【短編小説】 「えんか」 ⑤ | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

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自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

 

【短編小説】

「えんか」  ⑤

 

 

 

 

 それから半年ほど後。時々智子の近況を知らせてくれていた中川が、面白い情報を康宏に伝えてきた。

 

 

「女はしたたかなものだね、むしろ俺は偉いと思うよ。智子な、フラダンス教室を始めて繁盛しているよ」

 

 

 

 スタジオ開きには中川夫妻も何かと相談され裏方をやったが、智子が康宏にも招待状と言い出した。しかし中川は、時期も時期だから次回と答えて内緒にさせた。更に業界誌やインターネットに広告を載せると、かなりの生徒が集まって来た。

 

 

「今の年寄は元気だからな、時間を持て余しているよ。年金があるから五、六千円は屁でもないらしいな」

 

 

 内職の段階から一気に事業の域に変貌しているという。智子は事業家としての父親の血筋を引いているのだろう。中川は感心した口ぶりで言った。具体的には午後の部は三十人ほどで夜の部は四十人ほどいる。それが週の六日間続く。授業は週一回で月に四回が原則だが特別料金を払うと、何回でもOKのシステムになっている。

 

 

「一人六千円として、経理専門家のお前なら簡単に月の水揚げが分かるだろう」

 

 しかも智子は、二号店から三号店、四号店まで構想に入れている。父親も東京進出の拠点になるのではないかと考えたから、成功するだろうと中川が付け加えた。

 

 

「どうだい康宏」

「何が」

「経理担当重役として入ったら」

「俺が」

「そうさ、元は夫婦だし問題ないだろう」

「そうはいかないよ」

「そうかな。智子も、お前が経理担当なら安心して経営に専念できると思うよ」

 

 

 

 俺にも意地がある――。

 

 

 康宏はその言葉を飲み込んで電話を切ったが、やるせない気分がふすふすと湧いて、心全体を覆い隠した。

 

 

 

 その後シャワーを浴びて汗ばんだ身体を洗った。程よく利いたクーラーの部屋、バスタオルを腰に巻くと、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、栓を威勢よく抜いた。更に一口飲むと部屋の灯りを消して椅子に座り、足をサイドテーブルに投げ出した。冷えた液体が康宏の喉を通過すると、知らず知らずに歌をつぶやいていた。

 

 

お酒はぬるめの 燗がいい

肴はあぶったイカでいい

女は無口な ひとがいい

灯りはぼんやり 灯りゃいい

しみじみ飲めば しみじみと

想い出だけが 行き過ぎる

……… ………

……… ………

 

 

 暗い窓の遠くには、新宿辺りの夜景が一際きらびやかに映えて光っていた。

 

(つづく)