【童話】
「お堂の下の、豆もやし」
武くんが打った球が、お寺のお堂まで飛びました。
外野を守っていた、太郎くんと八郎くんが追いかけて拾いましたが、
お堂の床下に、豆もやしが生えています。
「こいつ、棒で引っかき回してやるか」
「駄目だよ! そんなことしたら死んでしまうじゃないか」
太郎くんが止めさせると、
八郎くんは「ふん」と言い、皆のところへ戻りました。
ところが太郎くんが、戻ろうとしたとき、
「命を助けてくれて、ありがとう」
どこからか、声が聞こえます。
しかし、周りには誰もいません。
「命を助けてくれて、ありがとう」
耳を澄ますと、お堂の床下からです。
でも、そこには豆もやしが生えているだけです。
太郎くんは不思議に思い、豆もやしに聞きました。
「きみは……、人間の言葉が話せるのかい?」
「うん、話せるよ。命の恩人にはお礼を言わないとね」
「でもそんな場所だと、寂しくないかい?」
「寂しくないよ。生まれてこのままだものへいきさ」
太郎くんは、そんなものかと感心しました。
「でも、皆が寄ってくれて色々なことを教えてくれるよ。
ぼく、太陽だって知っているんだぜ」
「へえー! 床下では見えないのに、太陽を知っているの」
「太陽は空の上に輝いて、地球を暖めてくれるんだ」
「すごいなー、ぼくよりもの知りだね」
「そんなことないよ、人間が一番もの知りだよ」
「ときどきここへ来るけど、いいかい?」
太郎くんが約束して広場に戻ると、
入れ替わりに、
左目に傷のあるヘビが、体をゆるがしながらやって来ました。
「おう、おう、しけた顔をして、景気はどうだ!」
「ここにいるだけだもの、相変わらずだよ」
「つまんねー奴だな。
俺様はな、鎮守(ちんじゅ)の森の大ヘビをやっつけて、
大けがをさせたんだぞ! すげーだろう」
「どうしてケンカをするの?」
「それは生きるためだから、仕方がねーさ」
「仲良くできないの?」
「ふん、ケンカが弱いヘビなんか、メスは寄りつかないよ。
これからな、一本杉の田んぼに、
いせいのいいヘビがいると云うから、やっつけて来るよ」
「あまり乱暴(らんぼう)しないでね」
ヘビが立ち去ると、今度はガマガエルが来ました。
「ヘビのヤロウー、どこへ行くって言ったかい?」
「一本杉の田んぼだって。いせいのいいヘビがいるらしいよ」
「じゃ、当分こっちへは来ねえな」
「そうだね。でも怖い顔で、ガマガエルさんもヘビが嫌いなの」
「好きも嫌いもあるかよ。あいつらは天敵(てんてき)だよ。
仲間の何人かが、飲み込まれて命を落としているんだ。
でも、ヘビの目を知っているかい?
飾りもんで、良く見えないんだぞ」
「前が良く見えないの⁉」
「そうだよ。ヘビはね、熱に敏感(びんかん)で、
ちょっとした温度の差で、ものを判断(はんだん)するんだ。
だから、温度が動くことで鼠(ねずみ)だとか、
ガマガエルと見分けているんだよ」
「ガマガエルさんは、もの知りだね」
「命がかかっているからな、真剣だよ」
「でもヘビさんはぼくに優しいよ?」
「そりゃお前、相手にされていないってことだよ。
お前の中身はほとんど水分だろう、食欲が湧かないってことだな。
オッとむだ口はきんもつ、仲間にヘビのじょうほうを伝えよう」
ガマガエルはそう言うと、来た道を帰って行きました。
少したつとミツバチの親子が飛んで来ました。
子供のミツバチが、豆もやしの頭に乗ろうとすると、
母親のミツバチが、
まるで、汚いものにさわるよう、注意をします。
「ダメですよ、もやしは花じゃないからミツなんかありません。
むだなことは止めて、こちらへいらっしゃい」
豆もやしに目もくれず、お高くとまった態度です。
豆もやしはカチンときたので、
子供のミツバチに、ささやきました。
「本当は、ミツをたっぷり貯(た)めているけど、
残念だね」
そんな毎日でしたが、時には変な鳥が飛んできます。
床下の地面を食べるのです。
豆もやしは、不思議に思い聞きました。
「土を食べて、美味いの?」
「何も知らないんだな。この土はミネラルといって、
生き物にとって、大切な栄養素(えいようそ)を含んでいるんだよ。
こんなすばらしい場所は初めてだな。
お前も、ミネラルで長生き出来るんだぞ」
「知らなかったな。でも、誰も教えてくれなかったよ」
「だったら黙っていることだな。知られたら全部食べられちゃうぞ」
おれと、お前の秘密(ひみつ)だ――。
変な鳥は飛び立ちました。
夏はカミナリの季節です。
今日も、にゅうどう雲が天高く上ります。
夕方には、カミナリの大あばれがあるでしょう。
豆もやしは、怖くてたまりません。
すると、空のカミナリが言いました。
「豆もやしの坊主、元気か?」
「あれ、カミナリのおじちゃんかい?」
「そうだ。今夜この辺りで大あばれするから、期待しておけよ」
「でも、ぼくの周りに落とさないでよ、気が小さないんだから」
「分かっているよ。小さいのにするよ」
晴れていた空が、真っ暗になり、いな光りがします。
ゴロゴロという、雷鳴(らいめい)もなり出しました。
すると、
バケツをひっくり返したように、雨が降り出します。
ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。
ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。
ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。
ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。
しかし、カミナリが過ぎると青空が戻って、
すがすがしい気分になります。
「カミナリのおじちゃん、ありがとう」
夏が過ぎると秋が来て、やがて寒い冬になります。
雪も降ります。
太郎くんが友だちになった豆もやしは、
いつの間にか、姿を消してしまいました。
太郎くんは悲しくなって、
いろいろな場所を探しましたが、見つかりません。
そして、春になり暖かい日です。
太郎くんが、なにげなくお堂の床下を見ると、
消えたはずの豆もやしが、生えています。
「あれ、どこへ行っていたの? 探したんだよ」
すると豆もやしが言いました。
「違います。私は、太郎さんが助けてくれたやしとは違います。
私たちは、春に芽ぶき、秋には命を落とす運命です。
短い一生です。
でも、短い一生でも、
上を見れば切がない、下を見れば切がないのです。
セミは、一週間で死にます。
人間も、何千年生きるじょうもん杉に勝てません。
一日を精いっぱい生きれば、充実した一生ではないでしょうか」
太郎くんはなるほど、と感心しました。
「君はすごいな、そんなことまで知っているのかい」
「いいえ、私たちは誰の助けもなく、生きていかなければなりません。
ですから、生きるための知識が、のうみそに全部つめ込まれています。
太郎さんの、優しい心を感じるのもそのせいです」
「いや、ぼくはそんな優しい子供じゃないけど、野球のとき、
球が飛ばないように注意するね」
太郎くんはこれから、
外野の守備を、変われと言われても、ゆずらないと決意しました。
(おわり)