【短編小説】 「えんか」 ⑦ | 失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

失語症作家 小島恒夫のリハビリ・ノート!!

自ら作家と名乗る人間にろくな者はいないでしょう,他の方はともかく。私は2000年、脳出血を患い失語症になりました。そしてリハビリの一環として文章書きをしています、作家のように――。
何はともかく、よろしく!  (1941年生まれで、現在・80歳になる単なるじじい)

 

 

 

 

【短編小説】

「えんか」  ⑦

 

 

 

 約束の日曜日。康宏が店の前で待つと裏手の住まいからカヨちゃんが歩いてきた。

 

 

店では髪を束ねているが、セミロングに垂らし淡い緑色の和服を着ている。その姿に康宏は思わず言葉を発していた。

 

 

「綺麗だね!」

 

「着物が、それとも私が」

 

「勿論両方だよ」

 

「それなら正解ね」

 

 

 言葉を交わしながら康宏は、まるで幼い頃から知っている妹のように感じた。離婚以来女の人が心に入るのを閉ざしていたが、何の違和感もなく寄り添ってくる。

 

 

 

「これって、お母さんが着ていたのよ。箪笥の肥やしにしたんじゃ可哀想でしょ、ときどき私が着て上げるの」

 

「お母さんって?」

 

「高校二年生のときかな、すい臓癌で死んじゃったのよ。あっけなかったわ」

 

「すい臓癌は厳しいからね」

 

「元気に店で働いていたのよ。それがちょっとした腹痛で病院へ行ったら即入院、即手術ですもの、ビックリしたわ。結果は余命六カ月。目の前が真っ暗よ」

 

「大変だったね」

 

「私ね、学校が終わると病院へ行ってお母さんの下着なんかを取ってきて来て、洗濯するのよ。それが終わると店のお手伝い。都合のいい人なんていないものね」

 

「それも大変だね、店の仕事なんてやったことないんだろう」

 

「そうでもないのよ。小さい頃から出入りしていたでしょ、お客さんは知り合いだし、戸惑うことは無かったわ」

 

「その点は有利だったね」

 

「でも、お母さんが死ぬまで悲しんでいる暇が無かったわ。それに大学へも行きたかったけど結局、焼き鳥屋「呑ベー」に就職よ」

 

「俺には、カヨちゃんがここにいてくれて有難かったよ」

 

「それってどういう意味」

 

 

 カヨちゃんが嬉しそうにほほ笑んだが、話しているうちに東中野の駅に着き、二人は手を握りながら階段を上っていった。

 

(了)