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YARDBIRD SUITE

~チャーリー・パーカーの思い出~

再会した竹中労は、一刻なまでに「筆の人」であり「情熱の人」だった。書名のとおり芸能人について書かれた文章が収められ、掲載誌に応じて筆致も視点も異なるのだが、一貫して流れているのは「命がけ」の尊さだ。役者が河原乞食の精神を失うことを憂い、歌い手が歌以上に大切なものを持つことを憂う筆には、芸能を享受する側の愛が溢れている。いま、こういう人物がいない。いたとしても、世には出て来られない。なんと不幸で不毛な時代であることか♪

 

          

相変わらずの暮らしなので、しばらくは最近読んだ本の話を不定期に書いて行こうと思う。高校生の頃、全日本歌謡選手権という、その後のスター誕生のようなテレビ番組があった。それそのものが子供には胡散臭く思えたし、居並ぶ審査員たちも胡散臭く見えた。そこでひときわ胡散臭かったのが竹中労という人だった。当時の肩書きは覚えていないが、音楽関係者ではないというだけでインチキに思えたのだ。作曲家や歌い手が素人やプロの歌を審査するのはわかるけれど、例えば音楽評論家という肩書きだったとしても、そんな奴に何が分かるんだろうと、子供心に思っていた。その竹中労と、この本で再会したのだった。

 

          

気仙沼では中秋の名月を「お名月つぁん」と呼ぶ。~つぁんは親しみを込めた呼び方で、例えば宗吉という人物がそうきっつぁんと呼ばれるなら、好ましく思われ、慕われている証左と言えよう。おめげっつぁんには萩やススキを飾り、栗や果物を供える。市内の菓子店では栗だんごが売られたりもする。そんなふうに自然や風物を讃えることは即ち生命を讃えることであり、生きていることを全肯定する行為だと、気仙沼に住み暮らしてしみじみと感じている。本日は晴天なり。今夜の月は、さぞかしきれいだろう♪ 

   

   

 

いろいろとてんやわんやの暮らし、毎日更新するのもゆるぐねぇ。はかはかンなっだ…。というわけで、しばらく更新は不定期にします。上記の気仙沼弁は「大変だ。息切れした」という感じです。

 

 

獅子てんや瀬戸わんや♪

 

 

子供の頃はテレビの「お笑いタッグマッチ」や「末広演芸会」なんていう演芸番組が楽しみだった。今で言うバラエティー番組ですね。寄席中継も多かった。そもそも寄席はバラエティーショーを提供する場だから。落語あり、漫才あり、歌(音曲とかボーイズ)あり、手品あり、声帯模写(ものまね)あり…書いていて悲しくなってしまった。寄席は、文化だったのだ。獅子てんや瀬戸わんや、大好きな漫才だった。ネタは、獅子てんやがひとつのことをしびらっこく言い続けて、瀬戸わんやがそれにキレる、というパターンが多かった。えーと、しびらっこいは気仙沼弁で「しつこい」というくらいの意味です。

 

 

タマゴの親父ゃ ぴよこちゃんじゃあ~♪