《オーストラリア・ゴールドコースト》
コアラツアー殺人事件 ㊲
「鯨井は自分から白状したのも同然で、俺は奴のことを徹底的に調べたよ。
探偵事務所に依頼したり、帰国のときは自分でも調べたよ」
「結果分かって来たのは、4人組みがやった悪行の数々だった」
それに、もっと核心を突くことが判明した。
追い越された目撃者が、
運転をしていたのは鯨井明で、助手席の3人は棒などで威嚇していた、と。
「どうして俺に知らせなかったの」
「復讐劇が固まりかかっていたからね。宏ちゃんに話せば反対されるさ」
それに、演じて欲しい役もあった。
――俺は、4人を道連れに死ぬ。由梨絵と翼に謝らせる。
「それからの俺はね、奴に、好かれるようあらゆる工夫をしたよ」
キャンセルが出たから、安く行ける――。
キャンペーンの期間だから、特別料金――。
モニターに決まった――。
でっち上げの話を伝えて、ただ同然の料金で海外旅行をさせた。
「参加したツアーではね、俺も休暇を取って同行し、徹底的にサービスしたよ。
カジノで儲けさせたし、女も抱かせた。
すると奴は、徐々に心を開き、身の上話をするようになったよ」
大概は知っていたが、次回の選挙に立候補することなど――。
「ただし父親の条件は、熊木たち3人の関係を断つこと、だった。
あんな者が付いていたら、将来禍根を残す。
デビュー前に、己の力で整理しろ」、と。
「そこで俺は、自分の悩みをさらけ出す振りを見せてね、
会社の金の、使い込みを話したんだ」
しかもそれを、ある男に知られてゆすられている。
何とかしないと、俺の一生は目茶苦茶になってしまう。
「ゆすっている野郎が、俺の役だね。不得手な悪役だな」
「信用して任せられるのは宏ちゃんしかいないものね。
奴は俺の嘘を信じて、興味を持ち出した。そこで次の段階に移った」
――事故に見せかける交換殺人。しかも実行は全て俺がやると言った。
「そんな都合のいい話があるの?」
「そうしないと、小度胸な奴は、踏ん切りが付かないからね」
――狙いは4人。宏ちゃんはそこにいてくればいい。
「要するに、講師の依頼や、コアラツアーはシナリオの一部だったんだね」
「俺は奴に、筋書きを丁寧に説明したよ」
深夜泊り客がベランダから墜落する。
翌朝同室者のあなたは警察に呼ばれて事情を聞かれる。
しかし2人の間にこれといった争いになる要因がないので、
警察は酔った上での事故と結論付ける」
「そのころ、あなたの仲間の3人は、俺が手配した車の事故で死んでいる」
――アリバイがあるあなたは、疑われない。
私は泰一君の話しを聞きながら、泰一君の悲しみと憤りを感じた。
泰一君はこの世にいながら、
すでに由梨絵さんと翼君の世界へ行っていたのだろう。
でなければ、
こんな恐ろしい計画を立てる、男ではない。
「4日目の夕方、宏ちゃんたちが事故のことで電話をくれたね、
俺はうれしかったよ。
誰も気づいてない殺人を、宏ちゃんたちは気づいてくれた。
追う者と追われる者、立場が違っても、一本の紐に結ばれている」
「じゃ俺たちが報告した内容で、焦った訳ではないんだね」
「自分でもよく分からないんだけどね、そういうことなんだな」
「具体的に教えていただけますか、この辺が肝心ですから」
黙々とメモを取っていたミルク君が、話に加わってきた。
「缶ビールのロゴや、消えた一本はダイニング・メッセージでしたか」
「そうです。あなたたちならいずれ見破ると思っていましたよ。
鯨井のビールの癖や、少し開いていたガラス戸。
誰が消したかわからない電灯。全て計算しました。
ミルクさんの会社の部長さんは、想定外でしたけどね」
「それにしても、3人を車の事故で殺害すなんて、
テレビドラマじゃあるまいし、明さんは信じたのかね」
「俺もそこは不安だったけど、そうとう奴は焦っていたんだろう、
引っかかって来たよ」
「俺は歓迎パーティーが終わると、
従業員用のエレベーターで43階まで上がり、
社で押さえている部屋に入ったんだ。
宏ちゃんたちの階の一つ上で、しかも真上の部屋だよ。
ここなら、いくら登山の腕が鈍っても、簡単だな」
「明さんは、自分がやられるのも知らず、殺人計画に加担したわけか」
「打ち合わせでは、午前1時、ぐっすり寝込んだところを襲うと決めていたよ。
それで、宏ちゃんの寝込みを確認し、あんたがベランダへ出て合図をしろ、
と、教えておいたんだ」
と同時に、この時点で私は、ガラス戸がなぜ開いたのかを理解した。
「でも明さんは、最後まで、泰ちゃんの計画を気付かなかったのかね」
「ベランダへ降りたとき、俺は打ち合わせと言って、
鯨井を、ベランダの海側の奥まで誘い出したんだ。
そしてね、いざ突き落とそうとしたとき、
素直に謝ってくれれば、止めようと思ったんだよ」
「ところが奴は、びっくりし、妻の運転をなじったんだ。
それで俺は、切れてしまったよ」
躊躇した気持ちは本当だろう。
泰一君はそういう男だ。
明さんは、一瞬の間に、本来の資質を見せてしまったのだろうか――。
つづく