推理小説「コアラツアー殺人事件」㊵ (ラスト) | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

《オーストラリア・ゴールドコースト》

コアラツアー殺人事件 ㊵

 

 

 

《ツアー・7日目》

 

 

 最後の日になった。

 

私はもう一度泰一君に会いたく、警察行きを願った。

 

ミルク君も部長への報告のために、日程を切り上げ日本へ帰ると言う。

 

私たちは空港まで送ってくれると言う三浦夫妻の車に乗って、

 

警察への寄り道をした。

 

 

 

一夜、留置場で過ごした泰一君は、どんな心境だろう。

 

もっと、私に出来たことがあったのではないのか。

 

 

こんなことで友情は壊れないが、身体のことが心配だ。

 

詳しく訊かなかったが、実態はどうなのだろう。

 

諦めが早すぎるんじゃないのか――。

 

 

泰一君には、これから辛い時間が続くのだろうが、

 

死の淵を歩いていた男が、一か八かで仕掛けた殺人芝居、

 

満足しているのだろうか。

 

 

 

いや、満足する筈がない。

 

泰一君はそんな男ではない。

 

私は、シナリオライターに断らずに、土壇場を変えてしまった。

 

これでよかったのか。

 

 

 

人を殺してはいけない――。

 

希望を持って生きろ――。

 

子供でも分かりきったことを、言うつもりはないが、

 

泰一君の心に、今、何が残っているのだろう。

 

 

 

 署長の計らいで面談を許された私とミルク君は、

 

無機質な取調室で泰一君を待った。

 

刑事に伴われた姿は、以前の穏やかさが感じられてホッとする。

 

 

席に座ると、静かに、

 

「宏ちゃんがいてよかったよ。桑原さんを助けてくれて有難う」

 

 小さく息を吐くと頭を下げた。

 

 

 

「何回も止めよう、止めようと思ったが、

 

一旦転がりだした憎悪は、

 

簡単に止めることが、出来なかったよ。

 

一晩じっくり考えたけどね、宏ちゃんを引きずり込んだのは、

 

無意識に、ブレーキ役を求めていたからだろうね、

 

今になっては、虫のいい話だけどね」

 

 

「パラシュートに掴まり、真下の街を眺めたとき、

 

初めて、ゴールドコーストの美しさに気付いたよ。

 

「俺は、こんな素敵な街に住んでいたんだ」、と。

 

 

 泰一君はそこで口を閉じたが、

 

私は、何か云おうと言葉を捜すが出てこなかった。

 

 

 

「俺は判決まで命が持つか微妙だけど、生きている限り3人の冥福を祈るよ。

 

そうしないと、由梨絵と翼に怒られそうだしな」

 

 静かに微笑を浮かべたが、私は泰一君の拳を握って言った。

 

 

「死ぬなよ、絶対死ぬな。また来るからね」

 

 

 

 私とミルク君は取調室を後にした。

 

 

 

 午前11時。成田行きの便が離陸し、高度を上げて行く。

 

そのとき窓の外を見ていたミルク君が、小さく叫んだ。

 

「あら、虹が出ているわ」

 

 

 それは、泰一君の心に生まれた、優しい光だと私は思った。

 (