改めて「いい役者」と「うまい役者」について | 連ドラについてじっくり語るブログ

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私めはこのブログで連ドラを批評するにあたって、演じる役者さんの演技について言及することが多いのですが、





私めの基本的な考え方として、役者さんには大きく分けて「いい役者」と「うまい役者」がいる…というのが私めの持論です。





「うまい役者」というのは説明するまでもないでしょうが、演技力でどんな役柄も、まるでその人物であるかのように演じる人です。




役者自身の本来のキャラを殺してでも役になりきってしまう…そういう役者さんたちです。





一方、それとは別に「いい役者」と呼ぶべき人たちもいます。




こちらは何を演じても○○はいつも○○だね~と言われがちの人で、その人自身に備わるスター性があるからこそ、それが許される役者さんたちです。




役に自分を合わせるのではなく、役を自分に引き付けてしまう人なのです。





いわゆるスーパースター的な人にはこのタイプが多く見られます。





つまり、役者をすべて同じ尺度で評価しようということ自体、ナンセンスなことだと私めは考えているのです。




○○はヘタだ、棒読みだ、何やっても同じだとネットで酷評する人もいますが、誰も彼もが「うまい役者」でなければならないというのはいかがなものかと私めは思います。





今クールのドラマで例をあげれば、
「インハンド」の山下智久は「いい役者」、濱田岳は「うまい役者」
「きのう何食べた?」の西島秀俊は「いい役者」、内野聖陽は「うまい役者」


…ってことになります。
お分かりいただけましたか?




…ですから、「集団左遷!!」の福山雅治は「いい役者」、香川照之、三上博史は「うまい役者」ってことになります。




しかし、今回の福山雅治は福山雅治自身のキャラに役がフィットしていないために、ネット上では酷評されているようです。




「いい役者」は自身のスター性に傷をつけないために、役選びは慎重にしなければなりません。





高倉健が生涯守り続けたように、ファンが求めるイメージを崩してはいけないんですね。
○○ってやっぱりいいよね~と言われ続けなければならないんですから大変です。





…というわけで、そういう考え方あって記事を書いているということを念頭に置いてお読みいただけると幸いです。