随筆「お堂の下の、豆もやし」 | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

【童話】

 

お堂の下の、豆もやし」

 

 

武くんが打った球が、お寺のお堂まで飛びました。

 

 外野を守っていた、太郎くんと八郎くんが追いかけて拾いましたが、

 

お堂の床下に、豆もやしが生えています。

 

 

「こいつ、棒で引っかき回してやるか」

 

「駄目だよ! そんなことしたら死んでしまうじゃないか」

 

 

太郎くんが止めさせると、

 

八郎くんは「ふん」と言い、皆のところへ戻りました。

 

 

ところが太郎くんが、戻ろうとしたとき、

 

「命を助けてくれて、ありがとう」

 

 どこからか、声が聞こえます。

 

しかし、周りには誰もいません。

 

 

「命を助けてくれて、ありがとう」

 

 

耳を澄ますと、お堂の床下からです。

 

 

でも、そこには豆もやしが生えているだけです。

 

 

太郎くんは不思議に思い、豆もやしに聞きました。

 

「きみは……、人間の言葉が話せるのかい?」

「うん、話せるよ。命の恩人にはお礼を言わないとね」

「でもそんな場所だと、寂しくないかい?」

「寂しくないよ。生まれてこのままだものへいきさ」

 

 太郎くんは、そんなものかと感心しました。

 

 

「でも、皆が寄ってくれて色々なことを教えてくれるよ。

ぼく、太陽だって知っているんだぜ」

「へえー! 床下では見えないのに、太陽を知っているの」

「太陽は空の上に輝いて、地球を暖めてくれるんだ」

「すごいなー、ぼくよりもの知りだね」

「そんなことないよ、人間が一番もの知りだよ」

「ときどきここへ来るけど、いいかい?」

 

 

 

 太郎くんが約束して広場に戻ると、

 

入れ替わりに、

 

左目に傷のあるヘビが、体をゆるがしながらやって来ました。

 

 

 

「おう、おう、しけた顔をして、景気はどうだ!」

「ここにいるだけだもの、相変わらずだよ」

「つまんねー奴だな。

俺様はな、鎮守(ちんじゅ)の森の大ヘビをやっつけて、

大けがをさせたんだぞ! すげーだろう」

 

「どうしてケンカをするの?」

「それは生きるためだから、仕方がねーさ」

「仲良くできないの?」

 

「ふん、ケンカが弱いヘビなんか、メスは寄りつかないよ。

これからな、一本杉の田んぼに、

いせいのいいヘビがいると云うから、やっつけて来るよ」

 

「あまり乱暴(らんぼう)しないでね」

 

 

 ヘビが立ち去ると、今度はガマガエルが来ました。

 

 

「ヘビのヤロウー、どこへ行くって言ったかい?」

「一本杉の田んぼだって。いせいのいいヘビがいるらしいよ」

 

「じゃ、当分こっちへは来ねえな」

「そうだね。でも怖い顔で、ガマガエルさんもヘビが嫌いなの」

「好きも嫌いもあるかよ。あいつらは天敵(てんてき)だよ。

仲間の何人かが、飲み込まれて命を落としているんだ。

でも、ヘビの目を知っているかい? 

飾りもんで、良く見えないんだぞ」

 

「前が良く見えないの⁉」

 

「そうだよ。ヘビはね、熱に敏感(びんかん)で、

ちょっとした温度の差で、ものを判断(はんだん)するんだ。

だから、温度が動くことで鼠(ねずみ)だとか、

ガマガエルと見分けているんだよ」

 

「ガマガエルさんは、もの知りだね」

 

「命がかかっているからな、真剣だよ」

 

「でもヘビさんはぼくに優しいよ?」

 

「そりゃお前、相手にされていないってことだよ。

お前の中身はほとんど水分だろう、食欲が湧かないってことだな。

オッとむだ口はきんもつ、仲間にヘビのじょうほうを伝えよう」

 

 

ガマガエルはそう言うと、来た道を帰って行きました。

 

 

 

少したつとミツバチの親子が飛んで来ました。

 

子供のミツバチが、豆もやしの頭に乗ろうとすると、

 

母親のミツバチが、

 

まるで、汚いものにさわるよう、注意をします。

 

 

「ダメですよ、もやしは花じゃないからミツなんかありません。

むだなことは止めて、こちらへいらっしゃい」

 

 

豆もやしに目もくれず、お高くとまった態度です。

 

豆もやしはカチンときたので、

 

子供のミツバチに、ささやきました。

 

 

「本当は、ミツをたっぷり貯()めているけど、

残念だね」

 

 

 

 

そんな毎日でしたが、時には変な鳥が飛んできます。

 

床下の地面を食べるのです。

 

豆もやしは、不思議に思い聞きました。

 

 

「土を食べて、美味いの?」

 

「何も知らないんだな。この土はミネラルといって、

生き物にとって、大切な栄養素(えいようそ)を含んでいるんだよ。

こんなすばらしい場所は初めてだな。

お前も、ミネラルで長生き出来るんだぞ」

 

「知らなかったな。でも、誰も教えてくれなかったよ」

 

「だったら黙っていることだな。知られたら全部食べられちゃうぞ」

 

 おれと、お前の秘密(ひみつ)だ――。

 

変な鳥は飛び立ちました。

 

 

 

夏はカミナリの季節です。

 

今日も、にゅうどう雲が天高く上ります。

 

夕方には、カミナリの大あばれがあるでしょう。

 

豆もやしは、怖くてたまりません。

 

 

すると、空のカミナリが言いました。

 

「豆もやしの坊主、元気か?」

 

「あれ、カミナリのおじちゃんかい?」

 

「そうだ。今夜この辺りで大あばれするから、期待しておけよ」

 

 

「でも、ぼくの周りに落とさないでよ、気が小さないんだから」

 

「分かっているよ。小さいのにするよ」

 

 

晴れていた空が、真っ暗になり、いな光りがします。

 

ゴロゴロという、雷鳴(らいめい)もなり出しました。

 

 すると、

 

バケツをひっくり返したように、雨が降り出します。

 

ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。

 

ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。

 

 

ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。

 

ゴロゴロぴかぴか。ゴロゴロぴかぴか。

 

 

 

しかし、カミナリが過ぎると青空が戻って、

 

すがすがしい気分になります。

 

 

「カミナリのおじちゃん、ありがとう」

 

 

 

 

夏が過ぎると秋が来て、やがて寒い冬になります。

 

雪も降ります。

 

太郎くんが友だちになった豆もやしは、

 

いつの間にか、姿を消してしまいました。

 

太郎くんは悲しくなって、

 

いろいろな場所を探しましたが、見つかりません。

 

 

 

 

そして、春になり暖かい日です。

 

太郎くんが、なにげなくお堂の床下を見ると、

 

消えたはずの豆もやしが、生えています。

 

 

「あれ、どこへ行っていたの? 探したんだよ」

 

 

 すると豆もやしが言いました。

 

 

「違います。私は、太郎さんが助けてくれたやしとは違います。

私たちは、春に芽ぶき、秋には命を落とす運命です。

短い一生です。

でも、短い一生でも、

上を見れば切がない、下を見れば切がないのです。

 

セミは、一週間で死にます。

人間も、何千年生きるじょうもん杉に勝てません。

 

一日を精いっぱい生きれば、充実した一生ではないでしょうか」

 

 

 太郎くんはなるほど、と感心しました。

 

「君はすごいな、そんなことまで知っているのかい」

 

「いいえ、私たちは誰の助けもなく、生きていかなければなりません。

ですから、生きるための知識が、のうみそに全部つめ込まれています。

太郎さんの、優しい心を感じるのもそのせいです」

 

 

「いや、ぼくはそんな優しい子供じゃないけど、野球のとき、

球が飛ばないように注意するね」

 

太郎くんはこれから、

 

外野の守備を、変われと言われても、ゆずらないと決意しました。

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