも芝居だったら「死体」の件で文句を言ってやろうと思っていた。

本当の殺人前提で推理していたので外したけど、でもこの「芝居だったオチ」でこれほど救われたエンディングは他に見たことがない。芝居でよかったと本気で思った。これで殺人だったらみんな救われない……。やっぱ大団円で終わるのが1番よ。

 

 

犯人は本多雄一、黒幕は麻倉雅美。→△

まず殺人の状況からいつものように消去法で推理。

①久我和幸は犯人ではない。探偵役なので。

②本多雄一は犯人ではない。由梨江殺しでアリバイがある。

③中西貴子は犯人ではない。扼殺していることから女性の握力では無理があるし、引きずって外まで運ぶのはさらにきつい。

④田所義雄は犯人ではない。自分から電話を掛けようとした。自分で外部に知らせては意味が無い。由梨江が雨宮と付き合ってないと聞き、希望に満ちて部屋に戻ったのに由梨江を殺す必要もない。雨宮から「いや付き合ってるよ」と言われてない限りは。

⑤東郷陣平や小田伸一が外からやって来て殺しているとは考えなかった。なぜかわからん。多分それは面白くないからだろう。

⑥よって雨宮京介があやしいが、もっと怪しい人物として麻倉雅美がいる。スキー事故の後、半身不随になったというが面会できていないと聞いて、実は歩けるのではと考えた。だからこのペンションのすぐ近くの車の中とかで様子を窺っていて、夜になって殺しにやってくる。姿がわからないため雅美は怪力少女かもしれない。それは無理があるとして雨宮が協力者の可能性は高い。雅美・雨宮の主従かなと推理。

ところが雨宮が殺されてしまい推理は破綻。そこで本多のアリバイを言わないところがやけにあやしく思えて、雅美・本多の主従かと気づくも……遅い。

 

 

麻倉雅美が物入れの奥に潜んでいた→×

いや気づかんって。「三人称を装った一人称トリック」をやるためだけにそこに潜んでいるのは、雅美さん作者に抗議していいと思う。しかし見取り図を見た時、なんか変なスペースあるなとは思ったんですよ。でも雨宮の両隣も空室で怪しいしそっちが関係するのかと思わされた。

とくにあの遊戯室の隣の鏡は俺も怪しいと思って「なぜここに?」とメモしていた。なぜ思い出せないの。

 

 

三人称を装った雅美の一人称→×

これに気づく人いるの?素直に読んでいたら確実に騙されるし、三人称とか一人称とか気にしない人が多いと思う。いやむしろフェアかフェアじゃないか議論になることがよくわからない人もいそう。うん、難しいことは気にしないほうがいいね。楽しく読もうね。ちなみにこの作品の略称、自分は「アルトゥーザ」と呼んでます。

 

 

好事家のためのトリックノートトリック分類表

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