《オーストラリア・ゴールドコースト》
コアラツアー殺人事件 ㊵
《ツアー・7日目》
最後の日になった。
私はもう一度泰一君に会いたく、警察行きを願った。
ミルク君も部長への報告のために、日程を切り上げ日本へ帰ると言う。
私たちは空港まで送ってくれると言う三浦夫妻の車に乗って、
警察への寄り道をした。
一夜、留置場で過ごした泰一君は、どんな心境だろう。
もっと、私に出来たことがあったのではないのか。
こんなことで友情は壊れないが、身体のことが心配だ。
詳しく訊かなかったが、実態はどうなのだろう。
諦めが早すぎるんじゃないのか――。
泰一君には、これから辛い時間が続くのだろうが、
死の淵を歩いていた男が、一か八かで仕掛けた殺人芝居、
満足しているのだろうか。
いや、満足する筈がない。
泰一君はそんな男ではない。
私は、シナリオライターに断らずに、土壇場を変えてしまった。
これでよかったのか。
人を殺してはいけない――。
希望を持って生きろ――。
子供でも分かりきったことを、言うつもりはないが、
泰一君の心に、今、何が残っているのだろう。
署長の計らいで面談を許された私とミルク君は、
無機質な取調室で泰一君を待った。
刑事に伴われた姿は、以前の穏やかさが感じられてホッとする。
席に座ると、静かに、
「宏ちゃんがいてよかったよ。桑原さんを助けてくれて有難う」
小さく息を吐くと頭を下げた。
「何回も止めよう、止めようと思ったが、
一旦転がりだした憎悪は、
簡単に止めることが、出来なかったよ。
一晩じっくり考えたけどね、宏ちゃんを引きずり込んだのは、
無意識に、ブレーキ役を求めていたからだろうね、
今になっては、虫のいい話だけどね」
「パラシュートに掴まり、真下の街を眺めたとき、
初めて、ゴールドコーストの美しさに気付いたよ。
「俺は、こんな素敵な街に住んでいたんだ」、と。
泰一君はそこで口を閉じたが、
私は、何か云おうと言葉を捜すが出てこなかった。
「俺は判決まで命が持つか微妙だけど、生きている限り3人の冥福を祈るよ。
そうしないと、由梨絵と翼に怒られそうだしな」
静かに微笑を浮かべたが、私は泰一君の拳を握って言った。
「死ぬなよ、絶対死ぬな。また来るからね」
私とミルク君は取調室を後にした。
午前11時。成田行きの便が離陸し、高度を上げて行く。
そのとき窓の外を見ていたミルク君が、小さく叫んだ。
「あら、虹が出ているわ」
それは、泰一君の心に生まれた、優しい光だと私は思った。
(了)